白石さんから齎された情報を元に、日高へと向かう道中。当然移動手段に電車や車なんていうものはなく、ひたすらに歩いて向かうという地道かつ疲労の溜まる道程に、仕方がないと思いつつタクシーを呼ぼうと何度手を上げたかわからない。そのたび「何で手あげるの? 目立つからやめなさい」と杉元さんに手を掴まれおろされていた。
失った爆薬を買い足すため、猟をしては獲物の毛皮を売ってお金を稼ぐ。――爆薬は、金塊争奪戦のキーマン……のっぺらぼうに会うため、必要だという話だった。この争奪戦の元凶たる男はもしかしたらアシリパさんの父親かもしれないと、そういう疑惑が浮上しているらしい。そのため、新たに「のっぺらぼうに会うため網走監獄へ向かう」というタスクが追加された。この二ヶ月で変わりはじめた杉元陣営の状況に、いよいよ危険が身近に迫ってきたと身構えるのも仕方のない話だ。
毛皮を売るのとは別に、日用品を買い足すために近くの小さな町へ足を運ぶこともあった。そして、そこで予想外の収穫を得る。
なんと、コインマジックが大ウケしたのである。
炉端で適当に人を呼び止め、マジックを披露すると、「奇術師だ!」と大きな歓声を上げてくれた。それを聞いた他の人たちが少しずつ集まってちょっとした人だかりができ、「すごいと思ったらお駄賃くださいね」とウインクしてみたら……結構な額が集まったというわけである。やはり物珍しかったのだろう。杉元さんたちは「すごいね怜子さん!?」と驚いていたから、鼻高々である。トランプがあればもっと幅も広がるんだけどなぁ、とも思いつつ、コインを親指で弾いて投げ上げた。
ところで、お金は全て杉元さんに預けているのだが、白石さんがニコニコで「怜子ちゃん、お金貸してほしいな〜」と手を揉んでこちらへ寄ってくることがあった。
「なにに使うの?」
「えへへ……」
「なにに使うの?」
「競馬……」
「ギャンブル? ダメダメ、そういうのには貸しません。お帰りください」
「(ぎゃん?)取りつく島もない! おねがぁい、怜子ちゃあ〜ん」
「貸しません! 他人にお金借りるまでのめり込むんじゃありません!」
「倍にして返すから!」
「パチカスはみんなそう言います!」
「今カスって言った……?」
そんな会話もしつつ、後日アシリパさんにお金を借りた上に全てスッてきたと知り、やはり貸さなくてよかったと溜息をついたのだった。アシリパさんにも「用途を聞かずに貸しちゃだめだよ、そもそもお金は貸さない方がいいよ」とだけ伝えた。他人の家の子なので、どこまで踏み込んでいいのか難しいところではあるが、まあ思わず。
案の定ストゥで打たれ、さらに狐捕獲用の釘付きの樽を被せられて血を流していたが、自業自得なので慰めの言葉はかけない。かわりにポンポンと背を叩いてやると、「クーン……」と鳴いていた。
「白石さん血拭いたら?」
「拭いてぇ?」
「自分で拭きなさい」
「ええ〜」
今日はアシリパさんのフチ……お祖母さんの弟さんの家にご厄介になるようだった。彼は私たちを歓迎しつつ、私たちとは別に不思議な客人がいるのだと教えてくれた。
噂をすれば影、とはよく言ったものだ。こちらへと近づいてきたその人物こそ、過去や未来がみえるという不思議な女性らしい。
名を、インカラマッという。
「素敵なニシパたちがいらっしゃいますね」
妖艶な女性、というのが第一印象だった。顔に傷のある男性に弱いのだと笑った彼女と、ふと目が合う。
ほんの一瞬目を見開いた彼女は、しかしすぐににこりと笑みを浮かべた。それに対してこちらも笑って会釈をし、次いで美人に飛びついた白石さんをしらーっとした目で見つめる。女好き、博打好き、これでリーチ。酒好きも加われば駄目な大人の典型である。
「ちょっと待って、あなた達は……小樽から来たんじゃないですか?」
