超能力学園_後編


 三神暁と一緒に短期留学に来ていた陣内千尋は、同じく一緒に同行していた神宮寺隼人に引きつった笑みで話しかけた。

「はーくん。俺の気のせいかな?暁が真っ黒いオーラ的なものを背負っているように見えるんだけどー?」
「いや、千尋。俺にも見えるから大丈夫だ」

 二人は顔を青ざめながら三神を見る。否、二人には見守ることしかできなかった。なぜなら、暴走した三神は止められないし、何より、三神が尋常じゃないオーラを放っている理由を知っているからだ。
 実は先ほど、三神たちの元にとある連絡が入った。それは、三神の親衛隊からで「山下来人が生徒を庇い階段から落ちた後意識を失った」というものだった。そこから根掘り葉掘り問い詰めてみると、変な転校生に骨抜きにされた生徒会が仕事を放棄しているため来人が一人で仕事をし、連日の徹夜続きで過労で階段から落ちた云々関係なしに倒れたことが判明した。他にも色々あったが、掻い摘むとそんな感じだ。
 来人は、三神がとても大切に可愛がってきた後輩だ。そんな彼がこんな酷い目に合っていることを三神が知ってしまったのだ。
 短期留学は既に昨日終えている。詳しく云うと、現在空港で帰国まで秒読み段階だ。

「ねぇ、はーくん。帰国したらきっと初夏だけど、コート売ってるかな?」
「売ってないと逆に俺たちの命が危ないな」

 というか、常夏の島にいる今でも若干寒いんだが。
 まもなくして飛行機の搭乗が始まる。千尋と隼人は叶わないであろう平穏を願うのだった。
 


 三神が学園へやって来たのは、来人が倒れた翌朝だった。まだ早い時間に保健室を訪れた三神はベッドで静かに眠る来人を見て、本人よりも悲痛な顔をする。枕に散らばる所々焦げついた金髪の髪に触れ、そっと痩せた頬を撫で、貼ってあるガーゼの横に指を滑らせた。事の顛末は自分の信者から聞いていた。だが、心の中で荒れ狂う怒りは収まるどころか、更に勢いを増していく。
 あれだけ可愛がってきた相手を、自分が少し離れた間にこうまで傷つけられるとは。
 過労で倒れた来人は、まだ目覚める気配はない。早く目覚めることを望みながら、十分休んで欲しいという理性的な思いが矛盾する。どちらにしろ、早く元気になっていつもの緩い声で名を呼んでほしいと願う。
 三神は、来人の前髪を掻き上げてその額にキスを落とす。それからすぐにいつもの表情に戻ると、近くにいた千尋と隼人に問いかけた。

「現生徒会の奴らはどこにいる」
   


 
 天王台学園生徒会長である高城帝(タカシロ ミカド)は、その日も転入生である太陽の所へ向かっていた。天井の高いホールを抜ければ、一年生の校舎は目の前だ。足早に歩みを進めると、ホールに足を踏み入れた瞬間今までと異なる空気に違和感を覚えた。

 何だ?

 冷たく息苦しくなるような空気は、以前にも感じたことのあるそれで。
 高城は、止めてしまった足を再び動かしながら、感じたことのある空気に変な汗を吹き出す。危険信号が頭の中で鳴り響く。

 この空気は、ヤバい。まさか――。

 高城が頭の中にある記憶と今が交差する。その時、パキパキ…と音がしたかと思うと、ホールが徐々に凍りついていった。天井も、壁も、床も。咄嗟に能力を遣い炎を灯すと自分の周囲以外は全てが凍ってしまった。警戒する高城。すると、氷の世界となってしまったホールに、コツコツと歩く音が響き始めた。
 ホールの左側にある廊下。そこから聞えてくる足音。
 そして、現れた人物に高城は目を見開いた。

「三神、先輩…」

 高城の目に映る、最強の存在。柄にもなく嫌な汗が流れた。

 何でここにコイツが…?

