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 ――ミルフィ共和国領土内本拠地。
 ミルフィ共和国と神聖ルチルとの戦況は、悪くなっていた。
 エマの考えた奇抜な作戦は神聖ルチルに、打撃を与えたが、ハルが戦線離脱をし、戦力が落ちた頃からこちらの攻撃が効かなくなってきた。
 神聖ルチルが少しずつ新兵器を導入してきたからのようだ。
 エマは、「まずいですねぇ」と兵力の減少を見て呟いた。
 己の私兵は、索敵、暗殺、接近戦に特化した部隊だ。攻撃が効かなくなってから、すぐに武器を切り替えたが、一回の攻撃が弱い。更に、現在一番の戦力であるヒサメに疲労の色が見え始めた。それは、兵士全員にもだ。
 エマは、神聖ルチルの兵の領土内侵入の報告を聞き、いよいよヤバいなと思いつつ、兵に一時撤退と仕掛けの発動を命令する。
 己の前から走り去る兵士の背中を見ながら、腕組みした。
 戦力がごっそり減ったことも痛手だったが、それより、兵士たちのサポート役がいなくなったことがこんなに影響を及ぼすとは思わなかった。
 スズや他の非戦闘員が食事の配給を続けていたが、限られた食材で料理をするには、知識が足りない。なんとか、おにぎりだけは継続させているが、日に日に兵士らの癒やしがなくなり、体力も低下してきた。
 商人であるポッチャが急ぎで食材を届けてくれたが、馴染みのない食材故、手が出せず、煮る、焼く、塩をかけるが精一杯で、野菜類は新鮮だと思うものだけ生のまま配給した。
 食は大事である。エマは、今回ほどそれを痛感したことはない。
 一時撤退の指示から、本拠地が騒がしくなり始めた。前線の兵が帰還したようだ。
 エマの横を、スズが駆け抜けていく。
「兄様ッ!」
 ヒサメが、両脇に怪我をした兵士を抱えて帰ってきた。すぐに、救護班が負傷した兵士を受け取ると、ヒサメが疲労のために片膝をついた。そのヒサメをスズが支える。
「兄様、怪我は!?」
「怪我はしていませんよ……」
 美しい銀色の長い髪が汚れ、所々短くなっている。スズは、そんなヒサメの姿に泣きそうになると、「なんて顔をしているのです」と、目の前の美丈夫が優しげに笑う。
「ニー族は、滅多に涙は見せないものですよ」
 ここぞという時に使ってこそ、ニー族です。
 いつもの兄らしさに、スズは震える唇で笑ってみせる。そんなスズの頭を撫でると、周囲が騒がしくなった。
 エマが本部のテントから出る。空から、神聖ルチルの攻撃が始まった。まだ、仕掛けは発動できていない。
 光の杭が、弱ってきた国の結界にぶつかる。衝撃で地面が揺れた。結界が光の杭の侵入を防ぐものの、弱まっていた箇所が破れた。光の杭が迫ってくる。それは、本部の真上だった。
「仕掛けはまだか!」
 エマが声を張り上げるが、間に合わない。このままでは、戦力を一気に失うことになる。
 嫌な汗が流れた。
 ヒサメがスズを庇い、奥歯を強く噛みしめ、手を突き出す。
 その時、巨大な力が光の杭ごと消し去った。
 一陣の風が吹き、先ほどまでいなかった空に、見知った人物たちを視界に収め、エマは知らず強く拳を握りしめた。
 ハルは、夢人を横抱きにして、ミルフィ共和国の地面に着地した。そのまま、身体を巡らせると、翠緑の瞳が輝き、手から緑色の光が放たれた。その光は、空全体を覆う。
 ルチルからの攻撃は続いているが、衝撃がない。国に強力な結界が張られて、皆がほっと安堵した。
 ハルと夢人の登場に、ヒサメがスズを腕の中に抱いたまま「遅いんですよ」と、文句を垂れる。
 それでも、その表情はどこか優しい。
「悪いな」
 夢人はそう謝ると、ヒサメはふんと顔を逸らした。その変わらぬ様子に苦笑すると、領内でドンッ! という音が響いた。思わずハルが警戒すると、エマが近くまでやって来る。
