手篭める後篇
「素敵なところでバイトしてるね、苗字さん」
「店長ー、クリームソーダめっちゃうまい!あとオリジナルケーキも!」
「ほんと!?いやぁ、嬉しいなぁ!名前ちゃん良い友達いたんだねぇ!」
店内のボックス席で寛いでいたのは、現在進行形で名前を悩ませている悩みの種、五条と夏油だった。苛立ちと動揺がピークに達した名前が「なんでいるんですか!」と混乱と焦りを含みながら声を少し張り上げると、カウンターキッチンにいた折山から「こらこら、友達なんだろ?そんなこと言ったらだめだよ」と宥められる。
――店長は何も知らないからそう言えるんだ…!
一人唸るようにして唇を嚙みしめると、通学カバンをキッチンの奥、裏方へと投げつけては制服の上からエプロンを身に着ける。そして「…なんで来たんですか…!」と今度は折山に聞こえないように小さな声で二人に詰め寄った。
「なんでって、学校で言っただろう?”またね”って」
「うっ…確かに言ってましたけど…」
「早速で悪いんだけど苗字さん、ブレンドコーヒーおかわり欲しいな」
「俺クリームソーダね」
「…かしこまりました」
「悟、またソーダ?お腹いっぱいになって晩御飯入らなくても知らないよ?」
「お前は母ちゃんか」
「こんなデカい子どもを産んだ覚えはないねぇ」
「はっ、奇遇だな、俺もこんなゴツい母ちゃんから生まれた覚えないね」
――こんな夕方にコーヒー飲んで夜眠れなくなっても知らないからね。
名前は内心そう悪態を吐きつつ折山へコーヒーのオーダー頼み、カウンターの前で眠気のせいでぼうっとする頭を抱えた。そしてボックス席の彼等について、学校での嫌がらせに止まらずここまで来たかと息を吐く。
「こんな辺鄙な喫茶店まで来てくれるなんていい友達だねぇ」
「…そんなんじゃないですよ…」
「まーたそんなこと言ってー」
折山がコーヒーを抽出する香りが忽ち広がる。徐々にささくれ立った感情が落ち着き始めた名前は不意に頭を抱えていた手のひらを見つめた。
昨日二人を叩いた手だ。その手を再び握りしめた名前は出来上がった二人の飲み物を見て一つ腹を括るのである。
「お待たせしました、ブレンドコーヒーとクリームソーダ、です」
「ありがとう苗字さん」
二人の前に飲み物を置き、名前は息をしっかり吸い込んで「あの」と声を二人に声をかけると、二人の視線。
「…その…昨日はすみませんでした」
それから頭を下げる。
名前からしたら二人がここまで嫌がらせのようなものをする理由はわからない。がしかし実際に二人を叩いてしまったことは事実であり、名前自身も少なからず心のどこかで罪悪感を抱えていたのだった。謝ったからといって嫌がらせを止ませてくれるとも思えないが、自分の気持ちがすっきりするなら、というのが名前の考えだ。
「じゃあ、協力してくれるかな?」
「いえ、お金ぶら下げても協力はしません」
笑みを浮かべた夏油に名前が顔を上げて再三きっぱり答えれば「うん、やっぱ君はそういう人間だね」さも当たり前かのように返されていよいよ言葉に詰まる。
どうにも調子が狂う。何が言いたいのか何をしたいのか皆目検討がつかない名前に「お前さ」と一声。
テーブルの上で猫背に加えて行儀悪く頬杖をつく五条がクリームソーダから名前の方へと視線を上げた。
「バイトしてるくらいなら金欲しいんだろ?昨日の話だってバイトみたいなもんなのに、なんであんなかっかしたわけ?」
「…ほっといてくださいよ。それよりもご自身のお仕事を優先したら……どう、ですか」
不意に五条の白い頭が霞み、ゆっくり瞬きをしてから再度瞼を開ける。日中も酷かったが、ここへ来てからまた一段と眠気が酷くなった。
少し裏方で休ませてもらおうと名前が踵を返すと、「その眠気の原因、解決できるっつったらどうする?」背後からの提案の声に振り返る。五条がかけている真っ黒いサングラスに自分の姿が映っているのが見えた。
「え?」
「何回消しゴム投げてやったと思ってんだよネボスケ」
「投げてやった?」名前が疑問詞をつけながら小さく繰り返した。その言い方はまるでお前のためにやってやったとでも言いたげで、首を傾げる。
まさか五条は自分が授業中に寝てしまわないように消しゴムを投げ続けていたとでも言うのだろうか。ということは、教科書を借りた夏油も…?五条の向かいで薄く微笑む彼を見た。
寝こけたクラスメイトなんて放っておけば良いというのに「なんで、」無意識に言葉が零れた。
「お前呪われてんだよ」
「ちょっ、」
あまり開けっ広げしてはならない話題ではないのか。名前は慌てて折山の姿を探すが、幸い奥のキッチンにいるらしく、下手くそな口笛が聞こえて胸を撫でおろす。
「…どういうことですか?」
「お前の異常な眠気は呪いせいだっつってんですぅー」
「…のろい?これが昨日話してたものなんですか…?行方不明とか言ってませんでしたか…?」
「呪いはいろいろあるんだよ。君に憑いてるそれは学園を取り巻く呪いとは別物だと思う。今はまだ君に憑いた呪いを祓うことはできないが、原因が掴めればきっと祓うことができる。そうすればその異常な眠気を取り除けるはずだ」
「!」
「実は昨日それを試みたんだけどね。見事に叩かれちゃった」
夏油はぺろりと赤い舌を僅かに出しながら棒読みで「痛かったなぁ」と名前が叩いた手の甲を撫でた。
「えっ、昨日のお昼のがそうだったんですか!?祓おうとして…!?」
「うん。叩かれて失敗したけどね」
「う、…それはすみません…!」
「これを引き合いに出すのは些か気が引けたんだけど、真面目な話、呪いは放っておくと非常に危険なんだ。あまりこういうことを言って脅したくは無いが、呪いは最悪取り憑いた人間を死に至らしめる可能性もある」
「死…っ!?」
「お前に憑いた呪いは今のところお前に眠気以外の害は加えてなさそうだけど、この先何をしでかすか分かんねぇってわけ」
「だから今朝、務台君にお願いして席替えを頼んだんだ。私たちがすぐに祓えなかった呪いなんだ。…もし万が一何か君に異常があればすぐ対応できるように、ね。君を無理にあの席に座らせたのも、そういう理由さ」
まさかそんな非現実的なことが自分の身に起きて、彼らが気にかけてくれていたとは。名前は無意識に自分の腕を摩る。そんな名前を夏油は真剣な眼差しで彼女の名前を呼んだ。
「私たちは呪術師であって、君のように呪われた人を助けることが仕事であって義務なんだ。だから正直これを持ち掛けたくないのだけど、私たちは君に憑いた呪いを祓うと約束する。だから代わりに君には学園の調査のことで協力をお願いしたい。呪いは必ず祓う。…だから頼めるかな?」
二人が自分の知らないところでほとんど赤の他人である自分を助けてくれようとしていたのだ。そう言われてノーと言えるわけがなく、名前は決心したように小さく頷いた。
「分かりました。私にできる事があるか分かりませんが…お手伝いします。…ただし、」
「ん?」
「あの写真は…消してください……お願いします」
「流石に恥ずかしいです」消え入りそうな声で言う名前を夏油と五条は悪戯っぽく笑うのであった。
下手に出ると人間関係において主導権を握られてしまうことを名前は知らない。