真剣な表情を浮かべた彼女は、私たちが小樽からやって来たことを言い当てた。占いでそんなことが分かるものなのか、と思っていると、アシリパさんが杉元さんに「大叔父の親戚が小樽に多いと誰かに聞いたんだきっと」と耳打ちしているのを聞く。まあ現代の占いだって統計学というし、そのために予め客の情報は募っておくものだ。占いを商売とするなら、それなりに情報収集もするのだろう。
去り際、彼女はこっそりと、私に耳打ちした。
「ずいぶんと遠くからお越しなのですね。貴女だけが、何もみえない……みる必要がない、ということなのでしょう」
彼女のほうへと勢いよく振り返り、「それはどういう……」と言葉尻を切らしながらも真意を探る。
「――ああ、死が近いという意味ではないですよ。ただ私には知る必要がないことのようです。不思議な星のもとに生まれてらっしゃるのですね」
インカラマッさんはそれだけ言い残すと、背を向けて行ってしまった。
翌朝、「はい、起きるよー」という言葉と共に杉元さんに上半身を持ち上げられ、目をシパシパさせながら起きる。寝起きの悪さにアシリパさんはぴしりと私の額を指で弾いた。
「イタイッ」
「白石がどこにもいない。白石の馬もいなくなってる」
パチンと弾かれた額を撫でつつ、白石さんの失踪を朝イチで知った私は肩をすくめる。小樽からここへ来るまでの飄々とした様子から、あまり他人と長くつるむタイプには見えないと思っていたが……パーティーいち抜けかなあ、と物悲しい気持ちになっていると、キロランケさんが思わぬ情報を落とした。
白石さんは昨日の占い師――インカラマッさんを連れ、苫小牧の競馬場へと足を運んでいるらしい。
「……蝦夷地ダービー……」
「えっなに? なんて?」
「いや、なんでもないです」
そんな独り言はさておき。
なんでも言い当てると評判のインカラマッさんを連れて行ったというから、恐らく昨日から考えていたことなのだろう。これだからギャンブラーは……と呆れとともに安堵を感じつつ、白石さんを迎えにコタンを発つ。この時代の競馬はどんなものだろう、という好奇心を覗かせながら。
▽
競馬場は多くの人で賑わっていた。木の枠で大きな囲いを作り、草地と土の上で競走馬が競って駆け、観衆が騒ぎ立てる。細かな違いはあれど、現代とはそう変わらない光景なのではないだろうか。競馬場に行ったことはないのでよくはわからないが。
果たして白石さんはあっさり見つけられた。なにやら木の棒のようなものを咥えており、さらに飾り紐を手首や首に引っ掛けている。様子を見るに、しっかりカモにされているらしい。ただその調子に乗りに乗っている雰囲気から、勝ち越しているだろうことが窺えた。
白石さんと杉元さん、アシリパさんのコントのようなやり取りを聞き流しつつ、レースへと目を向ける。
「競馬場ってこんな感じなんだ」
「怜子は初めてか? 競馬場に来るのは」
「うん! 賭け事は際限ないからさ、やらないようにしてるの」
「偉いぞ怜子。白石に聞かせてやれ」
ぽん、とキロランケさんに頭を撫でられ、ウフフと笑っていると、顎に手を当てた彼が「しかしまあ、」と馬たちを一瞥した。
「見る奴が見りゃ、勝ち馬はなんとなく想像がつくな」
「え、キロランケさんわかるの? そういうの」
「まあな。――次に勝ちそうなのは、三番か四番だな」
彼はそう言ってにやりと笑った。
次いで勝ち馬は三番、と示したインカラマッさんに、白石さんが天啓を得たとばかりに走り出す。あの人賭け事向いてなさそうだな……と思いつつ、レースへと視線を戻す。
「……あれ、私の知ってる乗り方じゃないな」
「乗り方?」
「そう、馬の乗り方がね」
いつの間にやら近くへと来ていたアシリパさんが、私の言葉を拾って首を傾げる。この時代では、恐らく普通に座って走るのが主流なのだろう。
「私のいた時代ではね、なんていうか……競馬では腰を浮かせた乗り方をしてたんだよ。ってことは、たぶんそっちの方が馬の負担が少ないとか、早く走れるとかそんな感じなのかもね」
「ふうん。お前のいた時代でも、競馬はあるんだな」
残そうと思えば、残せるんだな――そう言ってレースを見つめるアシリパさんの瞳は、淡く揺れ動いていた。
