風紀委員長×生徒会長
「爆睡した……!」
飛び上がって突っ伏していた上体を起こした。
慌てて生徒会室の時計を見れば、夜の九時を過ぎた頃だ。
ドッドッドと派手に鳴る心臓を抑える。
雪花学園の生徒会長である広橋 白矢(ひろはししろや)は、目の前の書類をかき集めた。焦って書類を処理したが、思ったより量は少ない。
白矢は、出来上がった書類を前に考え込んだ。書類の量が予想より遙かに少ない。通常ならこの時期に生徒会に上がってくる物はもっと多い。それがない。
「設備関係、美化関係、あとは警備関係……」
思わず顔を歪ませてしまった。
雪花学園は名家の御曹司や大企業の令息が多く通う学校である。幼稚舎から大学までエスカレーター式の学園であり、キャリア教育が盛んで、多くの著名人を排出している。
その学園の生徒のトップに位置するのが、生徒会である。学歴よりもカリスマ性を重視された生徒会は、生徒の人気投票によりメンバーが決定される。その人気投票で見事一位を勝ち取った白矢。180センチを越える身長に、頭脳明晰、眉目秀麗。中性的というより男寄りの顔は男女問わず魅了した。
生徒会長に選ばれたおかげで彼の人生は順風満帆だった。
しかし、何もかも上手くいっていた白矢だったが、現在彼が率いる生徒会は壊滅状態にある。それは一人の転校生によってもたらされた。生徒会メンバーが次々に陥落し、執務を放棄するようになった。いつか目が覚めるだろうと待っていた時期もあったが、その頃はとうの昔に過ぎた。今は、己の親衛隊を中心に秘密裏に新体制が稼働しつつある。
過労で倒れることもなくなった。一時期本当に厳しい時もあった。
改めて書類を見る。
本当なら今の時期は捌けない程の書類があるはずだ。しかし、今現在それがない。
白矢は頭をかき混ぜる。
誰かの手が加わっていることがその頃からわかっていた。大きな溜息を吐くが、白矢の表情は穏やかだ。
生徒会室の施錠をし、鍵を手の中で遊んだ。髪を横へと撫でつけて少しの気合を入れて白矢は廊下を歩いた。
目指したのは、風紀委員執務室。
10時も過ぎ、学内も消灯され暗い廊下を非常灯を頼りに歩けば、少しだけ開かれた扉から光が漏れ出ていた。
風紀委員執務室の表示を見て白矢はゆっくりとその扉を開いた。
中を覗けば、体格のいい男が眉間に皺を寄せながら書類を処理している。
白矢は堂々と侵入し、男の前まで行くと、書類を取り上げた。
「ッ……広橋!?」
ぱっとその書類に目を通せば、白矢の推測は確信へと変わった。
「何でお前がこの書類やってんの?」
「俺の勝手だろう、返せ」
男――風紀委員長の野宮 十夜(のみやじゅうや)は、手を差し出して奪った書類を寄越すように要求してきた。
十夜は、数日寝ていないのか、疲れを滲ませながらも普段の怜悧な顔をしている。
お前がここまでなる必要ねぇのに。
生徒会へ回るはずの書類が減ったということは、どこか、誰かがその書類を処理しているということになる。それを、処理していたのが、この目の前の男だ。
新体制も整いつつあるし、助かった部分もあった。否、恐らくこいつがいなかったら、新体制を考えることもできなかったかもしれない。
取り繕いながらも、疲れた顔をする十夜に白矢は口を開いた。
「もう、やらなくていい」
労いの意味と、疲労する姿をもう見たくなくて思わずそれだけが零れた。もちろん、この後に説明をするつもりだった。
「……どういうことだ」
低い声。眉間に皺を寄せてキレている。おっかねぇなと、他人事のように思っていると、胸ぐらを掴まれた。
「まさか、生徒会を辞めるとか言わないだろうな!?」
「は?」
強く掴まれて、首が絞まる。
「今辞めれば、根も葉もない噂を肯定することになるんだぞ!」
わかっているのか! という、怒号にガチギレかよと冷静に思う。
確かに、転校生が来てから悪い噂が広まり、俺の評判は落ちたが、それ以上に落ちぶれてしまった他のメンバーや転校生の評判の悪さに陰に隠れてしまっているのが現状だ。
こいつがここまでキレているのは久しぶりだ。前に十夜がブチギレたのは、確か、俺が高校一年生の時だ。
