超能力学園_前編


 日が傾いてオレンジ色に染まる生徒会室に、最終下校時刻のチャイムが鳴り響く。

 労働時間35時間超えちゃったー…。

 徹夜明けの変なテンションも通り越して、何だか気持ち悪くなる時間も栄養ドリンクを流し込んで乗り越え、昼食だか夕食だかわからない食事を何とかチャージとかいう流動食で済ませ、俺、山下来人(ヤマシタ クルト)はボロボロの状態で生徒会の仕事を一人で全うしている。
 遅れていた本来の仕事、会計報告をやり終え、最終チェック後、俺は手で触れて書類を転送させた。手から消えた書類は、今頃提出用のレターケースに入っているだろう。
 そう、俺は空間移動の能力者だ。かといって、特別かというとそうでもない。
 この世界には超能力が存在する。火を扱う者や、電気を扱う者、水を扱う者まで多種多様に存在する。そして、この天王台学園は、そんな超能力者のエリートしか通えないお金持ち学校だ。学園の生徒は超能力でもエリート中のエリート。将来は超能力者の頂点に君臨し、彼らを引っ張っていく存在にならねばならない。が、そんな天王台学園の中でも更に頂点である生徒会が現在崩壊中。それは、二ヶ月前にやってきた他称王道転校生が学園の平和と秩序を壊滅させたからだ。
 王道転校生クンは、入学式一週間後という変な時期にひょっこり転校して来て、あれだけ周囲に云われたに関わらず生徒会に接触し、食堂で会長を殴り、親衛隊と揉めてくれた。加えて、今まで能力のコントロールという教育を受けていなかったせいか、今時小学生でもしない感情に任せての能力の暴走により、器物損壊のオンパレード。更に、俺以外の生徒会メンバーは彼のどこに惹かれたのか、揃いも揃って恋は盲目、ハリケーンモード。おかげで生徒会メンバーは、日夜転校生クンの争奪戦に繰り出し、生徒会の執務を放棄。俺は、能力と顔が良かったから悲しくも生徒会会計に任命されていたおかげで、彼らの尻拭いに現在も睡眠時間を削ってお仕事中。
 生徒会室から見える夕焼けに、涙が出そうだ。

 そもそも、生徒会の役員は自分たちが生徒から選ばれて役員になったことを自覚しているのか?

 俺はそこまで考えて遠い目をする。

「それがわかってたら、お仕事サボったりなんかしないよネ…」

 何度目かの溜息を吐く。

 恋だか愛だか知らないけどさ、ただそれを理由にサボっているだけじゃんか。

「恋、か…」

 机に肘をついて溜息を吐く。

「俺にもそんな時期があったなー…」

 再び遠い目になりながら、たった二ヶ月前のことを思い出す。ろくに睡眠時間も取れないくらいに忙しすぎて、恋だか何だかわからない時期があったことを忘れていた。
 だって、思い出す時間もないくらいに本当に、本当に忙しかったから。

「三神先輩、元気かなー…」

 そういえば、メール来てたのに返事返せてない。返さないとなーと思いつつ、俺は無意識に唇に触れた。
 俺はその頃、それが恋なのか、ただの尊敬なのかわからなかった。けれど、先輩が触れた唇と、あの優しい声が、今酷く恋しい。

「…やべ、泣きそー…」

 疲れが溜まって涙腺が弱くなっているのか、先輩を思い出して泣きそうになる。それを俺は、頭を振ることで抑え、端から見たら変な顔のままかかって来た電話に出た。




 あれから、俺は風紀委員からの呼び出しの電話にすぐにテレポートして、転校生の腰ぎんちゃくである不良系生徒と、会長が対峙している現場に駆けつけた。会長は能力である火焔をぶっ放し、不良クンは水流系で攻撃を仕掛けていた。俺は、逃げ遅れてしまった親衛隊や一般生徒を逃がすために集団テレポートに奔走した。

 会長がぶっ放した火焔から生徒を庇ったら後ろ髪が焦げました。あと、ちょっと俺の左腕が焼けました。

 その後は、電撃系の風紀委員長が駆けつけてくれてその場を収めてもらい。俺は会長と不良クンの戦いで三分の一程無くなった校舎を最短で復元させるため、業者を手配し、テレポートして材料や人材を転送させ確保した。不良クンからは軽く謝罪の言葉があったものの、会長からの謝罪は一切なく。寝不足でふらふらになりながらも、保健室で火傷や怪我した生徒に声をかけ謝罪をし、風紀委員会へ謝罪をし、会長や他の生徒会メンバーがボイコットした教員への説明を行い、生徒らへの説明と謝罪文を書き上げた。
 先ほど云った35時間から8時間程経過したと思う。その間に、睡眠はできなかった。やっと自室に戻ったのは、朝の二時過ぎ。たぶん、そのはず。記憶があやふやなのは、部屋に着いた瞬間に倒れたから。
 それから俺が意識を取り戻したのは、転校生からの電話だった。朝の五時に電話してくるなんて、非常識にも程がある。電話に出た俺はまだ寝ぼけていて、何て会話をしたのかわからない。ただ、覚えているのは、棒のアイスとカップのアイスのどちらがいいかということだった気がする。

