これが私が体験した
◼︎
「ねぇスプ子」
まだ朝日が登る前のこと。
私は霊を可視できるカラクリを持ち出して、近くの河原に向かった。適当な場所に腰を降ろして、カラクリをそばに置き、スプ子の名前を呼んでみる。
『何よ。親父さんに黙ってこっそり霊玉持ち出しちゃって』
「ふーん、これ霊玉って言うんだ」
にゅるりと霊玉から姿を現したスプ子。前は何もしなくても視えたのになぁ。なんてぼんやり思う。
「最近スプ子とこうして話せてなかったしさ…。…みんな、元気?」
『元気も何も…いつものままよ』
「そっか」
私が視えなくなっても周りは変わらず時間は進み続ける。当たり前なんだけど、なんだかちょっとだけ置いていかれちゃったような、そんな寂しい感じがした。
『アンタ…』
「なんかあんだけ鬱陶しく視えてたのに、視えなくなったらそれはそれでなんか寂しいなーって。変なモンだよね」
『…』
「これがみんなにとって普通なんだろうけど」
ぼんやり川を眺めていたら、建物の合間からお日様が顔を覗かせてきた。太陽のあったかさと眩しさはどちらの世界も共通なようだ。
私は霊玉を持って立ち上がり、ある場所へ向かう。
「ねぇスプ子。わたし、こっちの世界にこれで良かった。スプ子と会えて良かったよ」
『……急に言われるなんて気持ち悪いわね』
「酷いなー本当のことなのに」
『何よらしくないこと言い出して…』
ある公園で立ち止まる。なんとなく、こういうところにいそうな気がして遊具の影を覗き込んでみる。
「ダブさん見っけ」
「わっ!…名前、さん…!」
ビクりと震えたその背中に私は微笑んだ。
「…つ、疲れた」
「お疲れさん」
それからというもの。昨日約束した時間に迎えにきてくれた銀さんと再び屯所へ。
何故か火サスに出そうな警察署の取調室で、全然怖くないけど刑事風に「吐くモン吐けやコルァ」なんて脅してくる沖田くんと、「まぁ食えや」とライスオンザマヨネーズを差し出してくる土方さんのダブルパンチをくらい、昼過ぎにようやく解放された。
あり、結局何聞かれたっけ私。
「ま、形だけだろどーせ。アイツらもそこまで真面目じゃねーよ」
「はぁ」
「じゃ、聴取も終わったことだしよ、ちょっと銀さんとデートしねェ?」
「え゛!?」
「はいはい、早く乗った乗ったー」
手早く銀さんにヘルメットを被せられて、銀さんは先にスクーターに跨った。…デート、か。
「うわー、江戸にこんなところあったんですね…!」
「銀さんおススメの超穴場よ。神楽もぱっつぁんも知らねェとこ」
「万事屋さんですもんね!いろいろ知ってて当然ですよね」
デート、と言われて到着したのはかぶき町から少し離れた山。山といっても道はある程度は舗装されていて、坂は緩やかなお陰でバイクで登ってこれるような山だった。頂上までは登らずに、途中の道にスクーターを置き、人が数回通ったような道を歩いて行くと、江戸を見渡せる場所にたどり着いた。
見渡す限り見える江戸の町はこちらの世界に来てから初めて見る景色だった。
「江戸の町こうやって見んの初めて?」
「はい!
