センスとスズカゼ


クーラーが効いたファミレスで、私はスマホのデジタル時計を凝視し続ける。料理はもうとっくに食べ終わっているのにいい迷惑すぎるけど見逃してほしいかな。本当に申し訳ない。
ちなみにロック画面はとあるアイドルの自作壁紙で、ケースもその彼らの公式グッズ。

さて、Re:vale、と聞いて彼らの顔が浮かばぬ人はいないよね? 音楽番組はもちろん、バラエティやドラマなどで幅広く活躍をしている国民的な2人組アイドルユニットで、その知名度はかつての芸能人に疎い私でも知っていたほどだから。
何となく見るテレビにいつでも仲良さげに並んで映っていて、これで不仲説とかも流れるもんだから芸能界って怖いところなんだなとしか思っていなかったのだけれども。
どうして唐突にその話をし始めたか。Re:valeの2人が私のロック画面にいるアイドルだからに他ならない。


Re:valeって仲悪いの?
過去の私はそうぽつりと友達に零したことがある。するといままでのだらだらとしていた彼女の周りの空気が急に変わって、眼差しも真剣なものに変わる。
やっと少しの危機感が生まれた私。後悔って、後に悔やむから後悔なんだな、どうにか前に知ることは出来ないのかな、なんてぼんやり考えながら彼女の口がゆっくりと開かれるのを眺めていた。


「インディーズの頃から追いかけてきた私の意見を聞いて」


あ、そういえばこの子、友達に何人かいるRe:valeガチ勢の1人だったな____
そんなことを今思い出して文字通り後悔しても遅すぎた。いつもは冷静で大学生らしからぬ落ち着きようを見せている彼女だったけれど、彼女が一通り話し終わったのはそう暑いでもない店内で私の飲むアイスティーの氷が溶けてしまった頃だった。


「ほんとごめん! つい大声で語っちゃって申し訳ない」


話に一区切りついたらしく、謝る彼女に少しだけ安心しながら薄くなったアイスティーを飲み干す。
続いて気にしないで、と微笑んで見せれば彼女はあからさまにほっとして見せた。
そもそも、不躾な質問をしたのは私のほうだ、だから気にすることは無いのにと思いを込めればいつもの表情に戻っていく。

それにしても、Re:valeか。
話を聞く限り、不仲説がデマなんだとは何となくわかる。それどころかお互いを大切に思っているのだということが彼女の話だけでも伝わってきた。友人には内緒で少しだけ彼らの動画を見てみようかな、と思ったのが全てのきっかけである。

それから動画アプリを開いてどうなったのかと言うと、まあ今の私を見てわかる通り、あっさり落ちた。全くタイプの違う2人が、笑い方は違えど一緒に同じ曲を歌って踊るのだ。歌い方にはもちろん、ステップにもそれぞれの個性が滲み出ていて、見ていて向こうも心から楽しんでいるのが分かるのでこちらの気分までそうしてくれる。
ちなみにというか、どちらが好きかと聞かれたら甲乙つけ難いが散々迷ったあとにユキさん、と答えることにする。初見ではモモさんが明るく印象的だったけれど、何度も過去の番組などを友達に頼んで見せてもらううちにユキさんが自分の好みどストライクな人だとわかってしまったから。
いままでアイドルとは無縁の生活をしてきたが、それからはとことんRe:valeに貢ぐようになり今に至るということだ。


そうこうするうちに59分だ。
スマホのロックを解除すると、メールのアプリを開き、今度は右上の小さな時計を凝視。この待ち時間は何度も過ごしたけれど、その不安には少しも慣れる気がしない。
深呼吸をしようと息を吸った瞬間、ゼロが2つ並び私は一瞬焦るがすぐに指を動かす。少しだけ操作したあと出てきたのはチケットをご用意いたしました。というセンテンス。飛び上がりそうになるのを抑え小さくガッツポーズをした後、例の友人にLINEを送ると秒で電話がかかってきた。
長くなりそうだ、と苦笑いしながら支払いを済ませるために一度拒否してから伝票を手に取り荷物をまとめた。


通話をしながら街を歩くこと数分。やはりというか当落の話だけに留まらず、お互いの推しのことを語り合っていた。声が大きくなるのを抑えながら話すのももう慣れたものだ。


「あー、本当楽しみすぎる」

『私ら運なさすぎて全然当たんなかったもんね! 本当にありがと!』

「いいえ、そういえばこの前の月9の特集組まれてる雑誌があってさ、ユキさんのお写真、やばかった」

『なにそれみたいしそもそもあのドラマユキさんやばいやつ、主人公羨ましすぎた』


語彙力の欠けらも無い会話をこんな具合に繰り広げていく。ドルオタの会話はとどまることを知らない。これが家で公共の場でなければ本格的に収拾がつかなくなっているところだ。


「ていうか主人公じゃなくてもライバルキャラっていうか、元カノ? あの立場でも全然いい」

『あーね、遊ばれてても別にいいって言うかむしろ遊ばれたい』

「ほんとそれな。私むちゃくちゃに遊ばれて捨てられたいし、別に何されてもいいし何でもされたい」

「ダメだよ」


まあ、私の推しはそんなことするキャラじゃないだろうけどね! なんて笑いながらこの話を終えようとして、口を開いた時。
……ふっと、涼し気な気配を感じた。振り向いて見えたその人は黒いキャップを目深に被り、マスクをした暑苦しい格好にも関わらずだ。

夏の街の喧騒の中で、私と彼のあいだに流れる時間だけが異質に思えるほど、なんだか辺りが静かに感じた。瞬きをしてもその影は消えない。


ていうか、今の声。なんか、すっごく聞き覚え____


「自分を大切にしないとね、キミは女の子なんだから」


そうとだけ言い残し、彼はそのまま立ち尽くしている私を追い越してそのまま去っていく。キャップに入り切らなかったのだろうか? 淡いグレーの髪が一束軽くつまめるくらいその背中の辺りでどこか儚げに揺れていた。


『って、なに、何があったの! 黙ってないで返事してよ!』


凛とした後ろ姿をぼんやり眺めていると、ようやく耳元で騒ぐ友人の声が聞き取れた。
心配かけたね、ごめん。そう言おうとして、私は先程の邂逅を思い出してしまう。


「スーパージェントル……」

『は?』


いや、なんでもないよ、だなんて言えなかった。
だめだ、もう今日のこと、一生忘れられそうにない。

手が震えてしまっていたので、落とさないようにとスマホをしっかりと持ち直す。ついこの間新調したスマホカバーはまだ手にしっかりと馴染みきっていなかったけれど、それについていた音楽記号のストラップがゆらり、軽く指先をかすめた。

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