新
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セラータ国による襲撃を撃退し、勝利したウェスペル国オンゴ領は、祝賀モードへと突入した。国境上の城塞なため、酒こそないが、いつもより豪華な食事が振舞われたようだ。
監視、守備は怠るなと伝え、兵士らのお祭り騒ぎにいよいよ参加したい気持ちになっていると、フリッツ隊長の部下から連絡を受けた。
父が目を覚ましたらしい。
その場に残る者たちに、何かあったらすぐに知らせろと言うと、すぐに父が療養する場所へ向かった。
城塞内の城門近く。廊下で医者とすれ違い、「お父上は大丈夫です」と手短に診察結果を受けて、深く礼をした。
扉をノックすると、聞き覚えのある声で返事が合る。低い声だ。
「失礼します」
少しだけ声が強張ってしまったが、ロゼを待ち受けていたのは、穏やかな父の姿だった。
「ロゼ」
記憶の中にある父との関係は悪くない。どちらかという親しく、頼もしい感じだ。
「お目覚めと聞いて。お加減はいかがですか」
「ああ、心配かけたな。もう大丈夫だ。……それより、セラータ国の襲撃の件だ」
先ほど勝利を収めた件だ。本来のロゼなら委縮しているだろうが、中身は俺だ。例え、父親の貴族階級を振りかざして指揮権を奪っても勝てたのだから、悪いことはないはずだ。
「助かった」
「え……」
「当時の状況を部下から聞いた。お前が来ていたことにも驚いたが、それよりセラータ国に勝利したことに驚いた。知っているとは思うが、私は辺境伯の代理を引き受けここへ来た。それが、私の不注意で務めることができなくなり、その間にセラータ国が攻めてきてしまった。もし、ここを突破されれば、ウェスペル国は戦争になっていたかもしれない。本当に助かった」
「いえ、お役に立てて良かったです」
咎められるばかりか、褒められたぞ。
「初陣だったそうだな。お前の性格的に、もっと後になってからだと思っていたが。子は、親の知らぬうちに育つのだな。ロゼ、お前が立派に指揮し、勝利を収めたこと、父として嬉しく思う」
よくやったな。
父が伸ばした手に、素直に頭を差し出した。やはり、親に褒められるというのは嬉しいものなのだ。中身が成人男性であっても、だ。いや、俺はロゼとしてこの世界で育ってはいるんだけれども。
年相応な可愛さを見せるロゼに、父の部下たちも温かく見守っている。この父子の温かなシーンがしばらく続くかと思われたが、流石この国の軍を統べる父だ。思い出話に花を咲かすことより先に、なぜロゼがここにいるのかを尋ねて来た。
「……お前は何をしにオンゴ領まで来た?」
穏やかな表情をしながらも、父の目は鋭い。その問いにロゼは頷く。
「はい、実は……」
俺は、すべてを話した。ノーニーン領を父の代わりに治めている伯母夫婦の蛮行。領内の税金が上げられ、領民が貧困に喘いでいること。父がロゼの養育費として渡している金の使い込み。無駄ばかりの領運営。
「証拠の帳簿もあります。俺は、これをお父様に報告するために、あなたを追いかけ、先にこの領へ入ったのです」
正直、セラータ国との戦いは、おまけだ。
ロゼにとって、ここが正念場。俺の運命を変えるためにも。
「お父様に、お願いがあります。俺に、領主代行をさせて下さい!」
瞳に、思いを、熱を込める。
ロゼの領主代行宣言に、唖然とする父。しかし、生き生きとするロゼに、父親が「本当にあのロゼか?」と問いかけてきた。それに対し、自信満々に見せるしかないと、ロゼは「はい」と答えた。
その堂々とした態度に、父は感心した様子だ。
「……私の知らぬところで、何かあったようだが、吹っ切れたんだな」
父も、ロゼの内向的な性格を心配していたようだ。
領主代行に関しては、伯母たちの行いに驚きつつ、それならばと「好きにしなさい」と許可をくれた。ノーニーン領の規模が小さいというのもあっただろう。
それから、詳細を詰めるため、城館に置いてある俺の荷物を持ってきてもらい、証拠となる帳簿を見せた。それに目を通した父の目が鋭いものへと変わっていく。伯母たちの杜撰さを目の当たりにして、速やかに俺の領主代行ができるように考えてくれた。
王都で豪遊中の伯母夫婦には、父と相談していくつかある別荘を転々としてもらうことにした。領主代行の邪魔が入らないように。そして、告発の準備が整うまで。告発の準備が出来たら、王から罰して貰おうという手はずだ。なんせ、王の名を利用して理由なき増税をしていたのだから。
オンゴ領に残る父にノーニーン領の領主代行を委ねられ、俺はすぐに己の領へと戻った。父から少しの援助も得ることができた。
ロゼは、早速、領の立て直しを行う。
まず、ノーニーン領内は驚くほど貧困化していた。館を守る者も、給料すら貰えていない有様。更には、辞めてしまう者もいた。お茶を用意すると云ったきりの執事も逃げてしまったらしい。当然だ。
俺は、領主の城館に戻って、荷解する間もなく、すぐに、館で働く者全員を御者に命令して集めてもらった。