「仕掛けが発動したんですよ。それより、どこ行ってたんですかっ! こっちは危なかったんですからねっ!」
 涙ぐみながら、いつもの子どものエマが二人に抱きつく。馬車馬のように働いて貰いますから! と、涙を拭いながら怒っている。そこに、自国の兵士が「援軍が来ました!」と、知らせてくる。
 エマの国の援軍がやっと到着したらしい。その知らせを聞くと、エマは作戦を思いついたのか、招集をかけた。
 夢人は、その招集を断る。
「やることがある」
 後方支援だが、自分にしかできないことがある。それはハルも理解してくれて、「本当は離れたくない。もっと安全な場所にいて欲しい」と抱きしめられたが、すぐに放してくれた。
 エマも「頼むですよー」と、察してくれた。
 ハルとは違う報告へ歩き出す。そして、俺の戦場へと向かった。
 辿り着いたのは、少し前までいた炊き出しスペースだ。自分がいた時より、食材が増えて、豊富だ。ポッチャが届けてくれたのだろうと、すぐわかった。
 俺は、色々見て回り、氷の魔法で包まれたいたそれを見つけた。
 最初の頃、随分と執着したそれとここで再会するとは思わなかった。夢人は、それを取り出すと台の上に置いた。そこに、追いかけてきたスズが「僕もやる」と、腕をまくる。他の非戦闘員も集まってきた。
 夢人は、卵を割る指示を出すと、スズの頭を撫でた。
「俺がいない間、スズが頑張ってくれたんだろ」
 ありがとう、よくやってくれたなと褒めると、真っ赤な顔をして涙ぐんだ。スズは、俺たちが消えるのを間近で見ていたし、その後、兄は戦地へ行き、一人で心細い思いをしたのだろう。ぎゅっと抱きつかれ、ごめんなと慰めた。スズはふるふると首を振った。
 それから、俺とスズは料理を始めた。
 愛しのイベリコ豚の塊を厚めに切る。筋に切り込みを入れて、たたく。次に、ジャックさんのパン屋から拝借した小麦を付ける。そして、スズが溶いてくれた卵に付けると、非戦闘員たちが作ってくれたパン粉をつける。熱した油で揚げると、豚カツのできあがりだ。試食のために、切ってみんなで食べる。
 口に入れたスズの耳がビビビと、揺れてピンと立った。
 戦争だから、適さないメニューかもしれない。でも、俺はこれに思いを込めたのだ。
「これは、何ていう料理なの?」
 スズの問いかけに、夢人は笑って答えた。
「豚カツだ。勝負ごとの前に食べる料理なんだ。勝負に勝つって意味で、豚カツ」
 俺の時は豚カツだったけど、他の人は違うかもしれない。でも、この世界には俺しかいないから、豚カツだ。
 香ばしい匂いをさせながら、どんどん揚げていく。奇跡的にキャベツがあって、千切りにした。戦時中に生ものはどうかとも思ったが、今回で終戦させる覚悟だから、解禁した。聞けば、俺が不在の時には新鮮なものは配っていたらしい。一応知識としてスズたちには戦争時には衛生水準が低下するから生ものは避けた方がいいとだけ話しておいた。
 作戦は、大がかりなものになるらしい。その前の腹ごしらえで、配給が始まった。
 俺は、次々豚カツを揚げていく。スズも出されるお皿にカツを乗せ頑張っている。
 兵士たちは、昨日と打って変わって、グレードアップした食事に熱狂した。
 本日のメニューは、ワケアリ特製豚カツ定食だ。ホカホカとしたおにぎりと、湯気が立つ温かい味噌汁。メインは、この世界ではレタスと呼ばれる、千切りにしたキャベツと揚げたての豚カツだ。デザートは杏仁豆腐にした。本当は、プリンにしたかったが、卵の在庫が厳しかったので、やめた。
 兵士らは、食べたこともない料理を前に、恐る恐る口にする。一口食べて、小気味よいサクッと音を立てた衣に、驚いている。香ばしい衣に包まれたジューシーな豚肉のうま味が、口の中に広がる。濃いめのソースが、豚カツに絡んで、舌が我慢できないとご飯を求める。ご飯が進む料理に、兵士たちが嬉しい悲鳴を上げた。
