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 実の母親の葬式が終わった。

 自宅アパートへ向かう途中でふと歩き続ける自分の足元を見ると、着慣れない喪服スカートから伸びる黒いタイツに包まれた足がそこにある。そのつま先はパンプスに突っ込んでいて、踵から出る甲高い音が静かな住宅街に響いている。

「踵いった…」

 履き慣れてないパンプスのせいで踵が靴擦れを起こして痛い。もう何もかも終わったし、この場で脱ぎ捨てて裸足で帰りたい。そんな衝動に駆られながらも痛む足を必死に動かした。

 私の母親は昔から男に媚びを売っては別の男へ金品を惜しまず貢ぐような女だった。だから友達っていう友達はいないし、親族には昔から煙たがられていて気づけば疎遠になっていった。だから当然母の葬式はそれはそれはもう完全な家族葬……いや、むしろ親子葬そのものだった。
 水商売だったから派手な身なりをしていたのに、最期はこうも地味とはなんとも皮肉だなと思う。

「……はぁ、とにかく早く次のシフト入れなきゃ」

 実の母親が亡くなったとはいえ、世間や時間は私のために何一つ止まってくれやしない。スマホからスケジュール帳アプリを取り出して日程の確認を始めるも、ズキリと痛む踵に顔をしかめた。

「…やばい、本気で痛い。…ちょっと休もう…」

 近道の公園を抜けようとして足を進めていたら、公園の未舗装の地面とパンプスの相性が相当悪く、一気に踵の痛みが増加した。心なしか靴擦れしてる場所の滑りが良くなってくる気がする。血が出てるなこれ。
 ほの暗い人気のない公園のベンチに腰をかけてスマホでぽちぽち操作し、かけ持ちしているバイトの予定を確認していたらなんだか不意に虚しくなって端末を操作していた手を無意識に下ろす。

「ホント…何してんだろ、私…」

 ぽつりと呟いては自分という人間を客観的に見たところ、24歳にして夢なし彼氏なし仕事なしだ。強いて言うならフリーター。築ウン十年のボロ屋アパート住まい…。

 大学4年の就活真っ只中の時期にスナックで働いていた母親が急性アルコール中毒でぶっ倒れ、記憶障害だなんて後遺症まで患うはめになった。まだ50もいってないであろう母は実質もうほぼ認知症みたいなもので。それまで毎晩毎晩頭が悪そうに見える派手でぎらぎらした衣装を身に纏って夜の街へ繰り出していたというのに、あの頃の面影なんて一切無くなってしまうくらいに廃人と化してしまっていた。
 そんな母の介護とアルバイト三昧してきたせいで就職も決まらないまま大学を卒業してしまったわけだ。ちなみに母の死因は車に轢かれたことによる事故死。認知症のせいで徘徊するようになっていたとは知らなかった。

「人生ってもっとキラキラしてて楽しいもんだと思ってたのになぁ…」

 そしてそんなロクでもない母は自分に尽くしてくれた実の娘へ最期にとんでもないものを残してくれた。
 サプライズと言わんばかりの総額500万の借金。

「人生ホント楽しくない…何のために生きてるんだろ」

 公園で項垂れてたらケタケタ笑い声が聞こえてきてそちらに視線を移すと、木影から覗く複数の目。

『ケケケケケ、ケケケ!』
『かわいそ、かわ、かわいそ』
「…」
『ケケケケケケケケ!』
「うるせー!」

 いつもならスルーを決め込むのだけど、状況が状況なだけについ苛立って叫ぶと物怪がケタケタ笑いながら走り逃げる。その背中?みたいなものを見届けながら小さくため息をついた。
 昔から見えてたものだった。
 子どもの頃、友達に物怪のこと「あれなに?」と聞いたらドン引かれてしまって、それ以来不思議ちゃんとかヤバいヤツとか後ろ指をさされてしまったことがあった。そこでようやくアイツらは普通の人間には見えていないことがわかって、以来アイツらを見かけてもスルーして生きてきた。


