取り憑く物怪



 名前が夏油と五条の協力をすることになって翌日。昼時の図書室、三人はそれぞれ別々に昼食を取った後に第三図書室に集まっていた。
 昼食を共にしないのは名前からの提案だ。彼女としては転校生二人と一緒にいるところを見られても面倒しかないのだ。特に二人は麗しい見た目をしており、彼らの美貌は既に全学年に行き渡って、小耳にはさんだ話だとファンクラブまで作られているとか。
 高卒認定は欲しい名前は下手に敵を作らず、できれば平穏に過ごしたかったのだ。

「…なるほど、呪いを祓うから呪術師…」
「そう。呪いは呪いでしか祓えないからね」
「へぇ…知らない世界がある、もん、なんですね…」

 二人の協力をするにあたり、名前は夏油から基本的な呪いについての話や、学園で起きている現象について一通り内容を教わることになったのが、現在進行形で取り憑く呪いのせいで名前は酷い眠気に襲われていた。
 ノートにペンを走らせるべく俯いてると徐々に夏油の声が遠のき、あっという間に睡魔に襲われてカクンと頭が落ちかける。

「オイ、寝るな」
「んぐ」
「悟、不可抗力だ。女の子の鼻をつまむのはやめな」

 不意に隣に座る五条が名前へと手を伸ばし、俯く彼女の鼻を遠慮なく摘むと面白いくらいに肩を跳ね上げて飛び起きる。「何するんですか!」怒ったような声を上げる名前に「ちっとやそっとじゃ起きなくなってきてるお前を起こしてんだろーが」と鬱陶しそうにあしらった五条は手に持っていた紙パック製のいちごミルクを口に含む。

「確かに日に日に睡魔が酷くなってるような気もするね。夜はちゃんと寝れてるかい?」
「目を閉じたらもう朝になってますね」
「気絶に近いレベルだね…」
「あ」

 五条が突然何かに閃いたかのように手を叩く。

「分かったアレだ、多分貘かもなソレ」

 夏油はすぐ理解したのか、「へぇ、そんなものが」面白そうな眼差しで名前の肩の辺りを見た。
 二人の視線を集める名前はなんのことやらさっぱりわからないまま眠たい目を細やかに瞬かせる。「バク?…バクがどうしたんですか?」頭の中で動物園でゆったりと歩くマレーバクを思い浮かべた。

「中国に伝わる伝説の生き物の方だよ。ほら、夢を食べるとか言う方の貘さ」
「……あぁ…それがどうかしたんですか?」
「それがお前に憑いてる。お前の眠気の原因でもあるってこと」
「…へ」

 酷い眠気のあまりに五条の話を理解するのに少し時間がかかった名前は数秒後に「はいい!?」と飛び跳ねる。少し眠気が飛んだかなと夏油は側から見てそう思った。

「えっ、そんなのに取り憑かれてるんですか!?あれ…?呪い…、呪われてるんじゃなくて…!?」

 「うーんどっちも似てるとは思うけどねぇ」机を挟んで名前の正面にいた夏油が顎に手を当てて考える仕草を取れば「呪ってたら多分俺ら今頃ソレ祓ってる。だから別モンかもな」と五条が指摘していちごミルクを飲む。紙パックの中からは空気と水気を同時に吸ったような音が聞こえた。
 図書室って飲食禁止なんだけどな。今更ながら名前はそう思ったが、まぁほかにも人がいないし良いかと自分の図書委員としての職務を一旦放棄して二人の話に耳を傾けることにした。
 せっかく自分に取り憑いているものの正体が分かったのだ、話に水を差すような真似はしたくない。

「こう見えても私たちは呪術師の中でも上級の方なんだ。そんな私たちでもすぐに祓えないとなると…やっぱり霊獣的なアレの方かな。初めて見たな」
「でもよく見ると微妙に呪力が混じってる。神と呪霊のハイブリッド的なアレじゃね?」
「あぁ…貘は夢を食べるとは聞くけど人を眠りに誘うなんて話は聞いたことないしね。となると、悟の言う通り呪霊でもあって神でもあるのかもしれないな」
「…そうなんですか。それで…今いるんですか?その貘…さん?」
「「背中に」」
「…」

 清々しいくらい声を揃えて答える二人に名前は首を捻って背中を見るもののやはり視界には何も映らず。どうにか見えないだろうかと何度か後ろを見ては目を細めていると「お前には見えねぇよ」なんて五条に馬鹿にされる始末。
 取り憑く呪いも見えないことが分かって落胆すると、一時的な興奮状態が収まったせいか名前はまたすぐに睡魔に襲われて唸る。

「考え事してると目が覚めそうな気がするので、夏油君続きお願いします」
「あぁ…、呪いについては大体分かったかな?」
「はい。目に見えてる訳じゃないので想像の範疇になりますが」
「それは仕方がないさ。じゃあここからはこの学園の呪いの話だ」

 夏油が説明口調に戻る。「前にも言ったけど私たちがこの学園に来たのはこの学園で起きている行方不明事件についてだ」名前はつらつらとノートにメモを記す。

「うっ」

 ガクリと落ちかけると今度は五条に椅子を蹴られて目が覚めた。目を覚まさせてくれるならもっと他にやり方があるだろう。名前は眠たい頭の片隅で少し不満を溢しつつペンを走らせる。

「事件が起き始めたのはここ数年らしい。学年や性別問わずに生徒が消えている」
「確かに…」
「なぁ、この学園じゃ行方不明になったところで夜逃げとか誘拐とかそういう話になるってマジ?」
「そうですよ。最近いなくなった小野君のことについて、みんなそんな話してました」
「年に何人か消えててもそうなるのか」
「頭おかしいですよね。私もそう思います」

 「ほかにこの学校で怪しい話とか無いのかい?」と夏油に尋ねられた名前はA組内で飛び交っていたさまざまな噂を一通り夏油に伝えるが、「初めて聞く話もあるけどどれも眉唾だな」呪術師目線からすると事件とは直接関係ないようだった。

「苗字さんはさっき小野君、と言っていたね。彼とは面識が?」
「図書室でちょっと話した程度です」
「何か変わった様子はなかったかい?」
「…話したとはいっても…半年前に本の場所を尋ねられたくらいだから…。最近のことはさっぱりで…」
「文系男子か」
「あ、本と言えばなんですけど」

 念のために名前は「行方不明の呪いと直接的な関係があるかはわからないんですけど」と一言付け加えてから話を始める。

「少し前に店長がこの学園に呪われた本あるってことを言ってまして」
「呪われた本?」
「どう呪われてるのかって聞いたんですけどね…。そこまでは分からないって」

 「そこまで聞いたんなら最後まで責任持って聞いてくれテンチョー」五条が椅子の背もたれに仰け反りながらここにはいない折山に向かって叫ぶように声を張り上げた。

「根も葉もない話、だねぇ」
「私もそう思います…。あまりあてにしないで良いと思うんですけど」
「いや、情報は無いよりあった方が良い。何かに繋がるといいけど…」

 名前の話を聞いた夏油は暫し思案するような表情を浮かべると、「悟、これからしばらく放課後は図書室デートしようか」と五条にそう告げる。

「本のチェックだ」
「うげ」