目に見えぬ縁で繋がることになる。
◼︎
「いやぁ、まさか名前ちゃんと銀さんが知り合いだったとはね!」
ダハハっと豪快に笑うのが私がお世話になっている勤め先の店長だ。当時、此方の世界に飛ばされたばっかりで途方に暮れていた私に住む場所と仕事を与えてくれた命の恩人である。
身分を明かせるものも無く、(免許証は有ったが、無論この世界には免許証に書かれた場所など存在するはずもない)お金も無い私に手を忍べてくれた店長は、この蕎麦屋・縁(えにし)を営んでいる。
「知り合いっつっても、二度顔合わせしたくらいのレベルだな」
「あ、そうなのかィ。ほら、お待ちどうさん」
「おー」
縁の店内にて。カウンター席に腰掛ける銀さんは、カウンター越しに出された蕎麦に右手を伸ばし、左手は割り箸に伸ばした。器用に口を使って割り箸を割いて、熱いうちに蕎麦を啜り上げる。
銀さんが目の前でご飯食べてるよ…。この蕎麦が銀さんの細胞となって銀さんとなり、江戸を救うのか。そう考えると店長、アンタすげぇ蕎麦出したな…ちょっと感動したよ。
「つーか此処、昼間は蕎麦屋だったのか。夜しか来たことねェから知らなかったわ」
「あー、夕方の6時からは居酒屋に替えてんだわ。今時蕎麦一本じゃキツいもんがあるってんだ。まァー…時代は徐々に変わって来ちまってたまんねェな」
「ま、ラーメン屋でカレー始めるよか良い判断じゃねェの?大体軸がブレブレな店はすぐ潰れっからな」
そう。2人の会話の通り、この蕎麦屋の縁は15時までは蕎麦屋、夕方の18時からは居酒屋になるこの時代では珍しいツーウェイスタイル。
「で?名前チャンはいつから働いてんの?前来た時居なかった気がしたんだけど」
ギクリ、と体が強張って、小葱を切る手が止まった。オーウ、カウンターの向こうにいる銀さんの視線が痛いや。
「何々?銀さん名前ちゃんのこと気に入っちゃった?そうだよなァ、名前ちゃん可愛いもんなァ!安心してくれや銀さん。アンタにゃ勿体無くてやれねェってんだ」
「何処に安心しろってんだよ。くれねェのかよ」
店長が良い意味でおしゃべりクソ野郎で良かった。良いんだけど、頼むから余計なことだけは喋ってくれるなよ…!
さっきは名乗るのに渋ったりしたものだったから、なんだか今更ながら銀さんと喋りにくい。
「あ、しまった。マヨネーズ切らしまってたな」
「!じゃあ、私買い出しに行きます!」
「悪ィな名前ちゃん」
この場を切り抜けるのにちょうど良いと思って素早く買い出しに名乗り上げると、何故かタイミング良く銀さんが爪楊枝を咥えながら立ち上がった。
え。
「ごっそーさん。旨かった」
「おうよ。あ、そうだ銀さん。良かったら名前ちゃんの買い物付き合ってくんねェ?蕎麦代まけてやっから」
「マジか。お安い御用だな」
「(マジか!!)」
店長お願いよォォオオ!!お願いしたよね!?私、お願いしたよねェエエ!?
もう余計なこと言わないでくれェェエエ!!
――――
「なァ」
銀さんと仲良く…いや、仲良いってワケでもないんだけど、大江戸スーパーへ。あれ、なんかこれ夫婦っぽい?いやいやいや何言ってんだ私。本当おこがましい。
「なんでしょうか?」
「今も視えてるワケ?」
籠を持って隣を歩く銀さんに言われて、一瞬なんのことやらと思ったけど、銀さんの言う意味が分かった。
「…あー、一日中視えてますよ」
ははっと自然に乾いた笑い声が出た。こんな生活、一ヶ月も有れば不思議と慣れるモノである。人間の適応能力ってやつだろうか。
あ、マヨネーズ発見。銀さんの持つ籠に入れる。
「鬱陶しくねェ?」
「もう慣れましたから」
「フーン」
銀さんの興味、秒殺で消える!!ちょっと切ない!
