五条と鼻が効く子1



※五条なんだけどほぼ夏油です。



「オイ犬。分かる?」

久々に四人揃っての任務が始まった途端にコレだ。

今日もさっそく始まったと、隣の同級生二人を横目で見る。名前のことを犬呼ばわりする悟、それから悟をフルシカトして現場を眺める名前。
なんとなく硝子を見てみれば彼女も全く同じことを思ったのか、私と目が合うなり肩をすくめた。

「オイ犬っころ。ガン無視したぁ良い御身分じゃん」

名前の視界に無理矢理入り込むように悟が上半身を屈めながら煽り文句を述べれば「チッ」と舌打ちしながら名前は心底不愉快そうにして顔を歪めた。こらこら。

「おい、クソ条。白髪だと老けて見えるけど。黒染めでも買ってあげようか?」
「あ?やんのかフレブル。お前このルックスの良さわかんねぇとかどうかしてるわ。目ん玉呪われてんじゃねぇの?」
「お前の方が呪われてそうな色してるよ。目玉呪われて死ね五条」
「はっ、お前がな。文字通り犬死にしとけ」
「悟、よさないか」
「アンタらよくやってられるよねぇ」

流石にそろそろ、と抑制の声をかけると後ろから硝子の声。「五条ざまあ」と中指を立てる名前の手に自分の手を被せて下げさせる。

「名前もだよ。君は女の子なんだからもっとお淑やかな言葉遣いと態度を選びな」
「五条がいなかったらもっとマシな言葉使ってたよ!」
「傑、コイツ知能も犬並だからそんなこと言ったってしょうがねぇよ」
「うるさい白ゴリラ野生に帰れ」
「は゛ぁん!?」

…頭が痛い。

「…はぁ」
「ほっとけ夏油。あのバカどもの間に入るだけ損だ」
「…そうだね」

さて今回の討伐内容は、と意識を任務へ向けようとしたとき、名前が短く私の名前を呼んだ。声色からしてからかっている風ではない、仕事モードの声だ。振り返れば彼女はスンと小さく鼻を鳴らす。どうやら"察知"したようだ。

「見つけた?」
「西の方に、」「西だろ?」
「…」

悟が面白そうにニタリと笑いながら名前のセリフに被さってきた。悟も"見えてる"ならさっさと言えばいいものを…。

「名前、お散歩行くよー」
「誰がペットだ!!」

名前を揶揄えて面白かったのか、悟は両手を二回軽く叩くと真っ先に西の方へ駆け出した。その背中を呆れたように見送ると、負けじと名前も走り出した。本人的には悟に負けたくなくて駆け出したんだろうけど、私から見ると飼い主を追いかける犬にも見えなくないよ名前。言わないけど。言ったらこっちまで火の粉被りそうだから。

六眼という呪力やら術式やらを見れる便利な眼を持つ悟。それに対して名前は鼻がよく利く。そこが悟に犬呼ばわりされてる理由だ。

基本的になんでも匂いには敏感らしいが、何も呪霊の臭いをかぎ分けることができるそうだ。初めて彼女と顔を合わせ「臭い」と一言言われたときは地味に傷ついたのを覚えてる。後々それが呪霊の臭いのせいであると訂正してくれたのも懐かしいな。

二人とも似たような能力持ってるんだから仲良くすればいいのに、と呟けばその声を拾った硝子が「十分仲良いだろ」と煙を吐いた。見ようによっては確かにそうとも見える。

「――悟、分かる?」
「ぼんやりとしてる。だいぶ呪力を巻き散らかしてるっぽい。分裂型か?メイン当てるのちとめんどくさいぞコレ」

先に駆け出した悟と名前に追いつくと、悟は珍しくサングラスを外して辺りを見渡していた。名前は呪いが相当近いところにいるからか、制服の袖で鼻を覆う。どうやら近い、のには間違いないようだ。

「名前鼻無事?」
「くっっっさい!!」
「そんなに?相変わらず呪霊の臭いなんてわかんねーなー」
「硝子はタバコ臭、げほげほっ!ひどい…っ!」
「おこちゃまにはコイツの美味さがわからないだろうな」
「とにかく、早いとこ片付けようか。名前、いけるかい?」
「早くしろよ犬」

苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた名前が渋々足を踏み出した。


◼︎


数日後の任務は名前と二人きりの半日出張だった。

任務は無事完遂し、最寄りの駅へ向かう。この辺りは観光地だからか、駅へと続く道には観光客向けのお店が多く立ち並んでいた。ふと視界に入った旗には仙台名物、喜久福の文字。断面がわかるような写真は購買意欲と食欲をくすぐられて、悟に買ってったら喜びそうだなと思っていると「あ」と隣にいた名前が声を上げた。

「夏油、ちょっとあそこ寄りたい」
「お香屋さん?いいけど」

小さな手が、喜久福の旗の隣にあったこじんまりとした和店舗を指さした。店舗の前には細い煙を吐くお香立てが置かれていて、漂う香りとそのビジュアルからお香屋さんなのは一目でわかった。