 そう疑問に思うと、三神は笑うでもなくただ無表情で高城に視線を遣す。その凍てついた眼に背筋が凍る。何故三神がここまで怒りを露にしているのかわからなかった。
 困惑する高城に、三神はスッと目を細める。

「俺が怒っている理由がわからないか?」

 図星を指され、思い切り狼狽する。が、答えは見つからない。頭を必死に回転させる高城に、三神は冷たく言い放つ。

「山下が過労で倒れた」
「!」 

 三神の言葉に、目を見開く高城。

 知らなかった。だって、昨日のアイツは元気で…。元気、だったか?今思えば顔色が悪かった気がする。だけど、そんな倒れるまで何をしてたっていうんだ?

 考え込む高城に、三神は怒りをむき出しにする。

「俺はな、自分のお気に入りを傷つけられるのが一番嫌いなんだよ」

 そう言い放ったかと思うと、高城に鋭い冷気がぶつかり、氷の刃が頬を掠めていった。素早い攻撃に、動くことができず、高城はただ三神を見ることしかできない。そんな高城に三神は冷たく言い放つ。

「現生徒会を生徒会室に集めろ」

 有無を言わさずそう命じ、三神は踵を返した。途端に、氷がなくなり高城は、止まっていた呼吸を再開させる。
 顔を青ざめながら高城は、生徒会メンバーに連絡を取った。

 
 生徒会室へ召集された現生徒会メンバーは、各々顔を青ざめさせながら椅子に深く腰掛けている学園最強の能力の持ち主の前にいた。三神だけではなく、前生徒会役員の千尋と隼人も揃っており、後輩である役員たちは余計に恐怖を感じていた。千尋と隼人が初夏だというのにコートを着るというちぐはぐな格好であってもだ。
 役員たちは、召集されてからしばらく経つというのに、話を始めない三神に対し、更に恐怖を増していく。まだこの地獄のような時間が続くのかと思った時、ようやく三神の口が開いた。

「…お前ら、生徒会辞めろ」

 それは衝撃的な言葉だった。三神の思わぬ言葉に、役員は食って掛かる。

「何で私たちが生徒会を辞めなければならないんですか!」
「そうだよ!何で僕たちがッ!」

 会長以外のメンバーが講義すると、三神の目がスゥっと細められた。

「黙れ」

 凍てついた言葉に、文字通り生徒会室が一瞬にして凍りついた。「コートを着ておいて良かったね」と、千尋と隼人が空気の読めない会話をするが、生徒会室の気温は下がっていく一方だ。

「まさかここまで愚かだとはな」

 千尋と隼人の会話を無視し、蔑んだ視線を送られ、役員たちはビクリと震えた。

「ならば教えてくれ。ここ二ヶ月お前たちは何をしていた?生徒会の仕事を放棄し、役員の特権を乱用して転入生にうつつを抜かすことしかしていないだろう。違うか?」
「そ、れは…ですが、私たちが少し休んでいたあい」
「言葉で事実をごまかすのはやめろ、耳障りだ」
「ッ…私たちが仕事を放棄していた間っ、仕事に関する他部署への影響は出ていませんッ。それなのに、生徒会を辞めろというのは、言葉が過ぎますッ!」

 副会長の抗議に、他の役員は何度も頷いた。その様を見て三神は呆れるような溜息を吐いた。

「お前たちは本当に何もしないで仕事が進められていたとでも思っているのか。誰かがお前たちの分の仕事をやっていたとは思わないのか」

 そこまで云うと、今まで黙っていた会長が口を開いた。

「まさかッ…!」
「そうだ。お前たちの尻拭いを来人が一人でやっていたんだ」

 三神から知らされる真実に口を噤む役員たち。そこに三神は更に追い討ちをかけるようにばさりと紙の束を机に放った。

「それは役員たちへのリコールの署名だ」
「!?」
「見ている者はちゃんと見ている。転校生と遊んでばかりいるお前たちの堕落と、全てを背負って頑張っていた来人の功績をな」

 署名には生徒の半数以上の名前が記されていた。役員たちは唇を噛む。後悔しても全てが遅い。遅すぎたのだ。
 会長である高城は、真っ直ぐに前を見て三神に云う。

「責任を、取ります」

 一礼をしてそう云う会長に、他の役員たちは悔しげにだけれど心を決めたのか、頭を下げた。反省を示す役員たちに、三神はようやく怒りをおさめた表情を浮かべた。

「責任をどう取るのかはお前たちに任せる。その前に、来人に謝罪と礼をしておけ」

 三上の言葉に、すみませんでしたと返す役員たち。漸く目を覚ました役員たちに、三神らは生徒会室を後にした。




 来人はゆっくりと目を覚ました。何だかとても長い時間寝ていた気がする。
 寝惚け頭で起き上ると、すぐ傍から聞きたくて仕方がなかった声が聞こえた。

「来人、目が覚めたか」

 優しい声で名前を呼ばれ、前髪を梳くように撫でられる。

 せんぱい、だー。

 会いたくて会いたくて仕方がなかった三神の姿に、来人はほっと安堵した。

「三神、せんぱい…」

 ほにゃりと笑って気が抜けた口調でいつものように呼ぶと、三神は優しい目を更に優しくして微笑む。そして、前髪を何度も梳かれると優しい言葉が降りてきた。

「頑張ったな」

 優しい先輩の優しい言葉に、来人は一瞬何を云われたのかわからなかったけれど、すぐにポロリと涙が零れた。
 ずっとずっと、一人で頑張って辛くて辛くて泣きたかった。でも、泣いていても何もできないし、ずっと我慢していた。だから、先輩がいて安心して、優しくしてくれたから俺は涙が止まらなかった。

「…ッめ、なさっ、俺…止まらなっ…」

 ポロポロと涙を流す来人に、三神は指で拭いながら「もっと泣け」と囁いた。そんな様子に来人は、涙を更に溢れさせた。

「俺、せんぱ、に、会いた、て…でも、会えな、てッ…」

 嗚咽が混じって会いたかったという言葉がうまく伝えられない。それでも、来人の言葉を汲み取った三神は、ふっと口元に笑みを浮かべる。

「俺に会いたかったのか?」

 少し意地悪な問いかけだったが、心に余裕がない来人は「はひ…」と深く頷いた。思わず素直な返答を貰えて、三神は面食らったがすぐに笑みを深める。

「そうか」

 三神はそう云うと、すっと来人に顔を近づける。

「…なぁ、キスしようか」

 そう云われたかと思うと、三神に唇を奪われていた。ちゅっと唇が触れただけのキスに思考を停止させる来人。文字通り固まってしまった来人に対し、三神は距離を取らないまま呟く。

「もう一回」

 もう一回と云われ、再び唇を寄せられる。混乱して言葉にならない言葉を出そうとした来人は、口を開けた瞬間に三神の舌の侵入を許してしまった。

「ん…ふっ、んんッ…」

 先ほどの唇を軽く押し付けるだけのキスではなく、激しく貪るようなキスに来人は蕩けていく。
 来人も女の子と付き合って、キスやそれ以上もしたことはある。けれど、三神のキスは官能的過ぎた。

 頭、溶けそー…。

 中を蹂躙されて、呼吸が上手くできない。自分がキスもしたことのないような生娘のようになっているなんて、三神に翻弄されている来人は気づかなかった。
 何回か、何度か分からなくなるほど唇を堪能され、最後にちゅっと音を立てて開放されると、来人は顔を真っ赤になって口を手で押さえた。混乱して何で?何で?と頭の上に疑問符ばかり浮かぶ来人に、三神はただ笑う。

「俺も来人に会いたかったからだ」
「…そ、れは、キスした理由にならないじゃないですかー」

 真っ赤な顔で恨むような視線を向けた来人に、三神はただ笑ってはぐらかすのだった。

 

 保健室で三神と来人が進展しそうでしていない、けれどイチャついた春のような気候的雰囲気を出す中、保健室前の廊下ではコートを着た千尋と隼人が寒さに震えていた。
 あれから、生徒会室を出た三神は後輩らの反省の態度に一度は怒りを抑えたものの、やはりふつふつと思い起こされる感情に三神が歩みを進める度にその場が凍り付いていってしまった。そのため、生徒会室から来人のいる保健室までの廊下は溶けない氷の世界と化してまったのだ。
 そんな経緯があり、千尋と隼人は気を遣って保健室前にいるのだが、そこは果てしなく寒かった。

