2017銀時誕


毎日毎日、お疲れ様です私。

毎度の如く、こき使われ疲れ果てた私をいつでも明るく光っているコンビニが迎える。

コンビニは、24時間営業なんだよね。私もこれ位で音をあげてなんかいられない。そしてもっとがんばろう、と立派に育った社畜精神を胸に、私はまた気まぐれに今日の夜ご飯を見繕った。

ああ、コンビニパスタもいいけれど甘い物も食べたいな。そう思いながら棚を移動していくと、もうすっかり見なれた銀髪があった。



「……あれ、坂田くん、こんばんは」

「あ、やよいちゃん……」




あれ、なんだか今日の坂田くんはおかしい。

おかしいというか、普通の人と調子が違うのはいつもの事なんだけど、今日はいつもにもまして脱力しきっている。




「やよいちゃんさあ、10月10日ってなんの日か知ってる?」




ふと、唐突に話しかけられる。

いや、別にね? 覚えてなくても別にいいけどね? なんて必死な様子の坂田くんに、私は今朝某SNSで見たものを即答した。




「今日は萌えの日らしいよ」

「は?」




いつもにもまして、低い声が聞こえたけれど多分気のせいだ。

坂田くんはどうやら萌えの日を知らなかったようなので、私は彼に説明してみせた。




「十、月、十、日をバラバラにして繋げると、萌えるって漢字になるからだって、しょうもないよね」

「…………へーそう、そうですか」




あれ、なんだか反応が薄い。

私は、そういえば坂田くんがジャンプを好きだったことを思い出して言い直した。




「ごめんごめん、誕生日だったよね、ギンタさんの」




そう笑ってみたけれど、さらに彼の声色は低くなっていく。




「いや何でギンタマンだよ本当どうでもいいから」




そしてとうとう座り込んでしまった坂田くん。

とりあえず、彼の機嫌を良くするためいちごミルクとシュークリームを差し出した。


すると、案外彼は簡単に口を開く。




「……今日、俺の誕生日」




彼の口から漏れた単語に、私は全てを察したのだった。




「昨日さァ、高杉といろいろあって」

「……喧嘩したってこと? 珍しいね」




マンションまでの道のりで、彼の話を聞いていた。




「んー、喧嘩っつーか、辰馬が怒らせて、便乗してたら俺に飛び火したっつーか

毎年一応祝ってくれてたんだけどよ、そういうのちゃんとしてるヅラもなんか不機嫌で」



珍しい、桂くんでも機嫌を悪くすることがあるんだな。

気になった私は、好奇心で聞いてみる。




「桂くんはどうしたの?」

「……近所の好みの未亡人が引っ越したらしい」

「あー……」




聞かなきゃ良かったかもしれない。そう言えばあの子は常識人に見せかけた変態だった。




「まあ、元気出してよ。今度美味しいパンケーキでも奢ってあげるから」




慰めるつもりで笑いかけると、いつの間にかマンションの近くの交差点まで来ていた。

彼に目配せをすると、どうやら私の部屋までついてくるらしい。やっぱり祝われなかったことがショックだったらしい。


かわいいなあ、そう思いながら私たちはエントランスを潜った。



エレベーターが私の階に着くと、坂田くんの歩幅が少し小さくなったので、私もそれに合わせた。


けれど、すぐに私は走り出す。

遠目から見ても目立つ、高杉くんの部屋の前に敷かれているのは少し汚れたブルーシートだった。

よく見るとオイルの汚れと、ペンキのカスが付いていて。

私は思わず安心して、息を吐いた。




「金時ならげにまっこと、喜んでくれるじゃろ! アッハッハッハ!」




大きな坂本くんの声は、扉越しにでもよく響いていた。


きっと、坂田くんのためにみんなで何かを作ってくれてたんだ。

良かったね、そうだよ、祝ってくれないわけないもんね。そう思いながら振り返ると、坂田くんもなんだか優しく笑っているように思えた。




「……パンケーキはまたね。今日はみんなでお祝いした方がいいよ」




そう部屋にさっさと入ろうとするけれど、腕をしっかりと掴まれる。




「サプライズならもーちっとちゃんと隠せや、あいつら

来いよ。パンケーキはいらねーから」




そう優しい顔のままで言うものだから、断る理由もないし、私は高杉くんの家の扉に手を掛けた。

そして、ノブを捻ると、奥からドタドタと掛けてくる三人分の足跡が聞こえてくる。


やっぱり、みんな坂田くんのことが大好きなんだなあ__




「銀時ィイイイイ」




そう彼が名前を呼ばれたその時、坂田くんは私の後ろでしゃがむのだった。


えっ?




「地獄に落ちろォ!」




振り返る間も、声を出す間すらなく、私の視界は真っ白に染まる。


何が当たったのか? そう確認しようと顔に手を伸ばすと軽い紙皿がブルーシートの上に落ち、べしゃりと私の足元で音を立てた。




「ぶははあめぇわ! 俺をこの程度の奇襲に嵌めようなんざ百年はえーよ、やり直してこいや」

「っくそ、サチコさんの鬱憤、お前で晴らそうとしていたというのに……」




背後で坂田くんの高笑いが聞こえるけれど、正直何を言っているのか、怒りでうまく聞き取れなかった。


私を前に行くように急かしたのは、三人がこうするのを知っていたから。

そして自分がそれを回避するため。


この敷かれたブルーシートもパイ投げの後片付けが簡単にすませられるように、というだけだった。



ええ知ってました。知ってましたよ、この四人がおりこうさんじゃないことくらい!


私は顔にべったりとついた生クリームを、もう既に台無しになってしまったであろうスーツの腕の生地で拭う。

そしてパイ皿をひろうと、坂田くんをふりむいた。





「えっ、あっ、やよいちゃん? いやあのね、男子高校生ってこんなもんよ? 年がら年中パイ投げだからね? いや、これヅラか辰馬のとこから持ってきた使い古したボロボロのブルーシートに1回落ちたクリームでしょ?」

「今年も一年、あなたにいいことがありますように」




投げることは出来なかったから、オイルがべったりついたクリームを顔に思い切り押しつけた。

苦い、なにこれ苦い、なんて転げ回っていたけれど、自業自得だよね?


その後、綺麗に掃除をしてからシャワーを浴びて、私たちは気を取り直して坂田くんの誕生日を思い切り祝ったのだった。




その数日後、坂本くんからどう考えても本文とPSが逆のとんちんかんな手紙と、新品でブランド物のスーツが届いたのはまた別の話。

- 4 -

*前次#


ページ: