Bad End.


 どうしてこの学園の人は、自分たちの組織なのにこうも無関心なんだろう。
 僕は生徒会補佐だ。立場は弱い。でも、補佐でも生徒会の内容に関わらないわけではないし、役員たちから押し付けられた仕事をこなしてたから、自然と全体的な仕事はできるようになっていた。
 でも、転校生がこの学園へやって来てから本格的に生徒会が仕事をやらなくなった。
 毎日、毎日。誰も居ない生徒会室で一人仕事をする。片付かず、増え続ける書類を処理して。でも、もう一人ではどうにもできなくて、生徒会役員に連絡を取って仕事をするように説得したけれど、すぐに電話も切られてしまった。ならば直接会いに行こうと出向いたけれど、相手にもされない。僕もしつこかったんだと思う。

「会長様、お願いですから、仕事して下さい!もう各部署に影響が出てきていますっ、お願いします!」

 頭を下げるのも毎度のこと。同じ事をお願いするのも毎度のこと。でも、今日こそはどうしても仕事をしてもらわなくちゃならない。だから、今日はいつもより粘って説得したんだ。

「会長様、お願…ッツ!」

 ガツッと、衝撃があった。弾けとんだ僕は、床にしりもちを着いた。頬が熱い。殴られた。
 僕がこの事実に呆然としていると、会長が煩わしいという顔をしたまま舌打ちした。

「…うぜぇ。消えろ」

 会長の言葉が胸に突き刺さる。僕は何も考えられなくなって、そして、何も云えないまま。ぽかんとした表情をした僕をおいて、会長は興味を失ったのか歩いて行ってしまった。
 冷たい廊下に残された僕。
 熱を持った頬に手をやると、口端を切っていることに気づいた。
 会長の仕打ちにショックを受けて、それからとてつもなく悲しくなった。
 頬の熱が目頭に伝染して、いつの間にか涙を零していた。
 生徒会役員らが放棄した仕事の処理のこと、役員たちに頭を下げて説得したこと。全てが、何のためにしてきたのか、わからなくなった。
 その時、ふいに声をかけられた。

「幾ちゃん、何してるのー?」
「幾?」

 幾、それは僕の名前だ。思わず振り返るとそこには二人の男がいた。
 一人は銀色の髪を立たせた男で、もう一人は青色の短髪の男だ。
 二人の顔を見て、僕は少しだけうろたえた。不安げに目を泳がせてしまう。
 二人は以前から僕に対して特別扱いだった。それも少し前までは更に酷くなって、ついには過激なことまで云われて、アピールされていた。
 僕はうまくそれをかわしつつ、それでも無下には出来ず、友人とは違う奇妙な関係を築いていた。
 そんな二人が、目の前にいる。正直、心も体もボロボロで、誰かに縋りたかった。

「ねぇ、幾ちゃん」
「助けて欲しいか?」

 僕は二人の甘い誘いに上手く頭が働かなくなった。それ程に混乱していたし、傷ついていて、疲れていた。

「俺たちなら、助けてあげられるよ」
「幾が、俺たちのものになるならな」

 僕はただ死んだような目で彼らを映すだけだった。目の前に立つ二人の、常とは違う瞳の色にすら気づかず。
 僕は座り込んだまま、二人のズボンの裾を無意識に掴んでいた。それを答えだと受け取った二人はお互いに笑うと、奪うように僕の手を引いて彼らの中へと閉じ込められる。

「可哀想に、痛かったね」

 銀色の髪をした男、月斗が僕の頬を撫でる。

「会長にはちゃんと仕返ししとくから」

 短い青色の髪をした男、夜貴が僕の唇の端をぺろりと舐めた。
 二人は僕を抱きしめると、満足そうな顔で、悪い顔で笑った。

「じゃあ、幾ちゃんの望みを叶えに行こうか」
「幾は俺たちのものだからな」

 二人が口端を吊り上げて笑う。月斗が僕の肩を抱く。夜貴が僕の腰を抱く。
 優しく、けれど絶対に逃れられない状態になってから、僕は漸く悟った。
 捕まったと。
 


****


 心身ともに脆弱していた幾はあの後すっかり眠ってしまったらしい。耳に入ってくる騒音に、やっと意識を戻す。
 初めに視界に入ったのは、どこか見覚えのある高い天井だった。
 自分は何か柔らかいものの上に寝かされており、身を起こすとそれが生徒会室にある無駄に高価なアンティークのソファだとわかった。
 周囲を見渡すとソファは一つだけではなく、生徒会室にあった応接セットを食堂にそのまま運んできたらしい。
 どうして食堂の真ん中にソファと、テーブルがあるんだと、疑問符を浮かべると一人用のソファに座っていた月斗がこちらを見ていた。