 肉厚のある豚カツに感動していれば、脇役のキャベツが目の入る。一度口に入れれば、しゃきしゃきとした歯触りに、目が覚めるようだ。更に、ソースをつけてしまえば、新しいハーモニーが生まれ、兵士らはキャベツと豚カツという組み合わせの虜になるしかなかった。
 ハピネスを感じて恍惚の表情を浮かべる兵士らを眺めつつ、夢人は配給に並ぶハルを見つけた。スズに代わってもらって、自分が揚げた豚カツをハルの皿に盛る。
「ありがとうございます、夢さん」
「うん、あのさ、それ、豚カツっていうんだ。勝負ごとの前に食べる料理でさ。だから、勝ってこい」
 しっかりと目を見て云う。ハルは「はい」と、良い返事を貰う。それから、暫く見つめ合ってしまい二人で照れてしまった。
「あなた方、付き合ってますよね?」
 ヒサメが目を細めて呆れた顔で割り込んできた。俺とハルは恥ずかしくなって、「付き合ってない」と否定した。その回答に、心底呆れた顔をした。
「これで?」
「……こ、これで」
「嘘ですね。ああ、馬鹿二人に貴重な僕とスズの時間が減ってしまいました」
 さっさと退いて下さいと、ハルを退けた。更にヒサメは、豚カツを配る役を元のスズへと変えさせた。
「ああ、スズが乗せてくれた豚カツはなんて美味しそうなんでしょう」
「兄様、やめてよ……」
 照れてもじもじするスズ。そんな姿も可愛いですと、ヒサメが慈愛に満ちた顔をした。
 豚カツは、大好評に終わった。久しぶりの肉で体力を回復したのか、兵士らの士気が高まった。
 兵士らのサポートは完了した。あとは、作戦の決行を待つだけだ。
 

 乾いた風が吹いた。澄んだ空気に遠くまで見渡せる。心地いい風は、今はただ肌に当たる小さな衝撃としか思わない。
 神聖ルチル陣地――アーダ・パウラは、穏やかじゃない気持ちを隠し、新たな上官の下で兵器発動の待機をしていた。
 もうすぐ、ミルフィ共和国の奴がやって来る。緊張でアーダは何回も唇を舌で濡らした。
 すると、第一回目の兵器の発動があり、強大な魔法がミルフィ共和国目掛けて放たれた。どくんどくんと心臓の音が高鳴る。
 あまりの威力に、上官は笑っていたが、次の瞬間に笑みが消えた。あの強力な力が打ち消されたのだ。上官が兵器の発動を命令してくる。アーダと仲間は、大きな返事をして、兵器の作動を始める。そこへ、上空から人が現れ、兵器に槍を突き刺した。銀色の髪が広がる。兵器は、バチバチと音を立てて、壊れた。アーダは兵器がここで爆発しないように、電源のコードを切断する。突然現れたヒサメに、既視感を覚えながら、アーダは複数のコードを切断した。
 そこへ、あのとき見かけた金髪の男も参戦してくる。ヒサメと金髪の男は、次々と兵器を破壊し、ついには陣地内全ての兵器を破壊してしまった。それを確認すると、外から甲高い笛の音が耳に届いた。アーダは、その音を合図に今だ!と、武器を取って、大きな声で叫んだ。
「我、ティム国の民なり!」
 その声に、他の仲間も己らの国を叫び、神聖ルチルを裏切った。神聖ルチルの上官や兵士らを攻撃し、陣地の扉を開けるように仲間に指示する。開かれた扉の向こうには、ミルフィ共和国を援助するルーナ帝国の軍勢がいた。
 実は、アーダは戦争が始まってから、ヒサメによって捕虜として捕まったのだ。それから、ルーナ帝国のエマによって、この作戦を持ちかけられた。
「あなたの国は何ですか?」
 そうやって、問いかけられて、捕虜として捕まった仲間たちは誰もルチルとは答えなかった。国が滅びても、ルチルではない、己の国の愛国心は消えていないのだ。
