祓本と後輩ADちゃん
※局界隈詳しくないです。200%妄想です。
「はあ゛あ゛あ゛ああんムカつくううう!!!」
ビールをゴッゴッと喉から胃にかけて叩きつけるように流し込み、半分ほどに減ったジョッキ大をテーブルの上に雑に置いた。そんな私の向かいにいた硝子先輩はちょっと呆れた眼差しで飲みかけのビールを片手にしていて、硝子先輩の隣にいた歌姫先輩は笑顔で「良いわねぇ!」と握りこぶしを作っていた。
「良い飲みっぷりだな…名前」
「その調子よ名前!ムカつくことは全部酒に任せましょ!」
「はい歌姫先輩!」
「あんまりコイツ煽んないでくださいよ先輩。酔いつぶれて面倒みるの勘弁です」
「硝子先輩辛辣!」
「ほどほどにしといて損は無いでしょーよ。で、今日は何?ゲスト出演のあの二人?」
「うげ、アンタあいつらと仕事だったの?」
「そうなんですよ!祓本コンビ!」
「あーもうその響きだけで大体察するわね」
まだ何も全容を言ってないのにも関わらず歌姫先輩はいつの間にか空になったジョッキをテーブルの片隅に置くと、店員の呼び出しボタンを押す。うーん、相変わらずペースが早い。私ももう少し飲み進めておこうとジョッキを口にした。
歌姫先輩は私が今勤めているテレビ局に入社してから知り合った先輩だ。「ここが私のアナザーフィールド」というキャッチコピーで有名な番組の音声を主に担当している人である。ちなみに私は有名な番組プロデューサー夜蛾さんが担当しているバラエティー番組のしがないADである。カメラの横に貼りついてカンペ出している人。
「なんとかならないですか歌姫先輩…。人のカンペをフルシカトするし、ADイジリが度を超えてて収録長引くしで…夜蛾プロデューサーにあの人たちから舐められすぎだなんてネチネチ言われてて…」
「私は違う番組の担当だからねぇ…。下手に他の口出しできないのよねぇ…。あ、ハイボールお願いします」
私の後ろにある障子が開くと、歌姫先輩は注文の聞き取りにきた店員さんにドリンクを注文。それから「硝子、アンタ学生時代の同級生でしょー?なんとか言ってやりなさいよ」エイヒレを口にしながら話題を硝子先輩にバトンパスするものの、硝子先輩はスマホを片手に空いた手をひらひら振る。
「いくら同級生でも編集側と芸人で住む世界違いますから」
「それから名前、私で平和的解決を望むのは間違ってるからな」とスマホをテーブルの上に置いてはししゃもを口に放り込んだ硝子先輩の顔に「私を巻き込むな面倒くさい」としっかり書かれているのを私は見逃しはしない。
「はぁ…もうあんだけやられたからには映像編集に全て任せますんでお願いしますよ硝子先輩ー」
「アンタのいじられ犠牲無駄にしないよう善処するわ」
くつくつ喉を鳴らすように笑う硝子先輩は私の専門学校時代の一つ上の先輩で、私と同じ番組の映像編集を担当している。今話題に出ている例の祓本コンビこと、祓ったれ本舗の五条さんと夏油さんの同級生でもあって、つまり祓ったれ本舗は私の学生時代の先輩でもあるのだ。
なんで卒業生の祓ったれ本舗は芸人で、私たちは番組裏側の人間なのかって?私達の母校は元々放送系の専門学校だ。あの二人が芸人への道へ走ったのは、先輩達が卒業するその年、系列校合同文化祭であの二人が悪乗りして漫才を披露したらそれがえらい大ウケしたのだ。もちろんそれ系の専門学校だから、偶然現役のプロデューサーさんたちの目に留まり、運よくそのまま芸人デビューしてったってわけだ。あまり褒めたくないけどあの二人はルックスが抜群だし、漫才のセンスもムカつくけとそれなりに良い。いろいろ相まって今ではどの番組でも引っ張りだこになっているってわけだ。はぁ、なんか改めて思い返すだけでもムカつく。
「一発屋で早く芸能界退場してくれませんかねあの二人!」
ジョッキに残った残りのビールを飲み干そうと持ち上げると、後ろの障子が開いた。
「大変お待たせいたしましたーハイボールのお客様ー」
「ひい゛!?…げほっごほっ!!」
頬にキンキンに冷えた物体を押し付けられて、それに驚きビールが気管支に入り込む。辛いを通り越して痛い!
