五条と鼻が効く子2


「おい、傑」

傑は自分が部屋にいるときは鍵を開けっぱなしなのは知っている。呼びかけと一緒に傑の部屋のドアを開けると、案の定部屋の奥ではベッドを背もたれにして本を開いている傑の姿があった。

「なんだい悟」
「説明しろ」
「こっちこそ説明がほしいね。なんのことだい?」
「分かってるクセに」

スリッパを雑に脱ぎ捨てて、部屋を進むと最近使っているらしいお香の匂いがした。その匂いを掻き進み、ベッドに遠慮なく座って足を組む。ちらりと部屋を見渡すと、大きめの手持ちカバンが一つ。明日から泊りがけの任務って聞いてたから、それ用の荷物だろう。任務に行かれる前に一度コイツに話をしておくことがあった。

「名前のことだよ」
「名前がどうかしたのかい?」
「距離感バグってんじゃねーのお前ら」
「そんなことはないよ、むしろ今までが離れすぎてたくらいさ」
「…付き合ってんの?」
「まさか」

そういって肩を竦める傑の表情を見るが、呪力にちっとも乱れが見られない。それはどうやら本当らしくて、一人内心ほっと胸を撫でおろした。あぁそうだよ、名前が好きなんだよ俺は。

でも、最近コイツと名前の距離感がおかしいには事実で。呪霊の臭いをかぎ分けられる名前は、呪霊を取り込む傑の近くに居たがらない傾向がある。それなのに、だ。最近やけに一緒にいるところを見る。やれ自販機一緒に行こうだの、夜蛾センに提出物一緒に出しに行こうだの、組手手伝ってほしいだの。どー考えてもおかしいし、絶対デキてると思ったらこの反応だ。なんだってんだ。

連日のコイツらの言動と傑の付き合いを否定するセリフを刷り合わせて黙りこくっていると、傑がフと笑う。ムカつく。

「気になるかい?」
「別に」
「そうか、残念。名前に好かれる方法を伝授してあげようと思ったのに」
「はぁ!?別に必要ねーし!」

「へぇ、そうなのかい」意外そうな表情でそういうコイツに舌打ちして、「帰る」と一言言ってベッドから立ち上がる。

「あ、悟」
「あ?」

振り返ると、傑はベッドサイドに置かれていた小箱を俺に差し出してきた。パッケージには仰々しい字が綴られている。…なんだこれ、お香?ついでにローテーブルの上に置かれたお香立ても手渡される。

「これあげるよ。暫くこれを自分の部屋で焚いておくといいよ」
「はぁ?」
「試してみればわかるさ」

明日は朝早いから、早く帰ってくれないかな。そう傑に囃し立てられ、俺は部屋を追い出されるようにして自分の部屋へ渋々戻った。


◼︎


翌朝、あくびを噛みしめながら教室の扉を開けると、思った通り誰も来てなかった。

「傑のやつとうとう怪しい商売でも始めたか?元々胡散クセー顔してたけど」

あの後はとりあえず傑に言われた通りにお香を焚いた。最近湿気とかで空気ジメジメしてたし?まあ、気分転換に使った。それだけ。
ただ、結局アイツらのことを考えてたら全然なんか寝れなくて、朝方になっても眠気が来ないから教室に来れば眠くなるかもしれねぇと一番乗りで来た。けど、暇だ。なんか飲み物でも買いに行くかと立ち上がったところで、教室の扉が勢いよく開かれる。

「夏油!」
「は?」
「……は?な、なんで五条?」

意外と言いたげな声色の名前。「何、悪い?」つい喧嘩腰になる。いっつもコイツが悪いんだよな。今日こそは優しく接してやろうかと何度も思うのに、こういう態度取るから。

「ねぇ…なんで夏油にあげたお香の匂いついてんの…?やめてよ」
「――今、なんつった?」

流石にプチンと何かが切れる。なんなの?俺が傑が使ってる匂い付けたらダメなわけ?つーか、何、あのお香お前がやったの?

「…は?何?」
「なんなの傑にやったお香って。というか、お前ら最近なに?距離近すぎね?デキてんの?」
「ちょ、と、何、悟」
「急にイチャつき始めてさ」
「は?別にイチャついてなくない?」
「正直お前のやってる行動、頭軽い女にしか見えねーよ?流石にキショいわ」

流石に最後のセリフはまずったとは思ったが、どうしても冷静さを欠いた頭では止められなくて言ってしまった後にはっとして我に返った。名前は茫然として扉の前で立ち尽くして俺を見ている。やめろよ、なんなのその明らかに傷つきましたみたいな、被害者ぶった表情。どっちかっつーと傷ついてんの俺だからな。

「……そう、だね。私、五条のことならなんでも浮かれちゃうくらいには頭軽い女かもね」
「は…?」
「ごめん、今の気にしないで」

踵を返した名前は「…今日は授業休むわ」と言いながら廊下に出て扉に手を伸ばし、少しだけ閉めかけたところでその手を止めた。

「五条」
「…なに」
「ただの独り言なんだけど、私さ、アンタの匂いすごく好きなの。だから余計な匂い付けないでよ」

さっきの名前のセリフ「なんで夏油にあげたお香の匂いついてんの…"やめてよ"」がよぎった。それから、俺のことで浮かれたり、俺の匂いが好きだとか言ったり……まさか、と思案しているうちに教室の扉が全て閉じられる。静けさを取り戻した教室内のせいで、心臓の鼓動がやけに強く感じた。ちょっと待て。

「…ふざけんなアイツ……!」

廊下に飛び出るが姿がない。階段までまだ距離がある。走った音はしなかったし、アイツがそんな早く移動ができる術式なんて持ってるはずがない…そうとなればと反射的に近くにあった教室の扉を開けた。
下を見れば、小さく蹲る名前。

「居るって分かってても開けるな、このバカ…クソ条ッ!!」
「バカはどっちだよバーカ」

ひでえ鼻声とぶれっぶれの呪力に呆れて教室に一歩入り、後ろ手で扉を閉めて名前の前にしゃがみ込む。「帰れ」とか「来るな」とか「白ゴリラ」言われた気がするけど気にしねー。いや、「白ゴリラ」はねーわ、それはあとで謝らせる。
きっちり体育座りして膝の山に顔を埋める名前からは鼻を啜る声が聞こえ、心なしか肩が震えていて…、掻き抱きたくなる衝動に駆られたがそれをぐっとこらえた。まだ答え合わせが済んでねーし。

「名前」

恐る恐る顔を両手で包んで、そっと上げさせてやると思ったよりも素直に顔を上げてくれて、涙でぼろぼろな顔を見て心臓がぎゅっと締め付けられる。なぁ、先刻からの言動といい、そうやって泣いてんのはさ…期待していいってこと…だよな?

「好き、なん、だけど」

目元の涙を親指で拭いながらたどたどしくそう言ったら、これ以上ないくらい名前の目が見開かれた。


―――――

流石に好きな子にキショイは言っちゃダメだよ白ゴリr、