高等部に入学してすぐ、まだ体格ができていなかった白矢はカリスマ性の頭角を現し始めたことと、まだ中性的だった容姿から暴行されそうになった。いい意味でも、悪い意味でも目立っていたからだ。相手は複数だったため抵抗できず乱暴されそうになっていた時に、たまたま居合わせた十夜に助けてもらった。その時もこうして暴行しようとした相手にも、白矢にもキレていた。
白矢は目の前でキレる十夜の誤解を解こうと開口する。
「誰も辞めるなんざ言ってねぇだろ。親衛隊の奴と」
「お前、親衛隊の奴と付き合ってるのか?」
「は?」
「……もう辞めだ」
「聞けよ」
「……もう辞めた。お前を守ることも。俺のものにする。無理矢理にでも」
「だから、話を……ん!?」
白矢の言葉を遮り、十夜が乱暴に口付けてきた。順序を守れよと思いながらも、強引なキスは嫌いじゃない。舌が侵入してきて、こちらも積極的に答えてやる。
「んっ……ふ……」
キスに答えた白矢に驚いて、十夜が唇を放す。
冷静になった様子に、白矢が笑う。
「お前、俺のこと好き過ぎだろ」
クククッと笑えば、十夜が展開について行けず、唖然とした顔をする。
俺もなんだかんだ云って、疲れているのかもしれない。頭は回っているのに、ふわふわする。目の前の奴が可愛く見えて仕方ない。唖然とした間抜け面すら可愛いのだ。
「俺を抱くか? それとも、お前が抱かれるか?」
「俺が抱く! ……いや、待て、どういうことだ」
問いかけに即答して、腰を掴んできておきながら、現状の説明を求めてくる。
器用な奴だな。
「いいぜ、抱けよ。俺のこと」
「何を……」
まだ理解が追いつかない十夜の額にキスを落とす。十夜の切れ長の瞳が大きく見開かれた。
「俺がお前がやってくれたこと、何も知らないわけねぇだろ」
楽しげに笑うと、十夜がやっと自分の置かれた状況を理解して、珍しく顔を赤らめた。
「健気な奴って、好きだぜ?」
そう言ってしまえば、自分が隠してきた思いや言動がバレたことを悟った十夜は深い溜息を吐いた。
「……気づいていたのか」
「今なら、お前の愛の告白受け付けてやるよ」
「その口閉じれないのか。腹立つ」
頭を乱暴にかき混ぜて、舌打ちをして、恨めしそうに睨み付けてくる。
「お前の口で塞いだら?」
「……お望み通り、塞いでやる」
噛み付くように唇を奪いに来た十夜。
ずっと張り合ってきて、白矢の隣には十夜がいて、十夜の隣には、白矢がいた。それは揺るがないものだと、お互い信じ切っていた。互いに高め合いながら成長して行くものだと。しかし、それは破られた。白矢が襲われ、立場が揺らぎそうになった。それを、十夜は良しとしなかった。白矢の立場も肉体も守るために、風紀委員となったのだ。張り合い、高め合うことより、白矢を守ることを優先したのだ。
白矢は十夜のキスに答える。
こんなに自分のことを思ってくれる相手を好きにならないはずがない。好きになるだろ、こんなの。
「んっ……ちゅっ……はぁ……」
お互い寝不足や酸欠で回らない頭のまま、相手を見つめる。潤んだ瞳は、互いの興奮材料となり、相手を欲した。
腰が怠くなってきたのを自覚した白矢が身体を引くと、抱き寄せられる。
「……当たってる」
「……仮眠室行くぞ」
了承の意味で、白矢は十夜の腰を抱いた。お互いの腰を抱きながら、仮眠室の扉を開く。
「……なぁ、お前いつから俺のこと好きだったんだよ」
「うるさいぞ」
「中学?」
「さぁな」
「小学生? って、あり得ねぇか」
軽く否定すると、それが癪に障ったのか十夜は乱暴にベッドに押し倒してきた。すぐに馬乗りになられて、白矢は少しだけ焦りを見せる。そんな白矢に、十夜は耳元で囁いた。
白矢の瞳が大きく開かれると、十夜はざまぁみろと笑って、その唇に噛み付いた。
***
暫くして、生徒会のメンバーが替わった。リコールとなる前に会長である白矢が内部摘発をして、前生徒会メンバーを追い出したのだ。会長の白矢の背後には、天敵の風紀委員長がおり、転校生もぐうの音も出ず大人しくなった。
今も白矢のキャリアは揺るがない。しかし、その裏にはあのとき、十夜にベッドで散々親衛隊とのことや新体制のことを聞かれ、更にはとんでもない口説き文句をしつこいくらいにされたということがあったのだが、それは公にされることはなかった。
おわり
- 10 -
*前次#
ページ:
ALICE+