ふと、そういえば彼女の瞳は青いんだな、としゃがんでその目を覗き込む。「どうした怜子」と両手で頬を包まれて、その体温に目元が緩んだ。この子に触れられるのも、見つめられるのも、どうしてかとても心地がいい。ロマンチックな言葉を選ぶなら、まるで運命と出逢ったかのような感覚だ。
「アシリパさんは海外にもルーツがあるんだね。青い目、綺麗」
「るーつ?」
「海外の人の血も流れてるってこと。北海道だし、近いからロシアとか? いやでも別の国ってこともあるか」
「アチャの目も青いぞ」
「そうなの? じゃアシリパさんと同じ瞳か……素敵だね」
そう言って笑いかけると、彼女もまた微笑み返す。普段逞しく大人びている彼女が時折浮かべる、年相応な笑みはまるで晴天のようだ。この笑顔を守れたらと、普段なんの役にも立てない私が一丁前にそう思った。
そんなやり取りをしていると、どこかへと消えていたキロランケさんが戻っており――その装いにギョッと目を見開いた。
「髭ない!」
「剃った」
髭があるキロランケさんも渋くて素敵だが、それを剃り落とすと爽やかさが増す。髭のあるなしでずいぶんと印象が違うものだと思っていると、どうも出場選手の替え玉の騎手として参加するらしい。ヤクザの親分だとか八百長だとかきな臭い話になってきたので、どの時代においても力を振るって己の利を優先させる輩はいるのだなと溜息をついた。ここの従業員たちも、とんだとばっちりである。
「怜子、俺に賭けるか?」とキロランケさんに問われ、しかし首を横に振った。
「はまりこんだら抜け出せないタイプだから、勝ちの味は覚えないようにしないとね」
「お前は良い子だな〜〜〜〜」
ぐしゃしゃ、と頭を撫ぜられて、はにかみながらそれを受け入れる。兄貴肌というのだろうか、彼はずいぶんと面倒見がいい。幼馴染たちとはまた違った世話の焼き方をするのだ。
キロランケさんが私の頭から手を離すと、すかさず杉元さんが乱れた私の髪を手櫛でささっと直す。
「もぉ〜、女の子の髪だよ? もっと丁寧に扱えよキロランケ!」
「はは、悪い悪い」
そんなやり取りをしつつも、白石さんは再びインカラマッさんに勝ち馬を占ってもらう。
三番は勝たない。彼女の占いはそう示した。
「占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦なんだけどなぁ」
「……ああ、そうだな。その通りだ」
私の呟きを拾ったアシリパさんは軽く頷くと、欲まみれの白石さんを諭す言葉をかけた。迷いのないこの旅に、判断の是非を問う占いは必要がないと。
しかし強欲な彼に言葉は届かず。六番が勝つ、と示したインカラマッさんにお金を託し、馬券を買いに行かせていた。もちろん杉元さんに怒られていた。
引き際を心得ていないところをみるに、やっぱりギャンブルは向いていないなこの男、と白けた目で見つめると、「そんな氷点下の目で見ないで!」と抗議される。自業自得という言葉を辞書で引かせてやりたい。
「……あれ、アシリパさん?」
ふと彼女がいないことに気づく。周囲を見渡すと、遠くで雑踏の中に紛れていくマタンプシが見えた。この人混みの中ではぐれてしまったら大変だ、と慌てて彼女を追いかける。しかしただでさえ小さな彼女を追いかけるのは至難の業で、すぐに見えなくなってしまった。まずいなぁと思いつつ、恐らくあの子は馬券を買いに行ったインカラマッさんを追いかけたのだろうから、馬券売り場に向かえば会えるはずだと踏んで近くの人に声をかける。
「すみません、馬券を買いに行きたいんですけど、どっち向かえばいいですか?」
「ん? ああ……向こうだが」
「ありがとうございます」
礼を言って軽く頭を下げ、おじさんが指し示した方向へと向かう。やがて売り場らしき場所に辿り着き、辺りを見回してみる。――先に向かったはずの彼女がいない。もう杉元さんたちのところへ戻ったのだろうか。そうだとしたら行き違いになってしまったようだと溜息をつくと、トントンと肩を叩かれる。