 軍師エマは、神聖ルチルを倒すと云った。そして、その後は自分たちの好きにしてもいいということも。ただ、僕の国と同盟を組んでくれた助かるなあと独り言のように云っていた。
 だから、俺たちは、自分たちの国を取り戻すために、裏切ったのだ。
 これは、俺たちの国のための戦いなのだ。
 アーダと仲間たち、そしてミルフィ国陣営によって、敵陣地は崩壊した。ミルフィ国とルーナ国の旗が立てられる。
 アーダは、少し先の未来に希望が持てた。

 ハルとヒサメは、兵器を全て破壊すると、アーダらが裏切るのを見て、お互い目を合わせるとすぐに敵陣地を離れた。そして、そのまま精霊の力を使い、神聖ルチルの城を目指した。神聖ルチルの城は、元ステラ国の城が土台となっている。その城へ一気に畳み掛けるのだ。
 ハルとヒサメは、窓から城へと侵入した。窓ガラスが散り、光る中、赤の絨毯に着地する。ちらりと外を見つめ、ヒサメに声をかけられると、走り出した。広い城内を駆けていると、先に潜入していたエマの私兵と会う。彼は、城内を巡回している兵を速やかに眠らせると、王は上にいますと報告を受ける。
 上の階へ走ると、途中で兵士に見つかってしまう。他の兵を呼ばれ、数が増えるとヒサメが前に出た。
「先に行って下さい。ここは、僕が相手をしましょう」
 あなたはケリとやらをつけに行きなさいと、槍を構えた。
「頼んだ」
「僕は僕の好きにしているだけです」
 ツンとした返事にハルは少しだけ笑うと上を目指した。
 残されたヒサメは、挨拶と称して魔法を放ってみる。
「やはり効きませんか」
 耐魔性の防具を身につけているらしい。そうわかると、槍を持って素早い動きで敵の兵士との間合いを縮めた。槍の矛先が防具を貫く。
「物理でも、ニー族は最強なんですよ」
 ヒサメが妖しく笑った。

 ハルは一人で上の階へと駆けた。途中で兵士に阻まれたが、魔法とは異なる精霊の力で眠らせた。
 そして、城の中でも重厚な扉を前に、ハルは夢人を思い、扉を開いた。
 扉の中は、薄暗く、何かの話し声が聞こえた。まだ奥に部屋があるようだった。すると、扉が開き、老年の男が出てきた。
 男は、ハルの姿を認めると、一瞬驚くが、全てを悟ったかのようだった。
「君は……」
 男はハルを知っているようだった。
「……今は亡きルチル国の元王子、オルフェオ・レオン・ルチルです。神聖ルチルを壊しに来ました」
 そう言うと、男は「やはり、そうか」と寂しそうな顔をした。
「私は、元ソーレ国の王で、今は神聖ルチルの大臣をしている。頼む、ステラの王子、いや、神聖ルチルの王を止めて欲しい」
「どういうことです」
 神妙な顔になると、大臣の男は語り始めた。
「神聖ルチルを立ち上げた当初、彼はルチル国をまともに再生しようと奮闘していた。君も知るとおり、ルチル国は我々近隣国をまとめる存在だったが、異常なところも多かった。だから、彼は彼なりに正常に戻したんだと思う。しかし、ある時から征服欲が強くなり、己の親戚の国を吸収し始めた。他国まで侵略を始め、独裁的になっていた。もう私たちの声も届かない」
 ルチルの土地がそうさせるのか、それとも、国の名がそうさせるのか。
 男は最後は嘆くように話すと、ハルに頭を下げた。
「君に頼むのはお門違いだろう。だが、もう王を止める手立てがない。これ以上は他の国の民にも影響が出る」
 勝手な言い分に、勝手な頼みだ。それに、もう既に隷属国とした国民に地獄を見せているじゃないか。ハルは拳を握りしめた。
「俺には関係ない。ただ俺は俺のためにルチルを壊す。それだけです」
 男の頼みは聞かないことを答えると、男はそういう道を辿るのもルチルのためかもしれぬなと、黙って頭を下げられた。この男は、ルチルの良心だったのかもしれない。でも、俺にはもう関係ない。