「ぶははははっ、聞いた?「ひい゛!?」だって」
「悟、ビール飲んでるところは…っ、ふふふっ、酷だよ」
「傑も笑ってるクセにー」
後ろを睨み見上げるとそこには一張羅のスーツから私服に着替えた噂の二人組。フン、サングラスにマスクだなんて芸能人気取りしちゃって!
座敷タイプの居酒屋だから座った状態で廊下に立つ二人はぬりかべそのものだ。「なんでアンタたちがいるのよ!」むせかえる私の代わりに歌姫先輩が抗議の声を上げてくれた。
「硝子メシ誘ったらもうすでにここで食ってるって言うから」
「だからって来るな!なんで教えたのよ硝子!」
「…奢りだって言うんで」
「奢るくらい私がしてあげるのに!」
私も出すのに!ドンドンと胸を叩いて息を整えていると、しれっと横に座ってきた五条さんが「ドラミング?」余計なこと言いやがる。
「悟、飲む?やっぱりノンアル?」
「あー、ノンアルつっても微妙にアルコール入ってんのもあるからなー」
「下戸は大変だねえ」
「ナチュラルに居座る気満々だよコイツら…」
歌姫先輩はもう諦めたのか、テーブルに頬杖付きながらハイボールを口に運んだ。が、私は諦めない。すかさず鞄を手にして中腰になる。
夜蛾さんに怒られた原因と仲良く晩御飯?いやいや冗談は番組とネタだけにしてくれ。
「あのー、私急用思い出したん、でっ!?」
立ち上がりかけたところを左右から肩をぐっと押し込まれて、その馬鹿力具合に思わず尻餅をついた。先輩たちの方がゴリラでしょ…!
「いった!?二人して肩押さえるのやめてくださいよ!」
「おいおい先輩が来てんだぞ。お酌以上に大事な用事ってなんだよ言ってみろよ」
「お酒飲まない先輩が何言ってんですか!冗談はネタまでにしてください!」
「名前、お酒の席に先輩が来たら最後まで付き合わないとだよ。この業界はそういうルールには厳しいんだ。もっと教育が必要かな」
「いや私たちは学生時代の先輩後輩じゃないですか…」
苗字名前、二十五歳。番組AD歴三年目。悩み、同校出身の先輩芸人に公私構わずいじられ倒されることである。
逃走は失敗に終わり、私は仕方なくガタイの良い先輩たちの間で居住まいを正した。
◼︎
「名前、お開きにするよ」
「ぐ、まだ……まだ飲めます!」
「そうよ!アンタたちが勝手にお開きにするんじゃないよ…!」
「酔っ払いメンドクセー」
私と歌姫先輩を客観的に見たらすっかり出来上がっていることだろう。自分のコークハイと歌姫先輩のサングリアをカチンとグラス同士を鳴らして口に運ぼうとすると、横から伸びた大きい手がジョッキを覆い、そのままテーブルの上へと戻される。
隣を睨むと夏油さんが「もうお終いだよ」と優しい声で制する。暫し夏油さんを睨んでいると、反対側からジョッキを強制的に手放されて別のグラスを握らされた。
「ほらこれ、サイダー」
「……水じゃないですか」
「ブッハハハハハッ!!!」
五条さんに無色透明のグラスを握らされて、サイダーならいいかと口に含んだら無味無香無刺激の液体が口と喉を通った。ちくしょう。「コークハイ返してください!」ゲラゲラ笑う五条さんの長い腕の先にあるジョッキに狙いを定めて片膝を立てると、後ろからお腹に腕をまわされて「行儀悪いよ」と強制的に座り直される。ウウ、ちょっと酔いが回った。
