人生なかなか思うようにいかないものである
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あれから一か月とちょっとが経った。季節は秋から本格的に冬へと移り変わっていて、吐く吐息はもちろん、江戸の町は真っ白に染まっていた。
私は今、少しだけ雪が被っている万事屋銀ちゃんの看板を見上げた。
「おや?名前じゃないかい」
「お登勢さん…!」
目の前の引き戸がカラリと開き、店の中から出てきたのはお登勢さん。手にはゴミ袋を持っていて、どうやらゴミ出しに行くところだったみたい。
「…銀時なら今し方出かけたよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、また来るね」
お登勢さんは私が銀さんに用があるのを察したらしい。仕事、頼もうと思ったんだけど残念。
どうしたもんかと歩いていると、スーパーの買い物袋を引っ提げた新八君とお妙ちゃんに会った。
「銀さんですか?ウチにいませんでしたか?」
「お登勢さんがさっき出て行ったって言ってたんだよね」
「今日仕事無いですからね…パチンコかな…」
「こんなクソ寒い中女の子に探させるなんて、銀さん今度締めておいた方が良いわね」
「姉上、それ息の根の話ですか?」
「あはは…ありがとう」
仕事無いのにパチンコかよ。何だよあの天パ。マダオ感まっしぐらじゃん。
なんとなく銀さんが行きそうなパチンコに着けば丁度良いタイミングで長谷川さんが出てきた。
「銀さん?さっきまで居たけんね、今日はダメだーっつって出てったとこよ」
「じゃあ、入れ違いでしたね」
「気晴らしに甘味屋でも行ってんじゃねェの?」
「なるほど」
長谷川さんにお礼を伝えて、教えてもらった甘味屋さんを覗いてみるも、収穫はナシ。諦めて一人で行くかと振り返ると、後ろには黒服の御三方。
「おう!名前ちゃんでねェか!あれから元気になったか!?バナナでも食って精力つけねェと!」
「近藤さんはその精力を違ェところに使ってくれ。…アンタは一人でどうした?」
「こんにちは。ちょっと銀さんを探していて…」
「アレー?あんたらいつからくっついちまったんですかィ貧乳」
「誰が貧乳じゃクソガキ。…くっつくって何の話?」
「……なら安心ですねィ土方さん」
「は!?」
「今なら万事屋の旦那もいねェ。今ならアタックしまく「そそそそ総悟くぅぅううん!?何言ってるのかなぁ!?そうか!俺とそんなにパトロールしてェか!ならよし!今すぐ行こうか!」…うるせェ土方死ねコノヤロー」
突然土方さんが沖田君の肩を組んでずんずん歩き出した。あの二人、結局仲が良いのか悪いのか…いまだに分からないままである。
「…仲良しですね」
「がっはっは!あんな減らず口叩いてっけどな!…名前ちゃん、あれから変わりはねェかい?」
「あ、はい。ストーカーもこっ酷く叱ってくれたみたいですし、兄さんの件も本当にすみませんでした…」
「あーいいいい!顔上げなさいって!これが俺らの仕事なんだからよ」
これは入院中に真選組のなんとかザキさんから聞いた話だったが、兄さんに肩を刺された時に助けに出てくれたあのスナックすまいるのお客さん、もといストーカーは万事屋に行ったあとに神楽ちゃんと新八くんによって真選組に突き出されたらしい。さっきの鬼の副長と呼ばれる土方さんとドS王子のいる二人に取り調べを受けたらそれはそれはもう可哀相になるくらい顔面蒼白になってストーカーを辞めると宣言したそう。
改めてお礼を述べたら顔を上げるように言われて、近藤さんはニカッと笑った。
「こういう時はお礼を言ってくれた方が、嬉しいんだがなァ…?」
「!…あははっ…、ありがとうございました!」
粋な人だ。彼らが、真選組が慕うのもよく分かる気がする。とってもあったかい人だ。ただお妙ちゃんのストーカーなのは残念すぎる…。
「あっ…と、銀さんだっけな。見かけたらまた声掛けといてやるよ」
「ありがとうございます」
近藤さんにお礼を伝えて、随分遠くなった土方さんと沖田君に手を振ってから私は踵を返した。
―――――
「……さむっ…」
私は雪を被った墓前に一人立ち尽くしていた。手で雪を振り払って、小さな蝋燭に火をつけ、線香を燃やす。
兄さんは家族である私の元へ帰ってきた。ひっそりと葬儀も済ませ、四十九日も過ぎ、兄さんは本当にここで眠っている。
「…また、来るね…」
「俺のこと探してたって?」
「ぎゃぁ!!?」
「あだぁ!!?」
「びっくりした!!」
墓前に向けて合わせていた手を下ろそうとしたら、両手をあったかい何かに包み込まれ、更に後ろから誰かに抱きつかれた。
驚きのあまりに顔を上げれば後頭部に何かが直撃。後ろから悲鳴が聞こえ、身体の拘束が解けた。
「ぎ、銀さん!」
思わず振り返れば銀さんの姿。銀さんの右手が私の両手をがっしり握っていて、反対の手は顎に添えられていた。
…あ、さっきぶつかったの、アレ顎か。
「ーーってぇなお前!石頭かよ!」
「危うくしゃくれるところだったわ」としゃくれたままそう言った銀さんは私から手を離した。「それ寄越せ」と言って線香を手に取り、蝋燭の火をつけ、両手を合わせる。
一連の流れを見ているとやっぱりこの人もそれなりに年を食ってるみたいだ。
「…よしっ!」
「何がよしっ!ですか。気配消すのやめてくださいよ。うっかり殴るところでしたよ」
「殴ってねェけどたった今似たような目に遭わせただろ。で?用って何?」
「寒いからお墓参りのパシリを頼もうと思って」
「ほー、ここ数日で随分太々しくなったもんだな名前チャンは。あん時ャ素直に銀さんの胸でわんさか泣いてたクセに」
「違いますよでっかいティッシュがあったから鼻水かんでただけです。あとあれ秋花粉のせいですから」
「可愛げねェのにも程があんだろ!俺の一張羅をティッシュとか言うのやめてくれる!?ごはァ!!」
「コノヤロー!」と腹いせなのか、銀さんは私の頭をわしゃわしゃグリグリ撫ぜてくるので裏拳で制する。
一通り墓前でギャーギャー騒いだ後に銀さんはピシッと背筋を伸ばしてお墓を見上げた。
「いーか、よく聞いとけ名前チャンのお兄さんよォ」
「…は?」
急に肩に手を回されたかと思えばぐっと引き寄せられ、不意に銀さんとの距離が近くなった。頬に熱が集まる。な、なにごと?
