02
帰って来たリムルさんの話によると、角の生えた魔物の方々はW大鬼族Wという種族らしい。前世では知的な印象は少ない描かれ方が多かったと思うが、今ここにいる彼らはとても礼儀正しく理性的だ。挨拶と少し話をしただけでもそれが伺える。
行き違いがあり彼らと交戦したと聞いた時には驚きはしたが、既に誤解は解けて蟠りなども見受けられない。それどころか今夜の宴に招待するつもりで連れて来たと言ったリムルさんの寛大さにはつい昨日拾われた身でありながらも感心してしまう。
村を案内してくれたゴブリナのハルナさんに聞いた話ではつい先日には人間の冒険者達を招いていたそうだ。その中には同じ日本人のW召喚者Wと呼ばれる人もいたそうで。リムルさんの現在の人型の所以となった話を聞いて少しだけ苦しくなった。
同じようにこの世界に転生した身だと言うのに、わたしが暇を持て余していた間に彼はどれだけの経験を詰んだのだろうか。わたしなんてやっと自分が何者なのかがわかったばかりで、どれだけの力を持っているか把握すら出来ていないというのに…。
それでもここで生きる住民達と接していて思う。彼のそういった経験や生まれ持った――もしくは前世から持っているであろう――面倒見のよさといった人柄がみんなをこうして惹きつけて自然と統率されているのだろうということを。彼が優しいから彼に従う者もみんな優しくなれるのだ。こんなぽっと出の見ず知らずのわたしなんかを無条件で歓迎してくれて、たくさん声をかけてくれて。いくら主人のリムルさんが連れて来た者だったとしても全員が全員あんなに優しい表情が簡単に出来るわけがない。改めてリムルさんの懐の広さや人の上に立つ者に相応しい人柄…魔物柄?に感銘を受け、同郷の身としては勝手に誇らしくなりまた見習わなければと背中を押された気持ちになった。
ゴブリン達に囲まれて牛鹿の肉を頬張る幼くかわいらしいリムルさんの姿を眺めていれば、大鬼族の里の姫様だと話してくれた桃色の髪の少女が近付いてきた。
「あの、ニンフ様。あちらに珍しい果実の飲み物があるとお伺いしましたの。よろしければご一緒にいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。是非に」
物腰柔らかい彼女は頷いたわたしに嬉しそうに笑みを零した。後方で待っていた紫髪の背の高い女性が「私達ニンフの方に会うのは初めてなんですよ!」と言うので、わたしも大鬼族の方々に会うのは初めてだと返せば自然と話が弾んでいく。
そのうち姫様は近くにいたゴブリナ達を交えて薬草や香草の話に花を咲かせ、紫の髪の女性も音楽に合わせてくるくると踊る輪の中へと入って行った。
平和なこの空間にほう、と息をついて彼らをぼんやりと眺めていると「どう?楽しんでるか?」とリムルさんが串を片手にやって来た。
「はい、おかげさまで」
「それならよかったよ」
「ここにいる皆さんは本当によい方々ばかりですね。まっすぐで裏表がなくて。人間よりもずっと親しみやすくてつい話しすぎてしまいます」
「そういえば前世でオンラインライブしてた時もあんまりトークらしいトークは聞いたことなかったよなぁ。人と話すの得意じゃないって公表してたし、治安の良いファン層が多かったから特にオレも不思議に思ったりはしなかったけどさ」
「ふふ。リムルさんって本当にわたしのファンだったんですね」
彼が口に出したのは本当にわたしの配信を観に来ていないとわからないような話だった。何となく思い出したように言うくせに、少し揶揄っただけで照れる彼に今世で出会えて本当に良かったと改めて感じる。…前世で出会えていたとしても、きっとあの頃のわたしでは何も感じなかっただろうから。
ただ歌が歌える環境が整っていた場所が配信という手段だっただけ。本気でプロになれるわけでもなく、かと言って諦められるわけでもない。中途半端に承認欲求があって、批判されれば人並みに傷付いて。それでもあの頃は生きていたから頑張れたのだ。けれど病気になって思うように声が出せなくなったあの時、命を落とす前にあの世界のW名字名前WもWナマエWもとうに死んでいたのだと思う。
それが名実ともに名も無き人外となって再びの生を受け、また歌えるようになるだなんて何と数奇なことだろうか。
「リムルさん。一宿一飯のお礼に一曲歌わせてはもらえませんか?」
「……えっ?!い、いいの…?!夢じゃないよな?!」
「ええ、もちろん。あなたと、ここに住む心優しい皆さんのために歌いたいのです」
リムルさんにわたしがスッと頭を下げるとザワザワと盛り上がっていたその場がまるで水面に波紋を広げたかのように段々と静まり返っていく。
そこへ一石を投じる最初の音に迷いなどない。屋外なのに美しく反響するのはわたしの種族柄か、それとも何かのスキルの影響か。
それは追々知っていけばいい。もしかしたらもっと凄いことが出来るのかもしれないけれど今はただ、ここにいるみんなにわたしの歌が届いてくれたらいい。そんな純粋な気持ちで歌い終えた後は少し気恥ずかしかったけれど、大歓声とたくさんの笑顔に囲まれたら素直に嬉しくて。ああ、やっぱりわたしにはこれが必要なのだと強く実感した瞬間であった。
集まってきてくれた囲みからふとリムルさんを見やれば「お、推しの生歌ッ…!!尊死する…!!」なんて両手で顔を覆って大袈裟なことを言っている。リグルドさんがおいおい泣きながら「リムル様!!大変素晴らしかったですなァ!!!」と隣で共感して大泣きしているものだからあそこの収拾はしばらくつかなそうだ。
「ニンフ様!大変美しい歌声でした!」
「ありがとうございます姫様。わたしには勿体ないお言葉です」
「そんなことございません!!私も感動しました!それに何というか、心が温かくなって、こう力が湧いてくるような…!」
「ニンフ様のスキル…なのでしょうか?わたくしも確かに回復に似たような魔力の増強を体内に感じました」
彼らにあと少しで宴が始まるからそれまでゆっくりしているようにと言ったリムルさんがその場を離れるのを見てわたしも彼に続く。別に大鬼族の皆さんといるのが気まずかったわけではなく、昨日この村に来てから考えていたことを相談したかったのだ。
「ほい、どうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
リムルさんは住居に着くと流れるようにわたしに入室を促してくれた。