マニキュア


休憩室から和気藹々とした声が漏れており、アッシュは不思議に思いながら扉を開けた。

「あ、アッシュさんお疲れ様です」
「お疲れ様ッス!」

手元を見ていたチャロとキイトが顔を上げる。
2人とも少し早めに休憩に入った筈だが、食事もそっちのけで何やら顔を付き合わせている。

「なにしてるんだ?」
「キートさんにやってもらってたんです!」

見てください、と言われ手元をよくよくみれば小さな爪がほんのりピンク…いや、ピンクがかったベージュだろうか。
そんな淡い色に染まっていた。
そういえばキイトはいつも自身の爪を黒く塗っている。
今日は違う種類のものを持ってきてチャロに披露していたらしい。

「綺麗だね 」

はみ出たりよれたあともない為つるんとしている。光沢のある爪は艶やかだ。
自分ではしたことが無いので分からないがきっと上手な部類なのだろう。

「キイトは器用だなぁ」
「でっしょー!」

思わず本人の顔を見ると褒められたキイトはエヘンと胸を張る。
彼は普段から自信に満ちた物言いだが、褒められるとやはりそれはそれで嬉しいらしい。
いつもなら嫌そうにするチャロも今回ばかりは何も言わない。
むしろ嬉しそうに自身の爪を眺めている。
よほど嬉しいらしい。
そういえば何かの折に彼女は少し不器用だと本人から聞いた気がする。

「せっかくだからアッシュさんもしてあげるッス!」
「いや、オレはいいよ」
「えー、せっかくだからしましょうよー」

思わず断るとキイトではなくチャロの方が不満の声を漏らす。
やはりこういうのは女の子が楽しむものだろうと何となく思っているところがあるのだが、彼らに言ったところで丸め込まれるだろう。
何て言ったものかと考えているとキイトがアッシュのさらに後ろへ声をかける。

「イイっすよねロイさん!」

振り返ると、いつの間にか来ていたらしいロイが戸口でこちらの様子を眺めていた。

「まぁ、あまりにも奇抜じゃなければいいよ」

面白そうだしとロイは笑う。
基本この店は余程奇抜で無ければ何も言われない。
現にキイトなどはピアスやアクセサリーが好きで多くの物を身につけている。
ちらりと見ただけでも片耳に4つは付いているのが確認できた。
そんな店なので今更爪を塗ったくらいでは何も言わない。

「何色にしますー?色々持ってきたッス」

ロイから許可が出たからか、キイトは遠慮なくポーチからマニキュアを取り出している。
専用のポーチなのだろうか、ちょっと覗き込んだだけでかなりの量のマニキュアが入っていた。

「よく分からないから任せるよ」

あまり洒落っ気とは縁がないので何が合うのか分からない。
思わず両手を軽く上げて降参の意を示すとチャロとキイトは2人で相談し始める。

「最初ならありきたりなの方が良いですかね?」
「えー、それじゃあつまんねーじゃん!これなんかどうッス?」

キイトが見せてきたのはピンク…いや、かなりピンクがかった紫色だ。
チャロのつけているパステルピンクとは違いかなり蛍光色が強い。

「いや、それはちょっと…」
「一応流行色ッスよー?大人しい色と合わせたら全然イケる!」

流行色だろうが何だろうがチカチカしてちょっと尻込みする色だ。
思わず首を振るとキイトの視線は再びポーチの中に戻る。

なかなか意見が一致しないのか揉めている2人を見ながら賄いを食べているとようやく一本のマニキュアを持ってきた。

「よーし、これにするッス!」

持ってきたのはグレーのマニキュアだ。入れ物を動かすと、光の当たり方が変わってほんのりグリーンに光る。

「……これ似合うのか?」

思わず不安になって2人を見ると揃って大きく頷いた。

「大丈夫です」
「そーそー、アッシュさん目の色薄いからお揃いで綺麗だと思うッス!」

あまりにも自信満々に頷かれるので否定出来ない。

「さ、アッシュさん手出してください!」

ニコニコする2人に気圧され、結局それを塗ってもらい事になった。

あっという間に塗り終えたそれをまじまじと見つめる。

キラキラ光る光沢は綺麗だが、似合っているかと聞かれるとやはり首をかしげる。
大丈夫なのかと再び2人を見上げるがニコニコと笑って大丈夫だと告げられた。

「うん、いいね」

後ろで一部始終を見ていたロイも近くにやってきて手元を覗き込む。

「今日はそれでお仕事してね」
「え」

にこりと笑うロイ。これは完全に面白がっている。
しかしその後ろで嬉しそうにする後輩2人に結局アッシュは頷いた。











その後の仕事は案の定、しょっちゅう常連組に引き止められて指を見せることになったのだった。

「……目立つし仕事にならないからもうしない」
「「ええー!」」


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