「今日から銀さんは本気でオメーのすっげー鈍感な妹チャンを落としに行きまーす。ハイ、これ決定!」
「…え?……おと、…え?……はぁ!?」
意味を理解したところで身体中の熱が顔に集まるのを感じた。カッと顔が熱くなる。
待て待て待て待て。なんで?どうしてそんな流れになった?
「もたもたしてっと多串くんや総一郎くんに取られるかもしれねーし?」
「な、何言って…!」
「残念ながらオメーら兄妹には拒否権ナシな」
「はぁ!?」
「わりィけど、結構俺ァテメーで思っている以上にオメーの妹チャンにぞっこんらしい」
墓に向かって笑う銀さんの横顔から目を離せなくなった。あんなにも優しく笑う銀さんを…初めて見た。
「い、異議あり!!!」
「は?」
いつもの調子をなんとか取り戻して、私は勢いよく手を挙げた。その宣言をするには疑問点があるのだ!
「あやめさんは!?」
「…は?なんでそこで其奴出て来んの?」
私は騙されないぞ。いつだかあやめさんが銀さんの彼女であると言っていた話を!!
「あやめさんが銀さんの彼女だって…!未来の花嫁だって…!」
「お前それ間に受けたワケ?そんなんじゃこの町で生きてけねェぞ」
「だって本人そう言ってましたよ…?」
「じゃあ俺がちげェって言ったらどうすんの」
「…え!?」
なにそれめちゃくちゃ修羅場じゃないの!?え、元カノとか!?一方は別れたと思ってるけど、一方は別れてないと思ってる感じ!?
「元カノもなにも付き合った覚えはねェよ!大体俺ァ積極的な女は嫌いなんだよ」
「な、なにそれ…」
「大体思い返してみろ。万事屋でアイツに会ったことあったか?神楽や新八からアイツの話されたことあったかよ」
「…そういえば…ない」
確かに、ないな。というか、銀さんのことモテないみたいなそういう話題の方が多かったような…。
「なに?妬いてくれた?」
「ばっ…かじゃないですか!」
「名前ちゃんよォ、あんまっし可愛いこと言うとそのお口にチューしちまうぞコノヤロー」
スッと銀さんのあったかい手に頬を包まれ、さらには顔が近づいてきて思わずぎゅっと目を瞑ると「ジョーダン。これ以上はオメーのこと落としてからのお楽しみに取っとくから」なんて言いながら私の頭をポンポンと撫でた。
く、悔しい…!!弄ばれてる感が、悔しい…っ!!
「ともかく、よろしく頼むって言ってたのオメーだかんな。後から後悔して墓飛び出してくるんじゃねェぞコノヤロー。ビビるからまじやめてね」
「じゃ」なんて墓に向かってそういうと、銀さんの小豆色の瞳が私を見下ろした。
私、絶対真っ赤だ。もうやだ。こんなの見られたら弱味握られる。顔を逸らそうとするけれど、またいつかみたいに顔をガッと掴まれる。
「…っ」
「そんなワケで…、以後よろしくな名前」
本当はもういろいろと分かりきっているのだろう。銀さんは私の髪を掬うと、口元に寄せた。
「こンの…っ」
「ん?なに?」
ニヤリとニヒルに笑うコイツに引っ切り無しに騒ぐ私の心臓。
「銀さん…」
「え?告白してくれんの?」
私は胸元で手をぎゅっと握って小さく深呼吸し、銀さんの顔を見上げた。
「調子に乗るなよド腐れ天パァァアアア!!!」
「ごふ!!?なにこれ久しぶり過ぎて超効く!!」
私の拳は銀さんの顎にクリーンヒットした。まだ私には穏やかな日常は訪れないらしい。
end...
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