「……インカラマッさん!」
「また会いましたね。どうぞ私のことはインカラマッ、と。不思議なお嬢さん、お名前を聞いても?」
そう問われ、「怜子です」と名乗った。「怜子ちゃん」と微笑まれ、気恥ずかしさに頬をかく。昨日の私への発言といい、どうもミステリアスな人だ。
――なんの前触れもなく、彼女はすっ、と私に向けて手を翳す。じっと真剣な表情で見つめられたかと思えば、徐に口を開いた。
「やはり貴女のことがみえない。でも、そうですね――どなたかをお探しなんですね? アシリパちゃんたちが探している人とは、別の人物を」
息が、止まるかと思った。なぜ彼女がそんなことを、と思っていると、私の困惑をよそに彼女は話し続ける。
「貴女のことは、何ひとつわからない。けれど貴女の探し人のことなら、少しわかります」
「……その人は……今どこに」
「今はまだ会えないでしょう。次、貴女が彼に会う時は」
一度、言葉を区切った彼女が私の目をじっと見つめる。一切の嘘を含まない、真っ直ぐな瞳だった。
「――貴女が、死の危機に瀕した時です」
▽
「おーいアシリパさん!」
「あっ! 怜子がいたぞ、杉元!」
「お帰り怜子さん」
「ただいまぁ」
アシリパさんたちと再び会えたのは、すでにキロランケさんがレースを終えて着替えも済ませた頃だった。
「もう髭生え始めてる! はや!」
「ジョリジョリするか?」
「しない! そんなことより、白石さんどうしたのあれ? まさかと思うけど勝ったの?」
「いや、負けたからああなってる」
「ああ……」
杉元さんの言葉に、踊り狂う白石さんを見遣って溜息をついた。やはりギャンブルには向いていないから、お金は絶対に貸さないようにしよう。
「物欲センサー凄すぎて引きが悪いんだろうなきっと……」
「せんさー?」
「欲をかきすぎるのも考えものだねってこと」
そんな会話をしつつも、競馬場から引き上げてコタンへと戻っていく。八百長を指示したヤクザの親分が、キロランケさんを死に物狂いで探しているらしいという話だった。まあ親分にとっては大損だろうし、追いかけてくるのも納得だ。可哀想なことに、大量の葉っぱを手に踊り続ける白石さんは置いてきてしまったが、あの状態の彼を連れ戻すのも骨がいるだろう。存分に狂ったら自分の足で帰って来てもらうということで意見が一致した。
「そういえば、怜子はどうしてはぐれたんだ?」
アシリパさんが私の方へと振り返ってそう問いかける。それに対し、「アシリパさんが一人でどこかに行こうとしてたから、追いかけてたら見失っちゃって」と答えると、「怜子は寂しがり屋だな」と微笑まれた。自立している分完全に子供扱いするのも憚られるし、何より圧倒的に面倒を見られている側なので、「心配だったから」とは言いにくい。余計なお世話と言われればまあその通りなので、曖昧に笑みを返しておく。
「馬券売り場で会えるかと思ったんだけど、ひと足遅くてね……でもインカラマッがアシリパさんが戻ったって教えてくれたから、」
「ちょっと待て、なんでチロンヌプはインカラマッで私はアシリパ「さん」なんだ」
ぎゅっと眉根を寄せたアシリパさんが、不服そうに私の手を掴んだ。なぜ、と思いつつも「インカラマッにそう呼んでって言われたから……?」と答えると、アシリパさんはむっと口を尖らせる。
「私はあの女より前にお前と知り合っている」
「そうね?」
「じゃあ私のこともアシリパでいいだろ! そもそもお前より歳も下なんだから、よそよそしくするな」
そう言ってズンズンと先頭を歩いていく姿に、ハートを撃ち抜かれてしまった。若干彼女の耳が赤い。咄嗟に地面に倒れ込むと、慌てた杉元さんが私をキャッチする。
「うわッ! ぐにゃぐにゃしないで怜子さん!」
「だって〜……ウフフ……」
ニコニコしながら身体を起こした私を見下ろし、全く、と呆れた表情を浮かべた杉元さんは軍帽のつばをぐっと下げると、ぼそりと呟いた。
「俺のことも、もっと気安く呼んでいいよ……なんて」
「オイ怜子が息してねぇぞ!」