たいとるの頭文字を縦読みで
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万事屋にけたたましく電話機が鳴り響く。
あークソ、今何時?…5時かよふざけんじゃねーよマジで。外まだ暗いしなんなのマジで。やだよー布団の外さみーし出たくねーよー。
「はーい万事屋グラさんヨー」
「…あ?」
意外な人物の声が聞こえて思わず布団から顔を出した。神楽?…珍しいな、ションベンでも行ってたのか?つーか勝手に万事屋グラさんにするなバカタレ。…あーもうなんでもいいや、あとは神楽に任せよう。もう一眠りすっかぁ、と冷え切った顔面を布団の中に潜り込ませた。
「…!」
「…!!」
襖の向こうで神楽が怒鳴り散らかしてる声が聞こえる。やめろ、ばーさんからクレーム来るぞ。
…ってまだ次郎長に斬られて入院中か。なら…
「銀ちゃん!!」
「ぐげふ!?」
スッパーンと襖を開けると同時に人様の鳩尾辺りに馬乗りにされて切ない声が出た。
「大変アル!」
「なんだようっせーな!こっちも大変なんだよもうあと3時間は眠らないと大変なことになっちゃうからお願いだから寝かせてくれェ!!」
「名前が行方不明らしいネ!」
「…あぁ!?」
「うごっ!?」
咄嗟に飛び起きると上に乗っていた神楽が転がった。
―――――
「どういうことだ!名前が行方不明!?」
「"オイ…そっちに名前は来てねェか…!?連絡つかねェんだ…!"ってトッシーが!」
「誰が寄せろっつったよ。なんからイラってするから普通にしろマジで」
まだ仄暗い早朝のかぶき町を神楽と駆け抜ける。
焼肉食った後吉原に行ったのは一昨日の夜のことだった。そんで泣き疲れたアイツと親父の形見を確かにアイツの仮住まいに送り届けハズだ…!
「名前!いるか!?」
昨日送り届けたアパートの一室を蹴破るが、部屋の中は閑散としていた。
――ここにはもう帰らない、そう直感が働いた。
「どこにもいないアル…っ!」
「…ちっ…、二手に分かれるぞ神楽」
「すぐ万事屋連れてくヨ!!あ、定春連れて来れば良かった…!」
「今からでも行ってこい!俺も探してっから」
「すぐ見つけるネ!」
アパート前で神楽と分かれ、公園、路地裏、朝方までやってる居酒屋も片っ端から探した。
そうしてる間に随分時間が経っちまったらしく、建物の隙間から差し込む日に目を細める。
クソ、もう朝日が昇る頃か…。
「…はぁ、…くそ……っ!名前…!」
思わず近くにあった自販機を殴った。落ち着け俺。アイツが…あのバカが行きそうなところは……
「――見っけ」
頭上でアイツの声が聞こえた気がして咄嗟に見上げる。朝日に照らされたその姿に不覚にも一瞬見惚れた。
そいつはその直後に俺の真横に突っ込んできて、隣にあった自販機が一瞬で潰れた。その風圧で自分の身体が吹っ飛ばされて転がり、思いっきりケツを強打した。
「……は?」
砂埃が立ち込める中、颯爽と立ち上がって姿を現した名前。刀を肩に乗せ、不意にこちらを見ると俺の姿に気づいたのか、目を丸くした。
「…あれ?何してんの坂田」
名前は腰のケースに入っている傘の生地に刀を納めると、ガチン、と音が響いた。刀と一体化して傘となったそれをケースから引き抜くと、朝日を遮るように傘をさす。真っ赤なその傘は、以前に見た親父の形見だろう。
「何ってお前……ウチに土方くんからオメーが行方不明だ…つって…電話が…」
「あ、そうなの?……ありゃ」
「お前なァ……、」
ポケットから取り出した元々携帯と思わしきブツはバキバキに砕けていて、とても携帯として再び使えそうにはねェのは見てわかった。
座り込んだままの状態で名前に向かって手を伸ばす。
「……名前、ちょっと来い」
「何」
「起こしなさい。誰かさんのせいで腰いてェ」
「…歳だね坂田くん」
ケラケラ笑いながら素直に近づいてくる名前の手を思いっきり掴んでこちらに引き寄せた。ガラン、と傘が音を立てて転がった気がしたが、構いやしねェ。
「んぶっ!!?…、図ったな!!」
「安心パック」
「…5秒で1000円ね」
「たけェよ!満足する分まで払えねェわ!!ていうかちょっと大人しくしてろバカタレ!」
「えぇー…」
観念して大人しくなる気になったのか、だらりとこちらに体重を預けてくる名前をもう一度しっかり抱き込む。
名前の額が俺の肩に乗っかってくるもんだから、自分が存外信頼されてるような、承認欲求が満たされるのを感じた。
「…名前ちゃんよォー、頼むからあんまっし俺の前からふらーって消えんのやめてくれる?マジで心臓に悪ィ」