 頭を垂れる男をそのままに、ハルは、奥の扉を開こうとした。しかし、何かが引っかかり、男を振り返った。
 男はなぜ俺のことを知っているのだろう。
 そう疑問に思った瞬間、ハルは魔法を放っていた。幼い頃からずっと幽閉されていた。王族の者と会ったことなどなかった。
 男は、魔法を片手で吸収してしまうと、先ほどの殊勝な態度を一変させ、口元を歪ませた。
「お前、誰だ」
 ハルが男を睨み付けると、男は笑い始めた。
「クックックッ、そうか、お前は私のことを知らぬか。無理もない。私はお前の父だ」
 正体を明かされ、ハルは殺してやりたい衝動に駆られる。自分を幽閉し、拘束具を付けて、毎日毒を飲ませた張本人だ。
「お前があの夜、城や国を破壊した時、私は丁度城を空けていた。だから、お前の変な力に巻き込まれずに済んだ」
 ハルの心が荒れて、魔法しか撃てない。耐魔性の防具を着けている男には、通用しない。
「ははは、魔法は効かぬぞ。私は、城と国を失ったが、その代わりにこうして他国を征服することができた。お前に感謝したいくらいだよ」
 怒りが込み上げる。殺気で目の前が赤く染まった時、ふいに背後から槍が飛んできた。
 己の頬をかすめ、男に向かっていく。男は咄嗟に避け、後ろへ下がった。
「何をやっているんです?」
 冷めた声に、ハルは冷静になっていく。ヒサメの登場に、己の目的を思い出した。
「もしや、魔法に苦戦しているんですか? それなら、物理で叩けばいい」
 壁に刺さった槍を引き抜きながら構えるヒサメに、冷静になれたハルは、攻撃しようとする彼を止めた。
「ここは、俺にやらせてくれ」
 有無を言わせないハルに、ヒサメは肩を竦めて後ろへ下がった。
 ハルは父だという男と対峙する。
 男は口端を持ち上げて笑う。その表情には嫌悪しか生まれないが、ハルは夢人のことを想う。
 殺意に飲み込まれて、自分の心と目的を忘れちゃならない。
 が、その前にハルは勢いよく駆けた。そして、男の顔を殴った。
 物理攻撃をするハルに、ヒサメはなぜか楽しそうだ。
 男は、まさか殴られるとは思っていなかったのか、油断して顔の形が変わるくらいの打撃を受けた。
「一回、思い切り殴りたかったんだ」
 クソが。
 夢人の前では絶対に見せられない姿だ。ヒサメは口元を袖で抑えて、笑っている。
「俺はもうルチルの人間でも、この世界に未練もない。俺は俺と夢さんとの幸せのために、お前とケリをつけに来たんだ」
 国なんて関係ない。だから、俺と夢さんとの将来を邪魔しないでくれ。
 ハルは、全身に力を巡らせ精霊王たる力を生み出した。まだ魔法だと思っている男に、ハルは悪人顔で教えてやる。
「これは精霊の力だ。魔法とは違うんだよ、クズ野郎がッ」
 ヒサメの爆笑する声の中、ハルは慌てる男に精霊王の力を思い切りぶつけた。男の醜い悲鳴が上がる。光に包まれ、それが治まると男は遠くで気を失っていた。
「手加減したんですか」
「いや、こいつにはこれから地獄を見てもらう」
 ハルは、王の力で男を拘束した。
 しばらくして、神聖ルチル城に、ミルフィ共和国および、ルーナ帝国の軍が侵入、制圧。敵将を討たれた神聖ルチルは敗れ、この戦争は終焉を迎えた。
 元ステラ国の王子で、神聖ルチルの王は、玉座でハルが付けられていた呪具付きの拘束具を付けられた状態で発見される。ハルが拘束を解いたが、精神汚染が酷く、長期療養が必要な身体だと診断された。彼は城と国を失ったルチル王に利用され、王へと仕立て上げられただけだった。
 その後、神聖ルチル国は、解散となり、領土はとりあえず、ルーナ国の監視下へ置かれることとなった。隷属国は、解放され、それぞれの国が再建へ向けて奮闘することとなった。
 黒幕だった、元ルチル国の王は、国際裁判にかけられ、処刑と決まったが、国民感情が治まらず、生き地獄を味わうこととなったようだ。