「おはよー、幾ちゃん」

 月斗は、ティーポットからカップへと紅茶を注ぐ。「どうぞー」と差し出された紅茶に喉の渇きを覚え、礼を云って受け取るとすぐに口を付けた。
 すっきりとした紅茶の味が広がり、周囲は騒がしいがほっこりと落ち着く。
 以前の、それこそ先ほどまでの自分だったら、今の状況に慌てふためいたと思う。けれど、傷ついて失望してからは、あまり関心を抱かない。むしろ、何に対しても無気力になった気がする。それでも、やっぱり目をやらなければならない気がして、ニコニコと楽しげな表情を浮かべる月斗に尋ねた。

「…この状況は?」

 紅茶をソーサーに置きながら云うと、月斗はのんびりした口調で「転校生が退学になって暴れているところだよー」と返してきた。
 転校生、退学というワードに、月斗を見る。詳細を求める視線に気づいた月斗が幾ちゃん可愛いーと声を上げたが、それに構わず視線を向け続ければ小さく笑って説明をしてくれた。
 月斗と夜貴の二人は生徒の総意をまとめ理事へと直訴し、生徒会役員及び転校生の解任と退学を要求。どんな手を使ったかは知らないが、無事に受理され本日を持って役員と転校生は退学処分となったらしい。
 それを知った転校生は自分の意思の主張ということで、食堂で暴れているらしい。その傍で役員らは揃いも揃って真っ青な顔をして電話対応に追われている。役員は解任と退学処分という重い処分を受けたのだ。それに、彼らも高校生。まだ保護者の下にいる身分だ。
 泣きそうな顔をする者、逆に怒り出す者、親に対する謝罪、言い訳も人それぞれ。
 苦しめられ、虐げられてきた幾は、彼らの戸惑う姿を見てふと笑う。疲れ果て失望した心の奥底が悦んでいる。楽しくなってきてクスクスと笑えば、目敏く気づいた転校生がこちらに向かってくる。近くの椅子を掴み持ち上げる様を黙って見ていると、月斗が幾の隣へと座った。危機が迫っているというのに、悠長にも自分にちょっかいを出してくる月斗に何か策があるのだろうと気づいて、それならばと再びカップに口を付ける。
 転校生がブチブチと怒りながらこちらに向かってくるのを静観していると、もう一人の味方がこちらへやってきた。

「幾」

 携帯でどこかへと連絡していたらしい夜貴がこちらへとやって来る。自分の左隣に座ると、顎を掬い取られ頬にキスをされた。目だけで驚いた表情を見せると、それを見ていたらしい転校生が更に憤慨したらしくドスドスとやって来る。転校生と自分たちの距離が縮まり、椅子を高々と持ち上げるのを視界に入れると、食堂の扉が開きバタバタと複数の男たちが入ってきた。武装した男たちと、スーツを着た男たち。
 武装した男たちは転校生へと向かって行き、黒のスーツを来た男たちは幾たちを背に囲うように立った。突然の乱入に、転校生は戸惑う。その間にも武装集団は転校生を簡単に取り囲む。気付いた時には幾たちはSPのような男たちに守られ、転校生は捕らえられてしまった。
 この状況に転校生は更に憤慨する。羽交い絞めにされてもなお、幾の元へと来ようとする。愛しの転校生を捕らえられてしまった会長は、電話よりも優先する事項だったらしく、転校生を救出しようと武装している男の一人に殴り掛かった。
 が、高校生がプロに敵うはずもなく。

「ぐはッ!」

 拳を簡単に避けられ、その隙に鳩尾に一発入れられてしまう。体勢を崩した会長は、そのまま武装した男に捕らえられる。それを見ていて声を上げた役員らも同じように捕らえられた。足掻くにも、どうにもできない状況。そんな彼らを見て、幾は目を細めるだけで笑った。
 幾が満足そうにしているのを見て、月斗と夜貴の二人は目を合わせた後幾の手を取った。