「そんなつもりないけどねぇ…。何?私がいないと寿命縮む?」
「さーな、縮んじまったかもしれねーな」
「…アンタそんなに私のこと好きなの?」
「調子乗んなよテメー」
「いだだだだ!!痛い痛い!!」
手加減なしに腕の力を込めりゃ名前の悲鳴が上がった。少しずつ昇る日が、地べたに座り込む俺たちを照らし始める。
「ねぇ、傘さしたい」
「大人しくしてろ」
「フードくらい被りたい」
「んじゃあ、俺こっちな」
名前を抱き込んだまま身体を反転させて、自分の影に名前を入れてやった。そのついでに名前の肩に顎を乗せる。
……コイツって、こんな良い香りしてたっけか。
「なんか…情緒不安定だね坂田さん」
「誰かさんのせーでな。アパート行きゃあ部屋ん中はもぬけの殻だしよ」
「……アパート行ったんだ。…ごめんね、昨日いろいろ片付けてて…」
言いにくかったのか、名前の声のトーンが少し下がったような気がした。…まぁ当然の話だ。依頼は終わったんだし、えいりあんばすたーである名前がこれ以上ここに居座る理由はねェ。
「……もう行くのか」
「…うん。仕事だし」
「…もし、だぞ。もしも、
…どこにも行くなっつったらどーすんのお前」
「えっ…、」
「――あぁぁああ!!!なんでもねェ!!よし!行ってこい!働け!」
「痛い!」
俺のセリフに驚いた名前が身体を離した。その瞬間に見えた表情は、思っていたものそのもので。慌ててセリフを誤魔化して名前の背中をぶっ叩いて、体を離した。
「…!」
悪態を吐きながら立ち上がった名前の目にはうっすらと水気が帯びていたのを見逃さなかった。そしてその目を隠すかのようにしてすぐに転がっていた傘を手に取り顔を隠すかのようにして掲げる。一歩、また一歩とゆっくり歩き出す。
「坂田」
「ん?」
「…明日、さ……」
何を思ったのか、名前が急にこちらを振り返った。
「……引越しの荷解き手伝って」
「……………は?」
くぁ、と大きなあくびを一つ出した名前は、どっこいしょと言いながら地面から何かを持ち上げた。それは縄に縛られた小型のカメレオン風の天人。
「は?じゃないでしょ。お登勢さんから聞いてない?」
「…いやいやいやいや、え?なに?なんの話?」
「坂田んちの目の前の家に引っ越すって話」
「…………え?」
「お登勢さんが私にかぶき町で住んでほしいらしくて、坂田んちの目の前の家買ってくれたんよね」
「………」
「そこまでされたら…ねぇ?だから、お金はこっちで払い直して、その家に住むことにしたの。んで、昨日真選組が用意してくれた仮住まいのアパート引き払って、アンタんち目の前の家に引っ越したんだけど…知らないの?」
「はあァァア!!?」
「あ、知らなかったのね」
名前に持ち上げられた天人がビービーと泣き喚いて、名前が頭に手刀を入れると恐れをなしてから大人しくなった。
「ちなみに私のこと行方不明って言ってたけど、一時的に連絡が取れなくて行方不明とか大袈裟すぎ。仕事してたら連絡取れないのは当たり前でしょ」
「仕事って何」
「"カメレオン天人の捕縛"。こいつ強盗犯なんだよ。いろんなものに化けては盗みを繰り返してたんだってさ」
「…っ、じゃあなんださっきのあのしおらしい態度は!!!?」
「しおらしい?」
また名前がでけェ欠伸をして、そこでようやく気がついた。
違ェ、これ、絶対違ェパターンのやつだ。パターンBだ。マルチエンドなやつだ。
「眠そうに見えるの間違いじゃない?徹夜でコイツ探しててすんごい眠いし」
「なんなのお前!?色々返してくれる!?俺のアレコレ色々返して!!!」
「な、なに…!!?」
思わず名前に飛びついて両肩を掴み揺さぶった。反動でカメレオン風の天人が地面に落ちる。
最初こそ目を丸くしていた名前だったが、ある一つの考えに辿り着いたのか、途端に悪い表情に変わった。
「……ははーん、もしかして私が宇宙に行っちゃうとでも思ったのかな?そして寂しくなっちゃったのかな?坂田くんや」
「うるせェエエエ!!」
「おーよちよち坂田くんー!これからは江戸を本拠地としたえいりあんばすたーになるから、これからもずっと会えまちゅよー。…ぶふっ」
「だぁああ喧しい!!」
「なんだぁ、そんなに私のこと大好きかよー。バカだなーあははははー」
「そうだよ!悪ィかよ!」
「あはは、そうかそうかー………へ?」
――しめた。
名前のアホ顔が見る見るうちに赤く染まっていくのを見て、今度は俺の反撃の番とさせてもらうことにした。
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