 ミルフィ共和国は、まさかの勝利に国中が喜び、三日三晩の大食祭りが開催されることとなった。
 戦争の傷跡が残るミルフィ共和国内の商業施設は、一部を閉鎖して再建することが決まり、店舗が無事な所は営業を再開させることとなった。
 ワケアリの支店は、閉店とし、無事だった店舗は他者へ譲ることとした。
 ワケアリの本店は、再び営業を始めた。人気だった、おにぎりやうどんは他店舗でも売られるようになり、特におにぎりは戦争を思い出すという理由で販売を止めた。代わりに、豚カツを売って欲しいとの声が高まり、メニューに追加されることとなった。豚カツは勝利の飯として人気を博すこととなった。
 夢人とハルの関係はどうなったかというと、それは、またの機会に。
 
 太陽が昇り、調理スペースに従業員が集まり始める。朝の挨拶をして、それぞれ作業を始めた。
 戦後からしばらく経ち、今日は新作を出す日だ。試作の段階で、皆にこれはヤバいと言わしめた料理を、夢人は作る。
 肉を炒めて、焼き色がついたら、水の入った大鍋に入れて煮込む。次に、オニオンは薄切りにし、飴色になるまで炒める。そして、キャロルという名のにんじんも炒め、大鍋の中へ投入する。アクを取りながら材料がやわらかくなるまで、煮込む。ここまででも、いい香りが調理スペースに広がって、スズがそわそわし始める。
 ここで、夢人が調合したルウの登場だ。現世での市販の味にこぎ着けるまでには、苦労したが、再びあの味が食べられるというのは大きい。
 煮立った鍋に、ルウを入れる。とろみが出るまで煮込むと、隣のコンロに同じ大きさの大鍋を置いた。それを火にかける。実は、前日に作っておいたものだ。所謂、二日目というものだ。味が馴染んで、破壊力は更に高くなっているだろう。
 そそる香りに、ヒサメが客席スペースから調理場へやって来る。
「あー、我慢できません。今日の朝食はそれにします。早くお出しなさい」
 さぁ、スズの分もですよと、勝手に着席し始める。それに苦笑すると、俺は中鍋に四人分だけ移し温め始めた。スズが察して、お皿にご飯を乗せ始める。
 ハルも、捏ねていたピザの生地を、ボールに移して作業を一時中断したようだ。
 四人分の食事ができると、各々頂きますと云って、食べ始めた。一口目を口にして、スプーンを持つ手が止まる。
 ヒサメが、皿にスプーンを置いた。
「また、美味しくなっているじゃないですか!」
 なぜかキレ気味に褒められる。スズはヒサメを見守りながら、パクパクと食べ進めている。ハルは、口の中の料理を分析しているようだ。
 夢人が今回の新作として考えたのは、カレーライスだ。
 日本人の心を掴んで放さない料理。
 旨味と甘みのオニオンに、スパイスの効いたルウが溶けるように絡み合っている。ご飯が進む。更に、煮込まれた牛肉が、食べるときの目標として嬉しい。スプーンの先でほぐれてしまうのも、感動する。にんじんも甘いのだ。
 食欲が増して、おかわりをしたくなるところだが、客の分がなくなるので、ここで終了だ。
 食べ終わると、歯磨きをして、作業へ戻る。
 仕込みが終わると、定刻になり、夢人とハルは店の扉へ向かう。
「なんか、この感じ、店を始めた頃を思い出すな」
 あの頃とは少しずつ、何もかもが変わってしまったけれど。
「そうですね。でも、あの時も今も夢さんは変わらず、僕の神様ですよ」
 キラキラとした笑顔で云うハル。
「何言ってんだよ」
 笑って返すと、ハルが店の扉を開く。
「いらっしゃいませ!」
 二人で、声を揃える。開店の時の景色は、いつだって一番好きだ。 
「ワケアリ開店です!」

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