「それじゃあ、私は隣のお店でお土産を買ってくるから先に入ってて」と伝えて名前と一度別れて店に入る。なんとなく目に入ったずんだ生クリーム味とほうじ茶を買い、名前がいるであろう隣のお香の店に足を踏み入れた。優しくてどこか昔懐かしい香りに包まれながら店内をざっと見渡すと、観光客に紛れてお香のパッケージと真剣に向き合う名前の姿。
私が声をかけるよりも先に名前が顔を上げ「早かったね」と一言。この香りが充満している店中にいても私の存在は名前には筒抜けになってしまうらしい。六眼を持つ悟みたいだなと思ったけど、それを言ったら彼女が拗ねるだろうから黙っておいた。

「お待たせ」
「むしろごめんね、私まだ選べてなくって…夏油は何買ってきたの?」
「喜久福。帰ったらみんなで食べようと思ってね」

紙袋の中に入っていた簡易パンフレットをさっと開いて名前に見せた。

「うわ……それ絶対美味しいやつ」
「悟あたりが喜びそうだと思ってさ。それで、名前は?何か欲しいものでもあった?」
「うん、夏油にお香を買ってあげようかと思って」
「……私に?」
「そう!これなんかが良いと思うんだけど、どう?」

聞き間違いかと思ったが、どうやら間違っていないらしい。仰々しい文字で書かれたパッケージを手にした名前はこのお香の香り、今焚いてるこれなんだってと指さした。

「へぇ、悪くないね」
「じゃあ、これ買おうかな」
「いや、私が買おう」
「いいの!私がそうしたくてそうしてるから水差さないで!」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて」

一度自分で言ったら曲げない名前のことだ。ここは素直に名前の好意に甘えることにしたが、どうしてもお香をプレゼントされる理由が見つからない。誕生日でもないのに。あとで理由を尋ねてみるか、と店の外で彼女を待つことにした。

「お待たせ!これあげる」
「ありがとう」

紙袋に包まれたそれを受け取ると「あ」とまた名前が小さく声を上げた。

「やっぱり」
「ん?」
「夏油にお香は正解だったね」
「ごめん、さっきから話の要領を得ないんだけれど」

お香をもらったり、やっぱりと言われたり。さすがにそろそろ訳を知りたくなって名前に尋ねると、彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げて苦笑いした。

「夏油って、術式的に仕方ないことなんだけど呪霊の臭いがすごくてさ。ならお香纏わせればいいじゃんって思って。呪霊の臭いが打ち消されるし、良い匂いするし、私的にウィンウィンなのよね。実際に今、お香屋さんから出てきたらすごく良い匂いになってるよ」
「へぇ、なるほど。思えば君はよくお香の香りを纏っていたね」
「うん。お香には邪気を祓ったり空間の浄化作用があるからね。…硝子もタバコじゃなくてお香でも吸ったら良いのに。今度タバコの中身、お香に替えてやろうかな」
「硝子は怒ると怖いよ」
「怪我治してもらえなくなったら困るか…。うん、やめとこ」

そこで話題は誰かの人の匂いへと変わっていった。硝子はタバコ臭いがシャンプーは良いもの使ってるだとか、夜蛾先生は洗剤の匂いが強いだとか。それから嗅覚が発達することによる意外な弊害なんかも。

「——名前はさ、悟が好きなのかい?」
「……へ」

一瞬ぽかんとした顔を浮かべた名前は暫くしてから私のセリフを理解したのか、あっという間に顔を赤く染めていった。確証はあるくせにその反応が面白くて「おや、違った?」とつい意地悪な言葉を述べてしまう。

「へ、な、なんで…!てか、今の会話の流れでなんでそうなる…!?」
「さっき悟の匂いの話とかしなかったしね。あとは名前は悟といると饒舌になるところがあるから、意識してるのかと思って」
「…マジ?」
「マジ」
「めっちゃ見てるじゃん夏油…」
「クラスメイトが三人しかいないからねぇ」

うう、と言葉にならない小さなうめき声を上げた名前はしばらく心の中で葛藤を繰り広げたのか、諦めたようにため息をついた。

「………言わないでね」
「もちろん」

正直私はあまりおすすめはしないけどね、と言えば自分でもどうかしてると思うなんて返事が返ってきて二人で笑った。新幹線の時間が押してきているから、二人で並んで再び駅へと足を進める。見えてきた仙台駅に「正直さ」名前がぽつりと呟く。

「どこが好きかって言われたらよくわかんないんだよね…気付いたらなんか目と鼻で追っててさ」
「鼻で追うなんて表現、世界中探しても名前だけだろうね」
「あははっ、そうかも!」

悟のことを好きだと認めた彼女はとても輝いて見えて、正直悟にくれてやるにはもったいないなと思った。


―――――

たぶん続く。