「こんなことなら、気なんて遣うんじゃなかったね、はーくん…」
「ああ、そうだな。千尋…」

 氷点下の中、二人は三神が早く保健室から出てくることを切に願ったのだった。



 来人が体調を取り戻した後、現生徒会は集会にて会長を筆頭に全校生徒に謝罪した。そして、次の任期まで責任を持って仕事をすることを約束し、自ら望んで補佐という地位に降格する形を取った。来人はこのことに関して連帯責任という言葉を持ち出し、同じく補佐に降格した。
 現生徒会が補佐に降格したため、前生徒会役員だった三神と千尋、隼人が指導監督の役に就いた。
 件の転校生はというと、器物破壊や一般生徒に対しての暴行により謹慎処分を受けることになったが性質上部屋で大人しくしていられるはずもなく。脱走を繰り返したため5回目の脱走時に三神が氷り付けにしてしまい、現在氷山ともいえる氷の中で全ての時が止められた状態で謹慎中だ。謹慎が解けても、その溶けない氷を溶かすかどうかは現在未定だ。
 そして――。前生徒会役員は、補佐に降格した現生徒会に指導する形で生徒会室にいた。
 「来人のテレポートに頼らず、他部署の信頼回復も兼ねて自分たちで書類提出してこい」という三神の言葉により、今現在生徒会室には三神と来人の二人だけとなっていた。
 三神は、あれからスキンシップが増えた気がするし、来人もそれが嫌ではないと感じていたし、自分の鼓動が早まることに不思議に思いながらも三神を受け入れていた。

「来人」

 優しく名前を呼ぶ三神。その柔らかな表情を見ただけで落ち着かない気持ちになる。顔が変に熱くなる。胸の鼓動が激しくなる気がする。
 三神の元まで行くと、そのまま手を引かれて引き寄せられる。若干心の中はパニックだ。腰を抱かれ距離がゼロになって、すぐ近くに三神の顔がある。来人は変に意識してしまって三神に寄りかからないようにと変な体勢になる。その様子に三神は笑う。

「膝に乗ってくれないのか?」

 真っ直ぐ見つめてくる三神に、来人はただ戸惑う。

「ひ、ざは、ちょっと…」
「じゃあ、ここに膝を置けばいい」

 ここと三神が指さしたのは、椅子の、三神の股の間のスペースだ。「え」と思う来人だったが、体を更に引っ張られて、三神の示した通り自分の膝を三神の椅子に置く羽目になり、より三神とくっ付く体制になってしまった。

「鼓動早いね」
「そ、れは…」

 顔を赤らめる来人に、三神は笑みを浮かべる。

「可愛いな」

 そう云うとちゅっと音を立ててキスをしてきた。

「…もう、三神先輩、皆来ちゃいます、から…」
「まだ帰ってこないよ」

 だから、もう少しこうしていようと云う三神に、来人は頬を染めながらこの体勢に甘んじた。



 生徒会室の前の廊下では、二人の雰囲気に中に入れずにいた。

「はーくん、何で二人はあれでまだ付き合ってないのかなー?」
「それは暁が外堀を埋めて身動きできなくなるまで待ってるからだと思うぞ」

 そうなんだーと興味なさげに答える千尋。部屋の中では相変わらずイチャイチャしている。その愉しげな二人の声を聞きながら、千尋は限界を感じて声を上げる。

「あーもう!早くくっついちゃえばいいのに!」

 千尋の声を受けて、隼人は「でも、くっついたらくっついたでもっと酷くなる気がするけどな」と返す。

 平和を取り戻した学園。付き合いたてのような片思い同士の二人が本当に付き合いだすのはもう少し先のお話。






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あとがき
短いアンチ王道転校生モノ脇役主人公(チャラ男)を書きたいと思って、
書いたのですが、予定していた内容より随分と違う方向にいってしまいました。
あれれ。
多々存在する脇役主人公的物語ですが、
私が連載しようとすると、確実に途中で筆が止まるので、
好きな物は短く終わらせようと思い、短編で完結させました。
が、この短さで二週間かかってしまった…
どうだったでしょうか。
こういうお話があってもいいんじゃない?くらいに思ってくださると、幸いです。
それでは。

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