「心底どうでもいい…」

 安眠を邪魔されて通常の俺ならキレるところだが、睡眠時間が足りていないのか、疲労回復できていないのか、恐らく両方だが、俺は無性に泣きたくなった。でも、昨日のごたごたで仕事が増えているし、俺はシャワーを浴びようと浴室へ向かった。
 寝そうになりながらも、シャワーを浴びた俺はテレポートで生徒会室へ移動しようとした。けれど、できなかった。
 超能力というのは、その人の体調に大きく影響する。恐らく俺がテレポートできない状態に陥ってしまったのは体調のせいだ。
 はぁと、溜息を吐く。超能力が使えなくなるほど疲労が溜まっているって…

「…仕方ない、歩いていくしかないか」

 本当なら休めばいいのだが、そうすると生徒会だけではなく他の委員会や部活まで迷惑がかかってしまうのだ。せめて、誰か一人でも生徒会メンバーが目を覚ましてくれればいいのに。
 そう思った俺は、更に溜息を吐いて自室の扉を開く。すると、ドアノブに可愛らしい紙袋が下がっていて、俺は徐にその中身を見た。そこには、栄養ドリンク、栄養剤、流動食系ゼリー、薬等が詰まっていた。更に、手紙がありそこには無理しないで下さい。お休みになって下さい。と書かれていた。
 泣きそうになった。いや、正直云うとちょっと泣いた。
 俺はべそをかきながら、その可愛らしい紙袋を手に生徒会室へと向かった。



 生徒会室へ来て早々、俺は紙袋からゼリーを朝食にせかせかと仕事を始める。会計報告は終わっていたが、昨日余計な時間を取られたせいで、まだ風紀委員会への報告書作成ができていなかったからだ。
 PC画面の字が霞む。紙袋に入っていた目薬をさしながら書類を仕上げていく。
 ようやく印刷までこぎつけ、ふうと溜息を吐くと急にバンッ!という音と共に生徒会室の扉が開かれた。

「あーーーー!来人、ここにいたのかよ!?」

 大声が頭に響く。

 あ、頭痛がしてきた…。

 突然の転校生クンの来訪に、反応が遅れと、転校生は煩くはしゃぎながら部屋のソファに腰掛けた。よく見れば、転校生だけじゃなく、生徒会メンバーもいる。本来なら何しに来たと睨みつけてやりたかったが、今の俺にはそんな元気は残されていない。
 ふうと溜息を吐きながら俺は転校生に構わず印刷物に手を伸ばす。

「おい!来人、聞いてるのか!?」

 ぎゃんぎゃん煩い転校生に、俺はその書類を持って席を立つ。すると、無視していたのがまずかったのか、短気な転校生は俺が今の今まで使っていたPCの画面と本体を宙に浮かべたかと思うと、それを壁に投げつけてきた。バキッ!という音と共に破片がこちらに飛んでくる。反射的に手で庇おうとするが、どうやら頬に破片が当たってしまったらしい。
 頬が熱い。もしかしたら切ってしまったのかもしれない。
 でも、俺はそれよりも今作成した書類のデータが失われてしまったことの方がショックだった。
 いや、でも印刷しておいた分がまだ手の中にある。俺はそれを風紀委員会に提出に行こうと未だ憤慨している転校生の横を通り、入り口付近にいた会長の横をすれ違おうとした。が、会長が放った小さな火が俺の持っていた書類に当たり、紙は赤く燃え灰になってしまった。
 手の中にあった感触がなくなり呆然とする俺に、会長は口元だけで笑う。

「悪ぃな。俺の火が当たっちまった」

 愉しげに笑う会長に、俺の心の何かがポキリと折れた気がした。
 俺が生徒会室にいて、持っている紙といったら生徒会の仕事に関係する書類だとわかっていたはずだ。それなのに、それを燃やすということは、生徒会の仕事なんてどうでもいいと思っているってことだ。会長のしたことに笑っている他のメンバーも、同じ考えってことだ。
 俺は何を頑張ってきたんだろう。
 頭痛が増して、ふらつく。俺は言葉を選ぶこともできない状態で、小さくポツリと呟いた。

「…もういい」

 お前ら、もういいよ。

 俺はそう漏らして生徒会室を後にした。




 疲労が溜まって、能力も使えないくらい体調が悪いのに、生徒会室から走ってきたせいで、俺は眩暈に襲われしゃがみこんだ。ぜぇはぁと、荒い息を繰り返す。深呼吸を繰り返し、幾分か楽になると、ゆっくりと立ち上がってみる。若干の立ちくらみがして、何もかも嫌になって、今日はこのまま保健室で休もうと決めると廊下の向こうから争うような声が聞こえた。
 嫌な予感がして角を曲がると、階段を挟んだ向こう側に親衛隊らしき子たちに囲まれた生徒が居た。どこかで見かけたことのある子だなと思うと、転校生クンが連れまわしていた平凡クンだったと思い出す。
 平凡クンは、転校生のとばっちりを受けているようで、平手打ちされてよろけた。俺はガンガンする頭を抑えつつ、声をかけようと口を開く。が、その前に平凡クンは親衛隊の隙を見て彼らの輪から逃げた。階段の方へ走る平凡クン。それを追いかける親衛隊。その時、親衛隊の子が平凡クンの背中を蹴った。平凡君は体勢を崩す。頭から落下する平凡クンに、俺は駆け出した。体のどこかに触れれば、一回くらいならテレポートできる。

間に合えッ!

 廊下を蹴って、俺は平凡クンの足首に触れると、能力を使った。疲れてて最短距離での移動しかできなかったけれど、平凡クンは無事廊下にいる。そして、俺はというと体勢を崩して階段から落ちた。足から落ちて、着地した時ぐきりと変な音がした。鈍い痛みが走る。尋常じゃない痛みに、俺は体調不良も重なって階段の踊り場で意識を失った。




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