ついの住処
◼︎
俺が自分がずっこけた辺りを振り返ると、そこに転がっていたのは、紅色の傘。
木箱に入っていたようでそれを俺が蹴飛ばして中身が出たらしい。高ェモンじゃありませんように、と内心念じていりゃぁ隣にいた名前がゆっくりと一歩ずつ足を進めた。
「…これ…は、」
「富嶽の、か?」
「…ううん…違う……これは…」
見覚えがあるのだろうか。傘についている傷の位置を確かめるように一通り眺めた名前が、ポツリと一言を口にした。
「父の傘、…かも」
「なに…?」
僅かに声を震わせながら、確かにそう言った。
「――そうだ。臨海さんの傘だ」
背後からの声に振り返れば、建物の戸に六嶽の姿があった。
「!…六嶽」
「最期の言葉だった…。"この傘を名前に託してやってくれ"と」
「!」
「…オメーはここに敢えて獄卒を配置して名前に臭わせ、自分が殺された後に名前にここへ来させるようにしたかったってわけか」
「…本当ならばな…」
「一体なぜ…?」
「臨海さんはいつも戦っておられた。愛する妻のために…地球人と天人がいつか互いに手を取り合う未来を作ろうと。
名前、お前は確かに地球人でもなく夜兎でもない。だが、どちらでもある。地球人と天人の共存を願っていた臨海さんにとって、お前の存在は確かにかけがえのない存在だった。
だから、お前に託そうとしたのだろう。臨海さんが自分で実現させようとした夢を、お前に」
富嶽…いや、六嶽は一通り話せば沈黙が走った。名前が傘を手に立ち上がる。
「…ははっ…、勝手に人に夢託してくたばるなよ…」
俯いていて表情は分からなかったが、声を震わせながら発した強気の発言に大体はおおよそ分かる。
かき抱きたくなる衝動を抑えて、代わりに名前の頭を少し雑に撫ぜてやった。
ここで抱きしめて慰められンのは違ェもんな。オメーのプライドが大江戸ターミナルよりずっとずっと高ェってェのはよく分かってんだよ俺ァ。
だが、
「ンな時にまで強情張る必要なんざねェよ名前」
そう言ってやれば胸にひっついてきたバカをしっかり抱きとめた。
―――――
「坂田」
坂田と出会ってから何度目かの夜。廃寺で一晩過ごすことにした。
見通しの良い場所に腰を下ろして、目の前にある焚き火の中から木がパチ、と小さな音を立てた。
その向こうでこちらに背を向けて横になる坂田の名を呼ぶ。
「ん?」
「気になってたことがある」
「なに」
「アンタたちは、私らが憎いんじゃないの?」
「……は?なんだって?もっかい言ってくれる?」
坂田は驚いて体を起こし、こちらを見た。とぼけてる様子もなく、本当に何を言っているのか分からない、と目が語っていた。
「連日の戦で気付いていると思うけど、私は地球人じゃない。治癒力が何よりの証拠…。お前たち攘夷志士は天人を排除するためにいる者じゃないの…?なぜ私を殺さない?」
「あー質問は1個ずつにしてくんない?どっから答えたらいいのかわかりゃしねェわ。……ま、確かにそういう面倒くせェ考え方するヤツもいんな」
「じゃあ、坂田は何のために、」
「一言に攘夷志士名乗ったって理由は一つじゃねェだろ?天人嫌いや幕府嫌い、自分の腕試しなんてアホもいんだ。…お前だって天人だとしても、攘夷志士狙いじゃねェよな?だったら俺ァとっくにお陀仏だもんな」
「…、」
言葉に詰まってしまった私に坂田は優しく笑った。また火がパキン、と音を立てる。坂田は今度はこちらを見ながらゴロンと地面に横たわった。
「地球人だろうが天人だろうが俺にゃあ関係ねェよ。名前は俺の命を救ってくれた。そんだけの話だ。恩人の横で刀をふるってなにがわりィわけ?」
「…坂田…」
「だぁあああもう!!ったく、なに小っ恥ずかしいこと言わせてくれんの!?あーやめやめ!もう寝る!おやすみ!」
わしゃわしゃと自前のフワフワな髪をかいたかと思えば、またさっきと同じように背けられた。
――つくづくおかしな男だ。
「…おやすみ」
水の入った竹筒を焚き火にかけたら、鎮火する音と同じくらいの小さな声で「おう」と返事があった。
―――――
「…すげー器用だなお前」
「くー」
ありとあらゆる疲労がどっと押し寄せてきたのだろう。
俺に縋るように身を寄せていた名前がゆっくりと全身の体の力を抜いて、そこでようやくコイツが眠っていることに気付いた。
背中に名前を乗せ、名前の親父の形見だという傘を名前のケツの下に回して、両腕に傘を通す。傘の上に名前を座らせるようなおぶり方をして立ち上がる。
「坂田銀時、と言ったか」
「おー」
「お前は、名前のなんなのだ?」
「は?」
突拍子も無い質問につい素っ頓狂な声が上がった。何言ってんだコイツ。敵キャラがそうじゃなかったってなったら今度は何キャラになんのコイツ。
「…名前は…随分お前に心を許しているように見える」
「ンなこたァねェよ。昔っから誰も頼りやしねェんだこのバカは。誰に似たわけ?親父さん?お袋さん?」
六嶽はそれ以上何も答えずに静かに笑うだけだった。…なんつーか、掴み所のねェ野郎だな…。
背中の名前が少し呻いて、そちらに一瞬意識が向いた。
「…名前のことは、後は頼んだ」
「は?」
名前から視線を外したら、もうそこにはアイツの姿はなかった。
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