ときを稼ぐ
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常夜の町、吉原の鉛色の空に日が差した。眩しさに目を顰める。
晴太っつースリ小僧と出会い、何のためにスリを繰り返すか問えば、遊郭の頂点に立つ花魁に会うためなんて言いやがった。
もちろん俺達ャ万事屋は金さえ貰えればなんでもやるわけで。晴太と高嶺の花の花魁様を逢瀬させようとすりゃぁ、まぁ恐ろしい事に吉原桃源郷の楼主、夜王の異名を持つ鳳仙と対峙する事になった。吉原自警団らと共に鳳仙を袋叩きの末、
「…バカな男…」
―――夜王は日に沈んだ。
「!」
誰もがその場から動けずに2人の姿を見ていたら不意に屋根の上に人影が飛び乗ってきた。手には傘を持っていて、それが少し持ち上がると顔が見えた。
「…お前…!」
憎たらしいくらいニッコリ笑みを浮かべてやがるそいつァ神楽の兄貴だった。さっきまで屋内にいたってェのに、どっか行ってたらしい。
目の前にいる日輪と鳳仙の姿を見て野郎は目を丸くした。
「あり?終わっちゃった?」
「遅かったかー残念」なんてケラケラ笑うヤツは、よく見れば意外にも少し傷だらけだった。鳳仙との戦いには一切関与していねェはずだが…、妙に気になった。
そのまま野郎を観察していれば、脇に抱えているモノに目が止まり血の気が引いた。見覚えのある背格好に黒橡色の髪。
そこから滴っているのは―――血。
「お前…!その抱えてるの…!」
「あぁ、コレ?拾い物」
「まさか…!」
ドクリと心臓が強く脈打った。
生きて、いるのか…?ピクリとも身動きしてねェけど…生きてるよな?何故お前がそんなところにいるんだ?さまざまな疑問が込み上げる。
「やだな、そんなに怒らないでよ。ちょっと手こずったけど、生きてるよ。一応」
「…っ、……そいつに何をした」
「お兄さん知り合いなんだ?まァなんでもいいけど、早く手当してやった方がいいよ」
「名前!!!」
ヤツに軽々と宙に放り投げられた名前を追いかけ抱き止める。すぐさま顔色を確認すると、名前は死人のように顔を白くしたまま目を瞑っていた。僅かに繰り返す呼吸は間違いなく生きている証拠。
…少し、安堵のため息が出た。
「……名前…」
「――まァ、そんな弱っちいのは放っておいてさ、この第二の夜王と開戦といこ…」
野郎のセリフが言い終わる前に何処からかの銃撃が襲いかかった。
「神威ィィィイイイ!!!お前の相手は私アルぅうう!」
「!」
「そのねじ曲がった根性私が叩き直して…!」
「ダメだって神楽ちゃん!その身体じゃムリだ!!」
横の壁面から飛び出してきたのは神楽とぱっつぁんだった。怪我しているが、あいつらも一応無事、か。
「こいつは驚いた。まだ生きてたんだ。そこの子兎より弱いかと思ってたけど…、少しは丈夫になったらしいね」
なんとも兄貴らしいセリフをつらつらと述べた後に、ヤツは踵を返した。
「出来の悪い妹だけどよろしく頼むよ。せいぜい強くしてやってよ。あと君ももっと修行しておいてよね」
「オイッ、お前…!」
野郎の目的が分からず、その背に向かって呼びかける。
「好物のオカズはとっておいて最後に食べるタイプなんだ。つまり気に入ったんだよ、君が。ちゃんとケガ直しておいてね。まァ色々あると思うけど死んじゃダメだよ。ーー俺に殺されるまで」
「…」
「あと、その女を死なせたくなかったらよく見ておくことをオススメするよ」
「…なんだと?」
「――じゃあねお侍さん」
屋根を飛び降りるヤツに神楽が真っ先に反応した。
「待て!神威!!神威ィィィ!!」
新八の抑えを振り切って屋根の下を覗き込んだ神楽。もう姿は見えなかったのだろう、悔しそうに傘の柄を握りしめた。
「おめーら。……けーるぞ」
「銀ちゃん…」
「銀さん」
俺は名前の身体を抱き起こして、歩き出した。「その女を死なせたくなかったらよく見ておくことをオススメするよ」だァ?
…ンなの出来てたら今頃苦労しちゃいねェよ。
心ん中でそう悪態を吐きながら、腕の中でぐったりと目を瞑る名前の顔をもう一度見た。
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