「もう用事は済んだでしょー?幾ちゃん」
「今度は俺たちの用事に付き合ってもうから」

 ぐっと強く手を引かれ、少し驚く。二人を見ると、瞳に少しばかり暴走し始めた狂気が映っている。
 幾はゾクリと恐怖を覚え、何も云えず二人に手を引かれるままその場を離れる。幾たちが移動を始めると、SPたちも同じように取り囲んだまま移動を始めた。
 幾たちが食堂を出ようとすると、それに気づいた転校生が声を上げる。

「放せッ!おいッ!どこに行くんだよ!俺はお前らに話が、おいッ!」

 煩わしい程の大声が、今の幾にではとても恋しく思える。急に現実に引き戻された気分だ。
 どこへ連れて行かれるのかはわからない。これから何を求められるのかもわからない。ただ、転校生の声だけが今までの生活を繋ぎとめてくれているかのようで。酷く、その声を聞いていたい気分だった。
 しかし、その時間は長くはなく。食堂を出て、扉が閉められ無残にも声は聞こえなくなった。
 幾は強く引かれた両手に、これからどうなるんだろうと不安のまま歩き出した。


*


 連れてこられた場所は、全く見たことがない部屋だった。広い部屋にキングサイズの天蓋付きベッドが置いてある。
 ここまで来るのに、食堂を出て暫くしてから目隠しをされていたので、ここが学園の内部だということしかわからない。
 二人は何がしたいのだろうと疑問に思うと、幾は二人に背中を押されベッドへと倒れこんだ。
 急に何をするのかと向き直れば、月斗と夜貴の二人が狂気に満ち溢れた瞳で覆いかぶさってくる。

「な、に…んッ!」

 抵抗する言葉も唇を奪われ飲み込まれてしまう。夜貴に口の中を蹂躙されると、月斗がカチャカチャとベルトを外してくる。必死に夜貴の舌から逃れると、何をするんだと二人を見る。けれど、幾の様子に二人は口端を持ち上げるだけ。

「俺たちは幾ちゃんの望みを叶えた」
「じゃあ、今度は幾が俺たちの望みを叶える番だよな?」

 笑った顔をしながらも、二人の瞳は笑っていない。
 今の状況となって、僕は気づいた。否、彼らの狂気には以前から気づいていた。それを回避できるだけの選択を間違ったのだ。
 幾は選択肢の間違いに気づいて呆然とする。抵抗するだけの気力があるかといえば、ない。
 もう既にそれらは会長たちによってへし折られていたのだ。だからこそ、目の前の二人の交換条件に頷いてしまった。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 ふと浮かんだ言葉。けれど、傷ついてボロボロだったあの時、二人以外の選択肢があっただろうか。
 ――ない。
 じゃあ、これは決まっていた終焉なのかもしれない。
 幾は抵抗して掴んでいた二人の服を放した。重力に任せてシーツに体重を預ける。
 これが僕の選択だったのなら、受け入れるしかない。
 幾が諦めて大人しくなったのを見て、月斗はにっこりと笑って額にキスをした。

「わかってくれて嬉しいよー幾ちゃん」

 月斗が嬉しそうに首筋に顔を埋める。濡れた音と感覚に舌を這わされているとわかる。
 夜貴は反対側から手を伸ばして俺の頬を撫で上げ、唇にそれを重ねてきた。
 二人の手によって、蹂躙される。

「は、ぁ…はぁ…」

 呼吸が自然と荒くなる幾を見て、二人は狂気に満ちた笑みを浮かべる。

「これからはずっと一緒だよー幾ちゃん」
「ずっと俺たちのものだぜ、幾」

 ちゅ、ちゅっと両頬にキスされる。それを無気力に受け止めると、満足げに笑った月斗が下半身へと手を伸ばしてくる。

「んッ…!」

 思わず反応すると、舌なめずりした夜貴に再び唇を奪われた。徐々に快感を与えられて、煽られる。不思議なことに、快楽を与えられれば思考は鈍っていく。

「逃げたら、縛って繋ぐからねー幾ちゃん」
「首輪も手枷も用意してあるからな」

 どこまでも逃がす気のない二人の言葉にもう快楽に身を任せてしまおうと思考を停止させる。

「捕まえちゃったからねー幾ちゃん」
「もう逃げられないぜ、幾」

 月斗と夜貴に体を弄ばれながら、捕まってしまったことすら考えないようにする。

「ん、ぁ…」

 もう気持ちの良いことだけ、考えよう。もう僕は二人のものになってしまったのだから。
 体の熱に浮かされながら、幾は知らず涙を一筋零した。

 
 
Bad End.

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