02
「へぇ、借金500万ねぇ…」
買ってもらった未開封のコーヒーを両手で握りながらつま先の近くにあった小石を眺めた。
いやもう話したよね。最初は適当に突っぱねてたけど物怪倒す力?あんな恐ろしいもの見せつけられたらそのうち私も木っ端微塵にされるんじゃないの?って思って、そしたら話しちゃったよ。
包帯男が顔に似合わず選んだミルクティーを口に含む様子を見ながら、私は「あの」と意を決して声をかける。
「そんなわけで私お金もないですし、入信するつもりもないのでもう行っても良いでしょうか?」
「いいよー」
「え」
思わぬセリフに自分の耳を疑った。マジか。「じゃ、じゃあ……」と荷物を抱えて腰を浮かす。助かった、解放されるぞ!そこまで面倒くさい人じゃなさそうで助かった!!今日のことは全部忘れます忘れます。ジクジク痛む脚を一歩踏み出す。
「そのくらいのはした金額、僕が払……いや…」
そこまで言いかけて包帯男は「ふむ」と一つ何か思案し、それからにぱっと効果音がつきそうな笑顔で続きを提言し、立ち上がる。…背高いな!
それから背丈に見合った長い指を一本、空に向けてはふらふらと小さく振るった。
「500万、僕が立て替えてあげる。だから君は体で払うといい」
「は?」
その指先が私の額に触れた途端、目の前が真っ暗になった。
――
私は借金500万円を背負うしがないフリーターの苗字名前。
母親の葬式帰りに抜け道である公園を通ったら目元を包帯ぐるぐる巻きの変な男に絡まれた。その男は突然現れた恐ろしい物怪を木っ端微塵にする力を持っていた。
それから私の悩みをしつこく話し出させ、借金の話をしてしまった私。その後てんやわんやで意識無くなり……目が覚めたら体が縮んでしまっていた!……なんてことはなく。
「君元気だねぇ。寝起き早々」
「うそ、加えてエスパー!?」
「自覚症状ないのかな?自分で思ってる以上に口に出てるよ名前ちゃん」
「名前までバレた…もう終わりだ…」
「だから口に出てるっつってんじゃん」とハアとパイプ椅子に座り、自分の膝で頬杖をつきながらため息を吐いたのは私が記憶を無くす前に最後に会った人物、包帯男だ。私が目を覚ましたら同室にいた白衣姿の女性、家入さんがこの包帯男を召喚してしまったのだ。
「半日くらい眠ってりゃ良かったけど、二日近く飲まず食わずでぐっすり寝てるし」
「え」
いま、なんと?二日近く飲まず食わずで…?……二日?
「待って待って、二日!?やばいバイ、とぉ!?」
ベッドの上で慌てふためいていたら目の前に突き出された白い紙。診断書、と書かれている。過労による高血圧脳症とか訳わからんことが書いてあった。
「相当な疲労具合だったんだ、仕方ないよね?君の勤務先に片っ端から連絡しておいたから、安心して」
「……念のため聞いておきますが、何を?」
「退職」
「っはぁぁああああ!?」
「無断欠勤でクビにされるよりキチンと筋通してるからまだマシでしょ?」
「本人に断らずに退職させるあたり、筋もクソもありませんよね!?」
「とりあえず君、今日から呪術師ね!」
きゃるん、なんて効果音が付きそうなテンションで包帯男はてへぺろよろしく、舌をチラ見せしながら頬を指さしてぶりっこポーズをかました。情報多いわ。
「勘弁してください…先も言いましたけど私借金があって、「あぁ、それのことだけど」…?」
包帯男の持つ診断書の用紙の下にはもう一枚紙があったらしい。二枚目の用紙を指先で引っ張り出したこの人は私の膝下にその用紙をふわりと乗せた。
真っ先に飛び込んできた文字は、
「借用書……?」
「そ!喜びなよ、君の借金は全てこの僕が建て替えであげたんだから」
「はい…?」
「簡単だったよ。君のスマホの通話履歴から信用絡みの番号見つけて問い合わせたらビンゴ!残高と入金口座聞いて即日入金!はいお終い!」
差し出されたスマホは通帳画面になっていて、500万ちょいが出金されたように書かれていた。残高は数えるのが億劫になるほどの0が書かれていて思わず目を細める。
「完済証明書なら今手配してる所だから、もし信じられないならそれ見て現実知っといて」
「…は」
「あ、安心して?君のスマホは余計なものは見てないよ。アルバムの中が犬や猫とか、あとスーパーの安い食材のプライス写真ばっかりなのとか僕見てないからー」
「ちょ、見てるじゃないですか!!思いっきり!!」
「興味ないものは見てないのと同じでしょーよ」
「暴論!!」
一人で唸っていたら家入さんが「名前、だったか」と私の名前を口にした。
「え?」
「お前は五条に借金があることになってるんだ。素直に従った方が身のためだぞ」
「うっ」
「そーいうこと!君の体、五臓六腑全ては僕の手中にあるってわけ。売られたくなかったらどう行動すべきか…そこまでアホじゃないでしょー?流石に」
「フフ…なんなら私が買ってやろうか」
「ふはは、早速バイヤーがここにいたね。需要アリアリだよ君」
「怖っ!」
「てなわけで、ようこそ呪術界へ!」
こうして私は己の五臓六腑の命運がこの得体の知れないこの男に握られることになり、さらには呪術師という謎の世界に飛び込むことになった。