豆腐で歯を痛めるような話の全てである。
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「名前さん…良いんですか?本当に…」
「うん」
ある日の朝、私とダブさんは2人で河原に立っていた。
旅立ちには文句ない雲ひとつない空だった。こちらの世界に来てからというもの、鉛色の空が多かったというのに一悶着ついた後は憎たらしいくらい清々しい天気が続いていた。
「あの…お別れの挨拶とか…」
「そんなの帰る決心鈍るだけだよ」
私はダブさんにそう言って苦笑いした。
数日前にダブさんを探し、元の世界に戻してもらうようにお願いをした。ちょっとだけこの世界に入り浸る時間が欲しくて、今日にした。
江戸崩壊事件があってから、色々私なりに考えた。前々から分かっていたことだが、やっぱり私はここに居てはいけないと身をもって痛感した。
もう私はなんの能力もない只の小娘だけれど、存在そのものが異端であるわけだから今後こういう事件が無いとも言い切れないわけで。
この世界の人たちには本来あった物語のように生きてもらうために自分にできることは、帰る事しかないと思ったのだ。
「ねぇダブさん。私が帰ったあとアレお願いしますね」
「…はい。この装置にあなたの霊力を少し入れさせてもらいました。あなたが帰ったあとに発動させれば、名前さんに関わった人たちの記憶が綺麗に消えるようになります」
ダブさんは手の中の装置を見せてくれた。テレポート能力があるだけに、いろんな場所を転々としてきているのだから、都合の良いように記憶の改ざんはお手の物ではないかと踏んで聞いてみたら、やっぱり良いものを持っていた。
「…くどいようですが…本当によろしくて…?」
「うん、みんなが忘れても、私は忘れないから」
匂いも感触も、全部忘れない。私は誰よりも一番の銀魂ファンだ。
「ーー私たちだって絶対忘れないヨ」
背後から聞こえた凛とした声に神経がそちらに集中した。
「…なん、で」
ゆっくり後ろを振り返る。そこにいた人たちの姿に自分の目を疑った。
「ダブさんが教えてくれました」
店長、土方さん、沖田くん、お妙ちゃん、新八くん、神楽ちゃん、それに銀さん。銀さんがゆっくりとこちらへ歩み寄る。その後ろで店長が腕を組んで少し短い溜息を吐いた。
「ひでェ話じゃねェか名前ちゃん。立つ鳥跡を濁さずってか?」
「てん、ちょう…」
「親は永遠に自分の子どもを忘れやしねェさ…。脳みその話じゃねェ、ココの話だ」
店長はそう言って自分の胸を叩いた。
銀さんは私の横を通り過ぎると、ダブさんの手の中にある装置を手に取った。
あれ、待てよ、なんか嫌な予感がする。
「ってなワケでこいつは却下だ。これ主人公命令な」
「…ちょっ…!!」
そう言って装置を宙に投げて木刀で叩き壊した。ていうか主人公命令なんて聞いたことない!!
「…だから、またいつでも帰ってこい」
「ぎん、さん」
銀さんは私に近付くと短くなった髪を耳にかけた。
「あ、あれ!お迎えじゃね!?」
「「「「えっ!?」」」」
「ーーー」
突然バッと東の空を指差した銀さんに皆がそちらに気をとられる。
お迎えって何!?どういうこと!?私もそちらを見上げようとしたら、頭を固定されて視界いっぱいに銀さんの顔。
くちびるには何度か味わったあの優しい感触。
「なっ、…もう視えませんけど…っ!」
思わず咄嗟に鼻をつまむ。鼻血防止だ。落ち着け。落ち着くんだ名前。
「そうか?俺にはみえるけどな」
「…?」
クスリと笑った銀さんはそれ以上何も言わなかった。…なんで、キスしたんですか…。
「…ありがとうございました」
「…あァ」
一通りみんな個々にお礼を伝えてから、私はみんなと向き合った。隣にはダブさん。
「では、いきますよ」
背中にトン、とダブさんの手が当たった。同時にぐるんと世界が回る感覚。何度目が分からないけど、これで最後か。
「「ぶべらっ!!?」」
白い何かに衝突して、私と目の前の白いのが同時に悲鳴をあげた。毎度のこと勢いがすごいな。これどうにかならないのか。ま、最後だから良いとしよう。
…ていうか待て待て!冷静に傍観してる場合か!?今多分ぶつかったの、人だよね!?やばい。早く起きねば!!
「す、すみませ…っ!……え??」
「…え?名前…ちゃん…?」
すぐさま起き上がると、鼻をかすめたのはあの人の匂いで。
真下を見下ろすとやっぱり……銀さんだった。
「「…アリ?」」
「…何してるアルか2人とも…」
「…あれ」
上を見上げると先程お別れの挨拶したはずの神楽ちゃんたち。
「…あり?」
現場にクエスチョンマークが飛び交う自体になった。てんやわんやで5分後にもう一度ダブさんにお願いしてみる。
「あの、最後の最後までバタバタしてすいません」
「名前さんすみません…!もう一度…!」
「「ぶべっ!?」」
「えっ」
今度こそ最後、とダブさんが触れる。視界が反転してからまた白いの……銀さんに盛大にぶつかった。
アルエェェエエ!?なんでェェエエエエ!?