「――君、見えるの?」


 逃げる物怪をひと睨みし、再びベンチで頭を抱えたところで頭上から聞こえた男の人の声。「は?」と声を漏らしながら顔を上げたら軽く悲鳴が出た。包帯ぐるぐる巻きのタッパのデカい男が目の前に立っていたのだ。

「へぇ、珍しいな。構築術持ちか!良いの持ってるじゃん!」

 デカい体を腰から折り曲げて私を品定めするかのように顎に手を当ててジロジロ見、てるのか…?見てきた男は目元は分からないけれど、口元をニカリと白い歯を惜しみなく披露しながら笑った。
 あ、絶対これ関わったらヤバいやつだと直感が警笛を鳴らしている。

「君、よかったら呪術師やんない?」
「社会的弱者から金銭巻き上げようって算段ですか。他をお勧めします」
「あはは、大分やさぐれてる」

 包帯男は私から顔を離すと、私の座っているベンチの空いた場所にどっかり腰掛けた。
 無意識にジリ、とベンチにつけたままのお尻を男とは反対の方へ滑らせて距離を取ると「別に取って食ったりしないよ」とまた軽やかな笑いを浮かべながら長い脚を組んだ。

「悩みがあるなら言ってごらん。この麗しいお兄さんが特別に話を聞いちゃうよ」
「そのままどこぞの宗教へ入信パターンですよね。随分お上手な勧誘で。私は釣れませんが」
「人の話聞かない子だねぇ」
「初対面のあなた様に悩みを打ち明ける理由が見当たらないのでね」
「そうだなー、まずあれが見えてることかな」
「悩みではありましたけどスルー決め込んだのでモーマンタイです」
「さっき思いっきり叫んでたけど」
「…見てたんですか」
「公園入ってきたところからね」
「え?」

 まさかストーカー?とか思っていたら「言っとくけどストーカーじゃないからね」と見事に私の考えを見抜いた包帯男は「ふふっ」と小さく笑って天を指さした。

「ここ、帳降りてんだよ?」
「と…トバリ…?」
「今この公園はね、パンピーには視認されてない公園になってんの」
「は、」

 何をさっきからペラペラとこの人は、いよいよ完全に頭がやばいやつなんじゃ、と思っていたら突然大きな叫び声。獣の雄叫びに近いもので、とてもこんな閑静な住宅街で聞けるようなものではない。

「来た来た」

 組んだ足の上で頬杖をつき、ニヤニヤほくそ笑む包帯男。その視線の先…いや、顔の先を見ると異形のカタチをしたそれ…物怪がポツンと立っていた。先程私が追っ払った奴らよりも不気味で、何故が鳥肌が止まらない。それからものすごく寒い。
 嫌な予感がして痛む足に構わず立ち上がると、物怪がドタドタとこちらへ走ってきた。

「うわ来た…!に、逃げなきゃ、…!逃げましょう!」
「大丈夫大丈夫ー。そこで見てなって」
「ぐえっ!?」

 逃げようとしたところ襟首を掴まれて首元が締まる。ふざけんな包帯!内心悪態をつくも、こちらへ向かってくる物怪はスピードをあげて迫る。
 終わった、人生24年…短かった…!来世は金持ちの子供に生まれたい!!頭を抱えて身を小さくした。
 いつまで経っても思っていた衝撃が来なくて恐る恐る見上げると、目の前には物怪が。

「……え」

 今にも襲いかかってきてもおかしくないのに、どうしてか物怪は私達の方に来れずにもがいているように見えた。なに、なんか、見えない壁でもあるような。

「順転術式、蒼」

 私が状況を理解するより早く、包帯男の声が囁かれる。直後に響いたのは爆発音だった。爆風に朝軽くセットしてきた髪の毛が一気に乱れる。

「――さて、話の続きをしようか」

 物怪が文字通り木っ端微塵になったあと包帯男は「ハイハイ座ってー」と先ほどのことは何事もなかったかのようにベンチをぺたぺた叩いた。



五臓六腑
失笑。