女だって拳で語りたい時もある多分

◼︎


「あり?…名前チャン?」
「さ、か、た…さ…ん」

プククとこちらを指差して笑う坂田さんに、こみ上げる殺意をそのままに拳を繰り出したのは、ほんの数分前の話。




「オメー、俺に会うたび拳寄越すのやめてくんね?」
「すいません。坂田さんの腐れ天パ見ると抑えきれないんです。この気持ち」
「聞こえはいいけど殺意だよな?それ」
「はい、ドンペリのドンペリ割りです」
「え、なにしれっとクソたけェドリンク作っちゃってんの?ってソーダ割りかよ!!!」

ここはすなっくすまいる。実はここも私が働くバイトの一つである。

フロアにあるソファーの一つに私と坂田さんがいる。非常に不本意だが、この胸糞悪い天パに指名されてしまった。
私は入ってまだ4か月。このお店は半年経たないとまだ指名料がつかないシステムなのである。それを良いことに指名されたという非常に不本意不愉快な話である。

「先日のカラオケに引き続き心の声聞こえてっから。ダダ漏れっつったよな?」
「何しに来たんですか?」
「あん?キャバクラにくる理由たって、一つしかねェだろ?」
「この状況でですか?」

この状況。というのは、すまいるのフロアが真選組でほぼ埋め尽くされている状況のこと。真選組は一部を除いて飲みに来たわけではなさそうだ。

「さァて、かわい子ちゃん達ー。なんでも好きなの頼んじゃいなァ!」
「わーい!パパありがとー!」
「お、た、え、さァアアアアアん!」
「あらやだ、こんなところに野生のゴリラ」

警察長官兼すまいる常連の松平片栗虎様はうちの店のナンバー1のお妙ちゃんからナンバー4までを引き連れて絶賛お愉しみ中。
真選組の黒服を着たゴリラが、ナンバー1のお妙ちゃんにぞっこんらしく、さっきからラブアタックがうざい。タバコを蒸す瞳孔かっぴらいたまんまの彼が、「近藤さんいい加減にしろ」と言っているから、多分近藤さんって言うんだろう。
明らかに真選組が貸し切っている状況で何故万事屋の坂田さんがいるのか非常に謎である。

「なァに。ちょっとした仕事よ。しーごーと」
「そうですか」
「そうそう」
「…」
「…」

会話が続かん。元々私はそんなに口数が多い人間ではないし、この男が掴みどころがない性格をしているのもあってか、会話が弾まない。

「ヤツらにはオメーはここに座ってりゃいいみてェなこと言われてっけどよ、保険みてェなモンだろどうせ」
「保険?ですか?」
「ヤツらのトップがキャバクラ遊びだぜ?万一の騒ぎの時は俺を何かしらの火種ってことにする算段だろうよ」
「…なるほど」

ギャラは出すから、何もせずに好きな酒を飲んで寛いでてくれとでも言われたのか。
不祥事の際には火種…よく引き受けたなこの天パ。


「しっかし、馬子に衣装ってやつかねェ?」
「何見てるんですか気色悪い」

坂田さんは私の身なりをじろじろ見てはそう言った。
パン屋の時の髪は前髪はピンで固定して、しっかり後ろで束ねているのに比べて、ここでは前髪も下ろしているし、軽くコテで巻いている。
そりゃそうだ。ここはそういう店なんだから。

「褒めてるんだっつの。可愛げねェな」
「お金稼ぎたくここへ来ているので、可愛げなくて結構です」
「なんで」
「はい?」
「なんでそんなに金欲しーの」
「誰だってお金欲しいでしょう?」
「まぁな」

それ以上言うことはないらしく、興味を無くしたらしい坂田さんはソーダ割りを口に運んだ。興味無いなら聞いてくるな。
相変わらず店内はお妙ちゃんと近藤さんが騒がしい。あ、なんか今グラスが割れる音がしたな。

「ていうか」
「はい?」

賑やかなお妙ちゃんと近藤さんの方を見ていると、坂田さんが言葉を口にした。

「俺の行く先々に居るよね」
「誰がですか?」
「名前チャン」

坂田さんがソーダ割りの入ったお酒を飲み干すと、カランと氷が音を立ててバランスを崩した。

「それ、こっちのセリフですから。私のバイト先に出没するのやめてもらえません?」
「いやいや、だからそれこっちのセリフだし」
「いやいやいや、私が先にその場所にいてあとから貴方が来るじゃないですか」
「いやいやいやいや」
「キャバ嬢口説いてナニする気でさァ?万事屋の旦那ァ」

私の左に座る坂田さんと啀み合っていると、右側のソファーが沈んだ。右を向けばそこに座ったのは栗毛の青年。いつだかパン屋の前で神楽ちゃんが喧嘩ふっかけてた、どんぐり眼が可愛らしい彼。

「ナニって、何よ?おたくら俺を呼んどいてそんな言い草はないんじゃなーい?総一郎君」
「総悟でさァ。んで?旦那の好みなんですか?」
「何がだ」
「この貧乳ぶべらっ」

ソファーの背もたれに背を預け、左右も見ずにただ会話を聞いていると、私のことを指差しながら総悟君はそういうので、うっかり右手が出た。その右手はなぜか繰り返し総一郎君を攻撃する。

「すみませーん!よく聞こえなかったんですけど、えっ、牛乳ですかァァアア!?すみません!ここ無いんですよねェェエエ!!」
「いだだだだ」
「オイ、この女マジで手癖わりィから気をつけろ総一郎君」
「ふぅん。ま、気の強ェ女は嫌いじゃねェでさァ。調教し甲斐ってモンがありますからねィ」
「さっきから黙ってれば。何言ってんですか総一郎君」
「だから総悟って言ってるだろィ」

3人で啀み合いが始まろうとした時、私達の座るテーブル席に1人の男の人が。顔を上げると先程お妙ちゃんの隣にいた松平様。あれ?

「オウオウ、君が名前チャンかィ〜?パパとチョットお話しない?」
「ま、松平様!!?」
「チッ、移動しますよ。旦那ァ」
「今この子指名してんの俺だぜ?」

重々しく腰を上げて席を立つ沖田さんと、太々しくそこ場から動こうとしない坂田さん。松平様が掌を見せて、待てのポーズを取った。

「あぁ、良い良い。お妙ちゃんから聞いたよー?新入りなんだって?」
「あ、ハイ…」
「オジサンここの従業員の子とは必ず一回は飲む事にしてるからさ、今日は名前チャン!オジサンと一緒に飲もうかァ!」
「あの、私お酒あんまりなんですけど…」

酔っぱらって最悪な結果にならないように気を付けようとひっそり心に誓った。


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