…正確に言えば、こちらの世界に来てから、ですかね」
振り返って後ろを見遣れば、そこにいた銀さんは面食らったような顔でこちらを見ていた。私が結構あっさり言ったから、ちょっと驚いたかな。
辺りに風が吹き抜けて、木々が葉を揺らす音が聞こえた。短くなった私の髪が風に靡くので、手で押さえつける。
ショートヘア、意外と悪くないかもしれない。女子らしい仕草ができそうな気がする。
「坂田さんがデートに誘ってくれたのって、そういうことですよね」
「…まァ…それもあるな」
「黙ってたりしてすみませんでした。…私、違う世界から来た人間なんです」
「何も謝るこたァねェさ。それは…お前さんがたまに銀さんって呼ぶことと関係あるわけ?」
「!…そういえば、たまにポロって言ってたかもしれないですね」
私は苦笑しながらも銀さんの言葉に頷いた。
意外だった。そういうところちゃんと聞いていたとは。坂田さん、よりも銀さんの方が呼びやすいから、咄嗟の時は銀さんって呼んでたんだろなー。
「…その日はなんでもない日の金曜日だったんです。後輩の仕事の尻拭いをして、やってられなくて、コンビニでお酒買って飲みながら帰ってました」
「そしたら、突然車の前に押し出されて、気づいたらこちらの世界に来てました」
こちらの世界に来てから霊が視えるようになっていたこと、店長と出会ったことを伝えた。銀さんは特段驚きの表情を見せず、笑うこともせず、近くにあった腰掛けやすい岩に座ってただただずっと私の話に耳を傾けてくれた。
「…これ、ご本人に言って良いのか分からないんですけど…坂田さん…、いや、銀さん。この世界に住んでいるあなたがたは、私にとってはある人が作った物語の登場人物なんです」
「登場人物…?」
「この世界にジャンプがあるように、あちらの世界にもジャンプがあるんですけど、その中の1つに貴方方の物語があるんです」
「…マジで?てことは何?俺がうんこしてる時もあっちの読者には筒抜けってことなの?俺のうんこ全国レベルで知られてるの?」
「……そこは……………どうなんですかね」
「その間絶対知られてるじゃん。絶対全国レベルで知られてるよね」
うんこどころか立ちションにゲロボッシャーまでバリエーションに富んでいるんですけどね。
「ふーん…なんかつーか、実感ねェ話だけどよ…。その俺らの物語ってやつにゃ名前は出てくるのかよ?」
「まさか…!」
「だろ?だから、ひょっとしたらここは名前の知っているようで違ェ世界かもしれねぇよ」
「……知ってるようで…違う…」
江戸の町を見下ろす銀さんはいつもの死んだ魚のような目じゃなくて、大切なものを見守るような優しい目だった。
「手、かしてみ」
「?」
近づいてきた銀さんに大きな掌を差し出され、そのセリフに自然と自分の手をおずおずと持ち上げてみる。なんだ、これ、触っていいのか?どういうことだ?何プレイ?
混乱してたら銀さんが私の手を取った。掴まれてみて、想像以上にとっても大きくてあったかい手だったのに気づく。
「ほら、ちゃんとあったけーだろ?ここがお前さんにとって物語の世界だろうがなんだろうが、今ここで生きてることにゃ変わりねーんだ。俺もお前も」
思わず、ほろりと涙が溢れた。
微笑みながらそう語る銀さんの姿が美しくて。
「生きている」、その言葉がやけに胸に刺さった。そっか、私色々あったけど、生きてる。私だけじゃない、みんな生きてくれている。そう思ったら突然安堵感が込み上げてきた。
「…今まで頑張ってきたな、お前」
涙を零した私に、銀さんは少し笑いながらその大きくて優しい手で私の目元の涙を拭った。
「でもアレだろ、俺が万事屋やってんの知ってたらウチに来たら良かったじゃねェかよ」
「えっと…そこはあの…皆さんの存在が尊すぎて…」
「なんだそりゃ」
「い、今こうして話ししてるのだって…!未だに緊張するんですから!」
「ぶはっ」
突然吹き出して笑った銀さん。「はいはい、リラックスリラックスー」なんて間の抜けたセリフと一緒に白い着物にぐしぐしと目元を拭かれた。
「…色々話しすぎて混乱しちまいそうだが…。豆腐で歯を痛めるような話は現実に起こるモンなんだな」
「え?と、豆腐?」
「あー、ありえねぇようなことよ。豆腐で歯を痛めるなんてンなこと現実にあるわけねーだろ?」
「なるほど…!面白い言葉ですね」
「でもなんかアレだよなー」
「?」
「名前は俺らのことよく知ってるんだろ?」
「はい」
「俺らはオメーさんのことよく知らねーんだけど。…これ不平等じゃね?」
「えっ、私の事知っても何も面白くないですよ…あだ!?」
デコを手刀でべしりと叩かれた。前々から思ってたけど、銀さんのデコピンとか頭叩くの結構痛い。
「面白ェか面白くねェかはお前が判断することじゃねェの」
そう言った銀さんはスクーター野鍵を指でくるくる回しながら来た道を戻り始めた。
「てなわけで、主人公と一杯どうよ」
「主人公と飲めるなんて夢見たいです。喜んでご一緒させてもらいます」
私はその背を追いかけた。
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