大人しくなった私にこれ好機と言わんばかりに二人が私の荷物を持ち、ついでに腕を掴まれて私の身体も持ち上げた。
「もうおーわーり!帰るぞ名前」
「いやです!帰りますせん!」
「ははは酔ってる酔ってる」
「さっきは急用がどうとかっつって帰ろうとしてたのは誰だよ」
「クズどもー、名前よろしく。私は歌姫先輩送ってくわ」
「硝子…私はまだ飲めるつってんでしょ…!」
「名前と同じようなこと言わないでくださいよ。ほら、タクシー乗った乗った」
「気をつけてね硝子、歌姫さん」
「うわぁん歌姫先輩ー!」
「また飲みましょうね名前!」
「茶番ウッザ」
席を立つ前に五条さんと騒いだせいか、頭がぐわんぐわんになってきた。
辛うじて保てている意識で二人を見送り、「伊地知は?」「すぐそこまで来てるって」と会話をしている二人を見上げた。
いじち…いじち…誰だっけ。あ、そうだ、この二人のマネージャーさんだ。番組の企画で何度かお会いしたことがあったな。さすがは売れっ子。帰りのことまでしっかりしてるだけのことはあるね。仕方ない、見送るだけ見送ってやるか。歩き出した二人についていくよう地面を踏んだ。
「コケんなよ」
「…コケませんよそこまで酔ってないです」
「昔、新入生歓迎会で同じようなこと言って盛大に酔っ払って転けてたの忘れたのかな?」
「…記憶力どうなってるんですか」
不意に目の前の二人に左右の手を取られて、連行されるように歩かされる。なんだ、なんなんだこれ。確かに昔飲み会で酔っぱらって盛大にすっころんだ記憶はあるけど、あれは学生時代のことだ。なにもここまでしなくてもいいだろうに。
もはや抵抗する気は失せ、私の手を掴む大きな手を一目見ては自分を挟むように左右に立つ二人の先輩を見上げた。
学生時代からずっと何年も見てきた先輩がそこにいる。いつもかっこよくて、面白くて、モテて、自慢の先輩たちでもあった。けど今は祓ったれ本舗なんて売れっ子芸人で…。それに比べて私は後輩とはいえ、ただの番組AD。
さっき硝子先輩が言ってたように住む世界が違うんだと思った途端、胸の辺りがきゅうと縮こまる感覚がした。けど、それに気づかないふりして足を進める。
「おっ、伊地知ー!」
「お疲れ様です五条さん夏油さん」
「悪いね伊地知」
「いえ、とんでもないです。…あ、名前さんこんばんは」
「こんばんは、前の打ち合わせ以来…ですねぇ」
仄暗い道路の脇にウィンカーを点滅させて停められていた黒のミニバンに近づくと、運転席から伊地知さんが出てきた。夜でも疲れた顔しているのが分かる分かる。
伊地知さんは連行されているような状況の私に気づくと苦笑いをしながら挨拶をしてくれた。久々に会ったのがこんな酔っ払いモードで申し訳ない。
「はは、随分酔っておられるんですね」
「そうそう。ほら、早く乗れよ酔っ払い」
「いでっ」
久しぶりの伊地知さんとの再会を楽しんでいたら横から脚を蹴られる始末で慌てて五条さんと向き合う。
「な、なんでですか?…私、タクシーで帰りますけど…!」
「酔っぱらった女の子を置いて帰れるわけがないだろう。送るよ」
「そうですよ、送らせてください名前さん」
「え、えええ…」
「つべこべ言うな」と五条さんに後部座席に押し込まれ、助手席に夏油さんが座った。わーマジか。