古参の者の中から、一番長く務めている者に、執事になってもらい、他の者たちも含め、今までの給料と前金を支払った。そして、伯母夫婦の財産を売り払い、自分の部屋にあった物も金になると思われるものはすべて売り払った。お金を手に入れると、次に使用人総出で屋敷の掃除を行った。
屋敷が綺麗になると、統一感のない調度品も消え、シンプルな内装になれば、こちらの方が上品に思えた。
城館内を一掃していると、貯蔵庫の在庫管理問題が浮上してくる。貯まりに貯まった穀物の量を見て、俺は一つの決断をした。
「古い物から炊き出しをしよう」
「えっ……!?」
「飢餓を恐れてとのことだったが、今がその飢餓だろう」
驚く執事に対し、はい、出してー出してーと、俺は従者たちに指示していく。痩せこけた領民の姿を見て、どうにかしたかったのだ。もちろん、これは一時的な救済でしかないことはわかっている。でも、生きるか死ぬかのぎりぎりのラインで生き延びている彼らを救いたかったのだ。
ロゼは、伯母夫婦が自分たちのためにと貯め込んだ古い穀物をどんどん出していく。一部の従者が、領民を呼んで来たいというので、好きにさせた。むしろ助かった。
こうして、集まった領民らに、初めてとなる炊き出しを行った。
城館にあるありったけの鍋を出して、思考錯誤していたら、見かねた女たちが手伝ってくれた。彼女たちに交代させながらも一番に食べてもらい、その後、領民に振る舞われた。
痩せぎすの子どもたち。疲れた顔をした女たち。労働ばかりでも実りがなく、焦燥と疲労する男たち。
死んだ目をした者たちが多すぎる。
領民が労働する場所が必要だ。
ロゼは、炊き出しの麦スープを口にする。不作で野菜も入ってない、塩も足りない、質素なスープ。その味を噛みしめながら、いつか皆で肉を食べたいと本格的な改革を考えるのであった。
炊き出しによって、飢饉は免れた。緩やかではあったものの、不作続きに加え、増税で確実に領民は飢えていたのだ。領主であった伯母夫婦には、もはや日常の風景と化していたのだろうが、よく観察していれば気づくはずだ。
あれから、炊き出しを何度か行い、税金もとりあえずは増税前の価格に戻し、領民の精神も落ち着いてきた。ここに、労働があれば、領内が安定するのだが。
ロゼは、領内を走って見て回った。
領内の改革も大切だが、ロゼは処刑ルート回避のために、手っ取り早く、ビジョンから変えてみることにした。悪夢に出演した時のような、折れそうなくらい華奢な体格を変えてしまえば、当てはまらなくなる。そう考えたのだ。美少年ロゼのビジュアルは最高だが、不幸に苛まれるのはよろしくない。それに、運動をするようになったことで、身長が伸びてきた。遅れていた成長期がやっと来たようだ。
まだまだ少年のような細さだが、日を重ねれば体格も変えられるだろう。
今日も、領内を散策しながら、改革に繋がるものが何かないかと探す。
最初は、エネルギー資源がないか考えた。石炭、石油、天然ガス等。
この国も、主なエネルギー資源として石炭が注目されつつある。
が、乏しい土地にそれらはなく。また、エネルギー資源があったとしても、使いこなせるだけの科学力もなければ、金もない。だから、エネルギー資源は考えるだけ考えてそれだけにしておいた。
領内の森の方へと足を向け、領民の生活圏から離れていく。痩せた畑を風景に、思考しながら何か打開策はないかと森の中へと入っていった。
領に存在する森は、深くはなく。どちらかというと林に近い。
森の中に入ってからは、走るではなく、森という土地の本質を知ろうと歩いて回る。すると、森の開けた場所へ出た。それと同時に飛び込んでくる黄色。
「菜の花畑だ」
一面の黄色の菜の花。この世界にも存在するのかと近づく。
母国の日本の田舎でよく見かけた光景だ。そんなことを思いながら、一歩、また一歩と近づいていく。
しかし。
「…………は? いや、デカくね?」
己の背丈ほどもある菜の花。思っていたより、大きい。花の集合体の規格も大きければ、茎も長く太い。自分の知る規格より3〜5倍は大きい。更に、今の季節は冬だ。春ではない。いや、足元をよく見て見れば、花が終わり種をつけているパリパリに乾燥しているものがあった。もしかしたら、ここでは通年咲くのかもしれない。
つま先立ちをして、どのくらいあるか眺める。菜の花は、見渡す限りあるようだった。遠くにまた森があるようだったが、菜の花畑の範囲はかなり広い。
黄色い花畑、足元の種に、小さなひらめきが浮かぶ。それは次第に大きな発想へと拡大していき、ロゼも期待を持ち始める。
歩みを止めず、ロゼはその先で、幸運にもいくつかの自生した草花の群集を見つけた。
ひまわり、紅花、ごま、大豆、とうもろこし。その種たち。
異世界特有のジャンボサイズなそれらに、ロゼの胸にある期待は大きく膨らんだ。
目の前の紅花を一輪、摘み取って叫ぶ。
「Whoooooo!」
紅花のトゲが手を傷つけたが、その痛みすらも興奮材料にしかならなかった。
これで、勝負できる。
ロゼは、不敵な笑みを浮かべるのだった。
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