――小さい。小さすぎる。私の知っている現在とは、遠くかけ離れた姿をしている男の子。どうやら、私が居眠りを決め込んでいる間にお隣の阿笠博士とともに家に上がり込んでいたらしい。……いや、そもそもどうやって家に入ってきたんだ?
 幼い頃の従弟によく似ている小さな男の子を見つめ、はてと首を傾げる。親戚にはほとんど会ったことはないし、彼の弟というわけでもないだろう。そうであるなら絶対に叔母から「かわいい男の子を授かったわよ〜!」という報告があったはずだ。なら目の前のこれは、一体誰だ。

 博士と彼を交互に見つめながら黙っていると、目の前の少年は非常に険しい表情を浮かべ始める。子供のくせにとんだ迫力である。さてどうしたものかと考えあぐねていると、彼は睨みをきかせながらスッと手を前に突き出し、絞り出すような声で言葉を発した。

「何も言わずに聞いてくれ」

 いや何か言わせてくれよ。

「信じられねえかもしんねーけど、俺は……俺は、工藤新一だ」

 五年前に希咲が割った父さんの皿、庭にある植木鉢の下に俺が埋めてやったんだ。覚えてるか――私に対してだけ妙に恩着せがましいこの言い方は、間違いなく新一のものだ。しかしこんなファンタジーがあっていいのだろうか? だって、よく知る従弟がこんなに幼い姿で帰ってくるなんて誰が想像できただろう。幼い頃に工藤家に引き取られ、姉弟同然に育ってきたのだ。間違えるはずがない。お互いを誰よりも近くで見ていたからこその確信と、それに相反するリアリティ。とりあえず、私が言いたいことは一つだ。

「その姿がなんなのかは一旦置いておく。新一あんた、蘭のことミラクルランドに一人ぼっちで残してきたわけ??」
「……えーっと」
「蘭に嫌われても知らないからね」
「わ、わかったっつーの、そんな怒んなよ希咲……」

 狼狽える時の仕草も新一そのものだ。博士の発明かなにかでこうなってしまったのだろうか、とそちらを向けば、静かに首を横に振る。「まずは新一の話を聞くのじゃ」と博士は存外真剣な表情でそう言った。子供になってしまったなんてお笑いでしかないと思ったが、事態は思いのほか深刻らしい。さァてどこから話すかな、と腕組みをした新一は、整理がついたのかことの次第を語り始めた。

「実はミラクルランドで殺人事件が起こってな」
「ミラクルランドで殺人事件ってどんなパワーワードだよ」
「それは置いといて。……見るからに怪しい、黒ずくめの二人組がいてな、犯人じゃなかったんだが胸騒ぎがしてこっそり追いかけたんだよ。そしたらビンゴ、怪しい取り引き現場を目撃した。そこまではよかったんだが、後ろから殴られちまってな。その後……たぶん毒薬だな、薬を飲まされて目が覚めたらこうなってた」
「なるほど、新一が蘭を放置して消えた理由はわかった」
「オメーは蘭のことしか思考にねーのか」
「バカ、蘭から新一への心配メールがどれだけ心に刺さったと思う?? いくら推理オタクであれど、幼馴染の女の子をリア充の巣窟に一人ぼっちで置いてくるなんて……」
「だあから悪かったっつーの! 俺もこんなんなっちまって大変なんだよ! ちったあ俺の苦労も分かれってんだバーロー!」

 ジタバタと暴れ出した新一に博士と顔を合わせて苦笑する。「でこれからどうすんの」と問いかけると、正体は誰にも明かさない、という答えが返ってきた。博士とそう決めたらしい。

「新一が生きているとバレたら、奴らはまた命を狙いに来る。……希咲くんにはバレてしまったが、この際仕方ないじゃろう。このことはワシと君達だけの秘密じゃ。誰にも言ってはならんぞ。勿論蘭くんにもじゃ」

 剣呑な雰囲気に若干頭が痛くなりつつも頷く。よくわからないがヤバイことに片足突っ込んでしまったらしい。難儀な従弟を持ったもんだ、と自分達の未来を憂いていると、「新一! いるのー?」と蘭の声が聞こえた。

「え? 鍵は?」
「し、閉めとらん! いかん、早く隠れろ!」

 不用心すぎだろ。
 すぐ出てくしいいや、なんて思っていたのか知らないが、ここの住人が新一だけではないということを彼らは忘れているのだろうかと溜息をついた。
 ドアからひょっこりと顔を覗かせた蘭は、その愛らしいかんばせに花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「希咲ちゃん! 鍵あいてたから、勝手に入っちゃった」
「いいよいいよ、第二の家みたいなもんでしょ」

 こちらもまた幼い頃から見知っている、妹のような存在の子である。新一に密かに想いを寄せているのは、公然の秘密のようなものだ。私からしてみればなぜ早く付き合わないのか不思議に思うほどの両片想いぶりであるが、現状を考えると、かなり厳しいことになってしまったように思う。

 眼鏡によって事なきを得た新一、改め江戸川コナンは、博士と何かボソボソと語り合いながらちらりとこちらを一瞥した。1分足らずで秘密の相談を終えたかと思えば、なぜか実家ではなく、蘭の家である毛利探偵事務所に居候することに決めたらしい。新一の決めたことに口出しをするつもりはない。私よりも遥かに賢い新一の判断なら、間違いないだろう。
 彼らが家を出て行く時、「バイバイ、希咲姉ちゃん」と手を振ったコナンの姿に幼い日の新一の姿が重なる。――行ってきます、姉ちゃん。ちょっとだけ生意気で、でもまだまだ甘えただった頃の新一の姿と。思春期を迎えて名前呼びに変わったけれど、彼は今なお私のことを姉として接している。私にとっても、可愛い弟だ。正体や生死を明かせないほどの大きな悪に歯向かうことになってしまった弟に、私は信じて待つことしかできないのだ。

「……またいつでも遊びにおいで、コナンくん」

 死なないでね、生きて新一として戻ってきてね。その言葉を飲み込んで、私は弟を送り出したのだった。

ミッドサマーの目撃者

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