車はゆるやかに発進。酔っ払いにも優しい伊地知さん運転にすっかり安心しきると、うつらうつらと睡魔に襲われ始める。「…いでっ」気を緩めると窓に頭がぶつかった。
「あぶなっかしいなお前…!ほらこっち来いよ」
「い、いいです!」
「ガラス割ったら弁償だかんな」
「う゛」
自分の方へ倒れてこいと言いたげにぐいっと腕を引っ掴む五条さんと暫し奮闘するものの、弁償というセリフに「それなら」と大人しく五条さんの肩を借りることにした。
思い切って借りた五条さんの肩は思ったよりも厚みがあって頭が安定することに気づいて、ゆっくりと目を閉ざす。わぁ…これ祓本のファンに知られたら私嬲り殺されるわ。
ファン…ファンかぁ。二人は今芸能界一と言っていいほどの話題の人材だ。芸人とは言え、ドラマ出演の噂も聞いている。これからバラエティーの枠を越えてもっと売れ、ファンを作っていって、どんどん忙しくなっていくんだろうなぁ。きっともう学生時代みたいに、今日みたいに気軽に会うこともできなくなるんだろう。
…さみしいな。そっか、私、さみしいんだ。
「名前?」
「っ」
不意に頬を撫ぜられてぴくりと目を緩く開けると、五条さんの手が私の頬に触れていた。頭を起こそうとすると、頬を撫でていた手が私の頭を抑えつけ「起きんな。そのまま寝てろ」と。五条さんがこんな優しい声を発することあったっけ?
重たい瞼で薄く目を開けたままでいると、ロンTの裾を萌え袖にした五条さんがそのまま私の目元に優しく押し当ててくる。泣いてた、のだろうか。いやまさか、そんなことあるまい。きっと恐らくこれは夢だ。五条さんがやけに優しいのもいつの間にか泣いてたのも、全部夢なのかも。
こんな夢を見させるなんで、先輩達のせいだ。
「……早く…先輩達のブーム…過ぎればいいのに…」
ついいつもの悪態を吐くと「お前な…まだ言うか」五条さんの頬を拭う仕草がちょっとだけ荒くなった気がした。重たい瞼に抗う術がなくて、またゆっくりと目を閉ざす。
もしもこれが夢なら、夢くらいは素直になってもいいよね。
「だって…、先輩達が…芸能界デビューしたら…すごく遠いとこ行っちゃって…」
「…遠いとこ?」
「これからは…もっと一目を気にしたり……。もう前みたいに、気軽に会えないんだろうな…って思ったら、」
「…」
「ちょっと、…さみし、くて」
私の言葉のあとに沈黙が走るのは、きっと夢を見てる私が先輩達の反応を想像できないからだろう。でもこれでいい、夢の中でも言いたいことは言った。
「…名前」
「だから…さっさと…ブーム過ぎればいいのに、って…思って…………ぐぅ」
美味しいお酒も飲んだ。なんだかんだで楽しくわいわい飲めた。言いたいことも言えた。私は一人で勝手に満足して夢の中での思考を完全に手放した。
「は?…寝た?このタイミングで?」
「寝たね。このタイミングで」
「ったく」
「まさか可愛いセリフが聞けるとは思わなかったね」
「それな。普段からもう少し可愛げありゃ良いんだけどな」
「名前が何を心配してるのか知らないけど、私達が遠いところ行くわけがないのにねぇ」
「酔っぱらって男に送らせる馬鹿をほっとく先輩がいるかっつーのってな」
現実でとんでもない発言をしていた私はそのまま家に着くまで幸せそうに寝こけ、後日五条さんと夏油さんの絡みがより悪化し、週刊誌を軽く騒がすことになったのはまた別の話である。