るいを摩す

◼︎


「フーン、そんなもんか」

私の髪を荒々しく掴み上げた目の前の包帯ぐるぐる野郎は、青い瞳をまん丸くして私を見下ろした。生憎悪態を吐く体力も残されていないのが現実だ。髪を掴まれる痛みよりも身体の他の方が痛い。

「…か、はっ…」

壊れたおもちゃを見るような視線で私のことをジロジロ見た後、何を思ったのかあっさりと髪を手放した。
重力に従って地面に崩れ落ちた私の体。血が流れすぎたか、目の前にある神威のブーツがぼんやりと霞む。そんな中、靴のつま先が後ろの方を向いた。

「…飽きた。行こうか阿伏兎」
「……良いのか?留め刺さなくて?」
「殺す価値もないさあんなの」

視界がゆっくり真っ暗に染まった。


―――――


鉛色の空。鼻に付く鉄錆、土埃の臭い。どこへ越そうがこの空とこの臭いは延々と纏わり付き、子守唄とは言い難い遠くで聞こえる爆音を聞いて育った私は、母さんと小さな母屋で暮らしていた。
各地を転々と移住し、もう8回目となる此処は山の奥深い場所にあり、人の目につきにくい場所だった。

「名前」

家の戸が鈍い音を立てて開けば、そこにはいつも通りフラリと出かけてはズタボロになって帰ってきた父さんの姿。遊んでいたおもちゃを放り投げてその大きな体に飛びつけば血や鉄錆の臭いが鼻いっぱいに入り込んだ。
上からは大きな手で頭を撫でつけられて、父親の存在を強く感じた。

「おかえり父さん!」
「悪いな。また行ってくる」
「あなた…」
「すまない…今がヤマそうだ…。いつも心配と苦労ばかりさせてすまない」
「いえ…こうしてあなたが帰ってきてくれればそれで良いんですよ…」

不思議だった。父さんがいない間、不安そうな表情を常に浮かべる母さんは、父さんが帰ってきてもあまり変わらなかった。
子どもにはそれがまだ理解ができなかった。

「臨海さん」
「あぁ、悪いな。今行く」

開けっ放しの戸の向こうから若い男の声が聞こえ、父さんが振り返った。そこには父さんといつも一緒にいる人が立っていた。


―――――


「ーーいっ…ただ」

身体の痛みに目を覚ました。
先程と同じように地面に伏せたままで、身体を起こそうとすると身体のあちこちが悲鳴をあげたが、少しは回復してあるのか意外と体は動いた。そうだった、第七師団の…あの神威と一戦交えたんだった…よく生きてたな私……いや、

「…殺されなかった…?」

ぐっと両腕に力を込めて上体を起こし、近くの壁にもたれた。…情けでもかけられたか。そんな気配りを知らなさそうなヤツなのに。
今度ハゲに会ったら伝えておいてやるか。息子が情けを覚えたって。

傘を地面に突き立ててゆっくり立ち上がると、吉原内で爆音が響いた。視線を上げた先には吉原を牛耳る夜王鳳仙の城の頂上。硝煙が立ち込めているのは二箇所から。

「あー……すっごく嫌な予感がする」

頭によぎったのは神威とドンパチする直前に見た花魁姿の神楽と新八。子どもがいれば当然、あの保護者もいるだろう。

「――ほんっとに何してるの……あのクソ天パ…!!」

銀色の天パの悪態をつきながら城に向かうと、門前は爆破された跡。本来なら警備員がいそうな雰囲気のそこには女兵が何人かが転がっており、敷地内は激しい戦闘があったことを物語る数々のクナイや破壊跡が残されていた。

「…死んではいない、か」

近くにいたひとりの女兵士の息を確かめると、微かに息はあった。

「…ほう…まだ息があったか」
「富嶽」
「神威殿に聞いたよ。一戦交えたとな」
「…」

繋がってたのか。というかここにいるってことはコイツ、夜王鳳仙とも関係が…?とりあえず傘を手に取る。

「そんな状態で俺と戦うのか?死にたくなかったらやめておくことを進めよう」
「脅し文句にしては随分陳腐なものね」
「脅し文句に聞こえたか?」

沈黙が流れた後にどちらからともなく駆け出した。

「……今日は様子見のつもりだったけど、予定変更!!ここで片付ける!!」
「楽しみだな」

戦闘の合間に服の下にあるネックレスを取り出して力任せにチェーンを引きちぎった。筒状のペンダントトップを指で潰し、中から出てきた丸薬を飲み込む。

ドクリと心臓が一層脈打つと、興奮と眠気の相反するそれらが同時に体を駆け巡った。

――まだ行ける。まだ走れる。まだ戦える。

「貴様…」

攻撃力とスピードが上がった私に驚いたのだろう。少しは動揺の色を見せた富嶽。その背後に回り込み傘の先端をその背中に向かって突くも、僅かに体を捻って傘を脇の下に通した富嶽は肘を下げて私の顔面を打った。

「…んの…!」

その腕を掴みにかかり腕の関節を一捻りして一度距離を開けた。口の中にじわりと広がる鉄の味を吐き出す。

「…はぁ…!」
「苗字名前…!やはりあの場でさっさと始末しておくべきだったな」
「あははっ…今更気づいた?」

どういう仕組みであれ、ヤツは恐らく先程より印を結ぶことは容易ではないはずだ。片方の肩は外したし、もう片方は刀を手にしている。

こんな状態で富嶽を何体も出されてちゃたまったもんじゃない。刀を手放して結ぼうっていうなら速攻かけるまでだ。さぁ、どう出る富嶽。

「だが、惜しかった。やはり貴様は私には勝てない」
「は?」
「グルル…」
「!」

背後で聞こえた獣の唸り声。体が反応する方が遅かったか、強い衝撃で吹っ飛ばされた。

「全く…末恐ろしい女だ。保険をかけておいて正解だったな」
「お、まえ…!」

頭を強く打った衝撃から目の前がぐらりと揺らぐ。同時に強くなる眠気。

……だめだ、これに委ねたら…。

「こっちも楽しそうなことしているね」

図上から目の前に降り立った人影を見上げようとしたら意識が遠退いた。


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