尾行なんてコソコソすっからバレるんだよ
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神楽ちゃんがほぼ毎朝私の働くパン屋に通うようになって一ヶ月が経とうとしていた。
神楽ちゃんのペットの定春くんともご対面してうっかり食べられそうになったり、神楽ちゃんが偶然通りかかった真選組の一番隊隊長の方にケンカ売ったり、ガラの悪い連中に絡まれた時にはそれはもう向こうが可哀想になるくらいフルボッコにしてくれたりと、彼女といると驚きの連発を食らう。
そんな最中最近気になることが、ある。
「パンの耳うまいアルー!!やっぱシンプルが一番ネ!」
「…(また居る…)」
美味しそうにパンの耳を頬張る神楽ちゃんに牛乳を差し出しながら、道路にある電柱にチラリと目をやる。
最近神楽ちゃんがやってくるたびにいるのだ。所謂ストーカーとやつだろうか。パンの耳を頬張る神楽ちゃんをじっとりとした眼差しで見つめている。
「名前、どうしたネ?腹の具合でも悪いアルか?」
「あ、ううん。何でもないよ。ちょっと店の手伝いしてくるね」
「存分に働いてくるヨロシ」
神楽ちゃんを店前の腰掛けに1人にして店の中に戻ろうとした時だった。電柱に隠れていたヤツがこちらへ向かって走り出した。厳密に言えば神楽ちゃんにだ。
私はそれを見逃さず、ヤツに向かって駆けだした。
「失せろこのロリコン野郎ォオオオ!!!」
「ぐふぉおおお!?」
ヤツの手が神楽ちゃんに伸びる前に得意のグーパンで銀色のふんわりとしたヘッドを殴り飛ばした。
ゆーちゅーばー兼ムエタイ選手の護身術講座を見ておいてよかった。助かりました師匠。
パチパチと送られてくる歓声と拍手を他所に神楽ちゃんの様子を見る。
「神楽ちゃん大丈夫!?」
「あ、名前」
「アイツ…!やっぱり神楽ちゃんのこと狙ってたんだね!!」
「あれ、銀ちゃんアルヨ」
「へ?」
「銀ちゃんネ」
「…」
…あれれ?
―――――
「先日はどうもすいませんでした」
私は今神楽ちゃんの職場、万事屋とやらに来ている。手には風呂敷。目の前には頬を腫らした神楽ちゃんの雇い主、坂田銀時さん。
万事屋を訪れた私を新八君という初めましてな子と、神楽ちゃんが大喜びで出迎えてくれ、居間と思わしき場所には坂田さんがソファーに寝っ転がっていた。
坂田さんを見つけるなり、まずは謝罪の言葉を告げると、彼は持っていたジャンプを閉ざしながら体を起こした。
「ほんとだよ。銀さんの男前な顔に何してくれちゃってんの」
「え?男前?ちょっ、御宅の鏡歪んでるんですか?あ、眼科?いや、脳外科?」
「さらっとディスるのまじやめてくれる?会って初っ端からボディーブロー決めてくれるしよー。なんなのお前。パン屋ってキャラじゃねぇよな絶対」
「ふざけるのは頭だけにしてもらえませんか」
「まぁまぁ、こんなマダオ天パのことはひとまず置いておいて、座るヨロシ」
「あ、じゃあお言葉に甘えて…」
「お茶、良かったらどうぞ」
「わ、ありがとうございます」
「え?シカトですか?もしもーし」
神楽ちゃんに勧められて坂田さんの向かいのソファーに腰掛けると新八君がお茶を置いてくれた。
風呂敷を膝の上に乗せて辺りをくるりと見渡せばデスクの上に掲げられた「糖分」の文字。糖分って、なにちゃっかり額縁に入れて飾ってるんだ?なんてことを考えていると、「で?」坂田さんの声に目線を元に戻す。
「今日は何の入り用で?」
「あ、これ、お詫びと言ってはなんですけど。良かったらどうぞ」
テーブルの上に風呂敷を広げると、中には袋いっぱいに詰め込まれたパンの耳。3キロは、多分ある。神楽ちゃんが目を輝かせて飛びついた。
「うわー!耳ネ!」
「馬鹿、その言い方だと読者が勘違いするだろーが。まるでウチがヤクザみてーに思われるだろ」
「銀ちゃんが日頃からやってることはそんじょそこらのチンピラと大差ないアル」
「ウチ万事屋だからと言ったって貸し出す金もねェし、理由のない暴力振るわないからね」
「ていうかアンタ従業員に給料払ってないんですから。下手したらヤクザよりよっぽどタチ悪いですからね銀さん」
「安心しろぱっつぁん。退職する時ァ指詰めなんてさせねーから。ウチ金はなくとも愛に満ち溢れた職場だし。愛は24時間職場を救うってね」
「愛があったって金がなきゃ生きていけないんだよォォオオ!!」
「定春!散歩行くよ!」
手早くパンの耳を数本手にした神楽ちゃんは定春くんの名前を呼ぶと、定春くんは坂田さんのソファーの後ろで寝ていたらしく、嬉しそうに顔を上げて玄関へ向かって駆け出した。
新八君と言えば、坂田さんにブチ切れたあと「お通ちゃんのCD買いに行ってきます」と言って万事屋を出ていってしまった。
戸がぴしゃりと閉まる音を最後に、万事屋に静けさが戻る。
そこでハタリと気がついた。わーお、2人きり。
「と、とりあえずお元気そうで何よりです」
「この顔見てよくその台詞が出るな」
「どうせ次のコマには腫れ引いてるんですよね?」
「コマって、コマってオメーこれ漫画じゃねーんだから。メタ発言やめれや」
鼻をほじくりながら坂田さんはそう言った。あれ、禁句だったの?と考えていると、万事屋が少し揺れた。誰かが荒々しく階段を駆け上がっているようだ。定春君か…?
「銀時ィィイイイ!!いるかァァアアアア!?」
「!?」
「げ」
ヤクザ紛いの怒号を上げたその誰かは、万事屋の玄関を荒々しく開けると、お構いなくズカズカとこちらへやってきた。
…あれ?この強面の島田髷…どっかで見たことある…。
「なんだ、客がいたのかい……ん?」
頼りない記憶の糸を手繰ってようやく思い出した。
「…お登勢、さん?」
「アンタ、名前かい?なんでこんな処にいんだい…?」
「アレ?アレレレ?お二人知り合い?」
私とお登勢さんを交互に指差す坂田さん。
いや、知り合いっちゃ知り合いだけども…。一旦お登勢さんの方を見てから坂田さんを見る。なんていうのが一番的確な距離感なんだろう。
「墓友?」
「マブダチみたいなノリで言うのやめんかい」
ぺちんと私の頭が叩かれた。
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