「…まァー変わった能力あんのな。キスした相手が変なモン視えちまうなんざ」
「…みたいですね…。私も初めて知りましたけど」
「…え?初めて…?」
ピシリと固まる銀さん。
「?…万事屋さんに言われて初めて初めて知りましたけど」
「マジか!!ってことは何!?ヤベッ!俺名前ちゃんのハジメテ貰っちゃった感じ!?マジか!」
「あ、いや、その。ファーストキスは既にアレですよ、済んでますよ?」
「ンだよ紛らわしィな。え?なに?どういうこと?キスしたら視れるようになるっていつからなの」
わぁ…その質問の流れになっちゃう…?「トリップしたら視れるようになっちゃいましたテヘペロ☆」なんてことは口が裂けても言えねェ。
「…あー、実は半年くらい前に事故ったことがありまして。それから頭おかしくなったのか、視れるようになったんですよね」
「マジか。それで鼻血出易くなった感じ?」
「鼻血は放っといてもらえますかね」
そこ突くんじゃないよ銀さん。
いや、でも確かに言われてみればこっちの世界に来てから鼻血出やすくなったような気もしなくない…って何納得してるの私ィィイイ!?
「じゃあ、また視たくなったら名前ちゃんとキスすれば良いってワケかい」
「んなっ…!!かかかか揶揄うのは冗談およしです!!」
ニヤニヤしながら私の髪を一房摘んではクルクルと指に絡める銀さん。あばばばばばカッコいい鼻血出そう。
「…やっとらしく笑ったな」
「…え?今なんて……ッあだァ!?」
一瞬フッと笑った銀さんに見とれたらまさかの強烈なデコピンの一撃を食らった。予想外の衝撃に首が仰け反る。
「ンな間に受けんなっての。俺だってあんなん視るの御免被るわ」
「毎日視てる私によく言えますね…」
「俺だって毎日化け物みてェな連中と付き合ってるわ」
確かに…口には出さないが妙に納得してしまった。
それから私は銀さんに店前まで送ってもらった。銀さんは「またな」と行ってフラリとどこかへ行ってしまった。
…またな、ね。
「店長…」
「おうおけーり!マヨあった?」
「ふふ、もちろんありましたよ」
カウンターの向こうからひょっこり顔を出した店長ににっこり微笑みかける。次の瞬間にはマヨネーズをそのハゲ店長の顔面に向かって投げつけた。
「クソ店長ォォオオ!!マヨじゃないでしょーがァアア!アンタ何余計な事してくれるんですかァアア!約束忘れたんですかァア!?」
「まぁまぁ名前ちゃん、あんまりイライラすると、ねぇ?肌にわりィって」
「イライラさせてんのは誰ですかァア!?」
がははとまた豪快に笑う店長に私の怒りのバロメーターが跳ね上がった。漫画だったらこめかみに血管浮かんでるレベルね。
そう、店長は知っているのだ。
私は店長に自分の身に起きたことを全て話した。信じてもらえるかどうかなんてそんなのわかりもしないけれど、あの日途方に暮れていた私が見たこの蕎麦屋の「バイト募集」と達筆で書かれた文字。その文字から店長の人柄を感じて、私は腹を括って暖簾を揺らした。
「ーーこんなこと言っても…信じられないと思うんですけど…」
「ーー良いさ。好きなだけウチにいな!これも何かの縁ってヤツよ!」
そう言ってくれたのに。そう言ってくれてたのにィィイイ!!!
「銀さんとなるべく距離取らせてほしいって言ったのにィィイイ!!!」
「そうだっけ?あっはっは!まぁ、これも何かの縁ってヤツさ!」
「……はぁ…」
あまりにも素直な対応に私はすっかり毒気を抜かれてしまった。
縁…か。雑な表現な気もしなくないが、如何してかその台詞は荒んだ私の心にストンと落ちてきた。
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