銀さんの上から退くと私の身体をスプ子がすり抜けた。
『….…名前の中にこの白髪男の霊力が入り込んでいるみたいね。…転送時にあの男のところに飛んでいってしまうようになっちゃったのかしら』
「つまり…」
サァ、と血の気が引く。銀さんが立ち上がるのを手伝いながら、スプ子の言葉の続きを待つ。
『帰れなくなったわね、アンタ』
「「「「「エェェエエ!?」」」」」
早朝の河原でみんなの声が木霊した。
「銀ちゃんが名前に種付けたせいで名前帰れなくなったアル」
「ちょ、待て種付けとか言うな!語弊があんだろ!」
「あらあら銀さんったら。まさかそんな人だなんて思わなかったわ」
「スプ子さん…他に方法はないんですか?」
『名前の中にあるこの男の霊力がゼロになれば良いけど…名前が霊力不足起こす可能性あるわ…』
「やっちまいましたねェ旦那。訴えられないようにしないといけやせんぜ」
「裁判沙汰なら俺に任せろ。万事屋から上手く金巻き上げる算段つけてやる」
「あーあ、せっかくうちの可愛い娘がどこぞの白髪のぷー太郎に種付けされちまったよー。お珠ー、許してくれー」
「オィイイイイ!テメーら好き勝手言ってんじゃねーぞ!!」
「あ、あの!私のことなら気にしないで下さい…!」
なんだか銀さんがものすごく責められてる場面になっているのだが、そもそもな話霊力のガス欠起こした私が悪い。そんなに銀さんを責めないでェエエエ!!
冷ややかな眼差しを送りながら、やれやれと散り散りに帰り始めるみんなを銀さんがボリボリと頭をかいて見送っていた。
ダブさんが申し訳なさそうにして頭を垂れた。
「す、すみません名前さん…!もっと私が早く帰していれば…!」
「いえ、そんな気にしないでください!」
「ダブー!そんな所に居ると銀ちゃんに種付けされるヨー!」と遠くで神楽ちゃんがダブさんを呼んだ。ダブさんは血相を変えて神楽ちゃんたちの元へ走り出すのだが、その背中に向かって「誰が男の天人相手にするかバカヤロー!」と銀さんが叫んだ。
「……あー、なんつーかだ。俺も男だ。帰れなくなっちまった以上、責任は取らねーとな」
「…へ」
「ウチに来い。名前」
「…え」
「返事」
「…!…えと、あの、…ぅんっ」
迷惑じゃないだろうか、銀さんに負担かけすぎたのではないか、いろいろ不安になっていたら、突然の短いキスが降ってきた。
顔を離した銀さんは満足げにはにかんだ。
「りょーかい。うし、縁のおっさんトコに説明するついでに朝メシ食いに行くか……って、おま!鼻血ィイイ!」
「ぎ、銀さんそれはズルいですよ!か、かっこよすぎますって…!心臓が保たないんですけど…!!」
「そんなの知るかよ!ってお前いつもそれ思ってて鼻血出してたの!?」
「あぁぁバレた!!」
「あー動くな動くな!鼻血もっと出るぞ!」
河原で鼻血が落ち着くの待つことに。なんだ、この時間。謎すぎる。
2人でぼへーと水が流れる川を眺めていて、ふと頭に一個の疑問が浮かんだ。
「銀さん」
「ん?」
「あの時、銀さんには何がみえたんですか?」
「あん時っていつよ」
「あの…最初にお別れするってなって…、みんなの気を逸らした後…」
キス、したじゃないですか。
「あー、それ?アレだよ、アレ」
「アレ?」
「……縁だよ。俺とお前のな」
「…えん……」
「お前……マジで天然だろ」
「はい!?」
「だーかーらー!好きだっつってんのコノヤロー!」
「えっ、えっ…?エェェェエエエエ!?」
イマナンテイッタ?
顔に熱が集まったかと思えば血の気が引いたり。心臓って働きすぎて過労死しない!?大丈夫!?目の前がぐるぐる回ってるけど、トリップしてないよね!?大丈夫か私!?
「あのなァ、俺が霊どもを見たいだけでチューするような人間と思うか?お前がよく知ってるだろ?」
「…ぜ、全然…(寧ろおばけ苦手でしたよね。ハイこれは黙っておきます)」
「だろ?……あとまァ…なんだ。…お前の気持ち?も、なんとなく察してたしよ」
はっっっずかしいやつ!!めっちゃ恥ずかしいやつ!顔めちゃくちゃ熱いんですけどォオオ!!
自分の手でピタピタほっぺを叩きながら隣で照れ臭そうに頭をかく銀さんを見上げた。
「…えっと、つまり、銀さんには……その、赤い糸…的なものがみえた…とか」
「小っ恥ずかしいこと言うなコノヤロー」って叩かれるかと反射的に頭をガードするも、思ってた衝撃は来なかった。そろりと腕を退けて銀さんを見上げると、銀さんは優しく微笑んでいた。
「…さーな」
「なにそれズルいです」
さっと鼻をつまむ。せっかく鼻血落ち着いてきたのにそんなカッコイイお姿見せられたらまた出るわ。
「万事屋銀ちゃんは確かになんでも屋だが、生涯かけてまで女の面倒見んのは後にも先にもオメーだけのつもりだ」
「…え、」
「よろしくな名前」
朝日に照らされた私と銀さんの影が重なった。
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