『毛利小五郎、またもやお手柄!』

 テーブルの上に置いてある郵便物に混ざる新聞の見出しに、またかと溜息をつく。顔馴染みのビールとヨーコちゃん大好きおじさんは今や東都、いや日本で知らない人はいないだろう有名な探偵へと様変わりしていた。それもこれも毛利探偵事務所に潜り込んだ、江戸川コナンこと工藤新一のせいである。「眠りの小五郎」なんて異名をつけられ騒がれているが、お隣の博士が開発した麻酔銃によって眠らされているので、異名というかそのままの状態を表した言葉になっていた。事件はすべて新一によって秘密裏に解決されているため、おじさんはこうして一躍有名人となったわけだが、怪しげな麻酔銃のせいでいつか死んでしまうのではないかと私は気が気でない。新一がなんの躊躇いもなく使っているところを見ると恐らく危険性はないのだろうが、心配なものは心配だった。アルバイト先が彼らの家の下の喫茶なのでちょくちょく様子を覗いているが、今のところ問題はなさそうで顔を見るたび安心している。

:
:

 某日。私は今、博士宅で従弟である新一と、博士と、初顔合わせの少女とともにテーブルを囲んでいる。私以外の三人は優雅に紅茶を嗜んでいた。人を置いてけぼりにして嗜むな。

「――てなわけで、灰原は組織の元研究員なんだ。今日から博士んちに居候すっから、何かとフォローしてくれると助かる」
「……あ、そう……。あのそれ、私が知る必要あった??」

 「博士の家に10分後に集合」との連絡を受けて来てみれば見知らぬ少女を紹介され。しかもその正体が新一をこんな状況に陥れた組織の、薬の開発者だという。灰原とかいう少女に対しては恨みもなにも感じないが、工藤家という怪物一家に紛れる平々凡々な私を巻き込む気満々な新一には平手を食らわせてやりたい気分だった。そこは別に「色々と事情があるから気にかけてやってほしい」とかでも良かっただろ。

「情報共有してたほうが何かと便利だし、灰原の身も守りやすいだろ」
「あんたもしや私の身の安全はどうでもいいとか思ってる? 相手はなんかヤバい組織だし、そこの元研究員を匿う一般人なんてすぐ殺されるし!」
「どうどう希咲、オメーは簡単に死ぬような女じゃねーだろ」
「やかましいわ!」

 ちょっとは人の身の危険を考えろよ! と憤っていると、ガチャンと陶器のぶつかり合う音が響いた。どうやら少女がカップをソーサーに置いた音のようだった。

「……別に、助けてなんて頼んでないわ」

 向かいのソファーに座る少女――灰原は、不快だと言わんばかりに眉間に皺を刻み、そう吐き捨てる。続けて「憎まれてる相手に手を借りるほど助かりたいわけじゃないの」と苦々しく呟いた。意味がわからず首を傾げていたが、どうやら勘違いをさせてしまったらしいと合点がいく。

「あのさ、私は別にあなたに対しては恨みなんて持ってないから。私が怒ってるのは、このバカが私なら死ななそうって思ってるのが丸見えだからだよ。……知ったからには見捨てるつもりも死なせるつもりもないからね」
「……なんでそんなことが言えるのよ。私、人殺しよ? 彼に飲ませたのは人を殺すために作った薬なのよ、結果的には死ななかったかもしれないけど。……殺されたって仕方がないような人間なのに」

 諦めたような顔でそんなことを言われては、たまらない気持ちになる。一体何を思って薬を作ってきたのか、組織を抜け出してきたのか、私にはわからないけれど。

「人を殺していい理由なんてないよ、それが例え殺人犯相手でもね。殺されても仕方がないと思ってしまうくらいのことをしたのだとしても、あなたが殺されていい理由なんてひとつもない。――別に協力しないなんて言ってないでしょう。私の出来る限りで、守ると約束するよ」

 だから簡単に死のうだなんて思わないでね、哀ちゃん。そう言えば、彼女は少しだけ目を見開いたのち、呆れを多分に含ませた溜息をついた。

「……そうね。工藤くんも私も、元に戻れるよう解毒薬を開発するまでは、ね」
「とりあえずの目標があるなら何より。……新一、ホンットーに私のことはあんまりアテにしないでよ。サポートできないことはないけど、それも日常面くらいだし、私が出来ることは微々たるものだからね」

 本当は新一にだって無茶はしてほしくないけれど、それを言って聞くような殊勝な弟じゃないのは私が一番知っている。戻らなければいけないことも、戻れなくては悲しませる人がいることも。けれど私が死ぬことは出来ないのだ。なぜならば、

「わーってるっての。知っててくれるだけ、助けになろうとしてくれるだけ、俺が頑張れるってだけだよ」

 ――絶対的な味方がそばにいることが、何よりも己の励みになるのだと知っているからだ。
 こう言われてしまっては、こっちは何も言えなくなってしまうというのに。

「……わかったよ、もう。あ、毒薬飲んで身体が小さくなってるだなんて普通は思わないだろうから、外には出られるよね。てことで哀ちゃんは私とお買い物行こうよ、日用品とかまだ揃ってないのあるよね?」
「ええまあ」
「土日がいいかな? 小学校には通うよね?」
「そのつもりじゃ」

 帝丹小には転入手続きを済ませてあるんじゃよ、と博士が胸を張る。胸よりも腹に視線がいってしまうが、気づかれないようそっと目を逸らした。もう少し健康に気をつけては如何だろう。
 自分でアルバイトをしていること、月々の生活費とお小遣いが学生にしてはずいぶんな額を渡されていることで金は貯まる一方である。なので哀ちゃんの服や日用品の代金は私も出す腹づもりだ。これも私が出来るサポートのうちである。

「じゃあ今後の予定は私が確認次第擦り合わせていこう。いいよね、哀ちゃん」
「……好きになさい」

 少し困惑気味の哀ちゃんは、それを隠すようにそっぽを向くのだった。

仮初めヒーロー

prev|back|next