人の口に戸は立てられぬ
――その日、行く宛もなく彷徨う一人の少女に出会った。
「随分と汚い格好じゃないか。年頃の娘とは思えないくらい痩せっぽちだね」
食べ物を求め、汚い路地裏のゴミを漁る姿はまるで猫か烏のように見えて、声をかけずにはいられなかった。放っておけば良いものを、しかしこれは性分なのでもう直しようもない。
彼女は小汚い顔をあげ、こちらを見つめている。存外絶望感は漂っていなかったが、まるで能面のような無表情は凡そ人とは言い難い。
「――……ある人に言われたの、私は自分の生き方を決められる自由を手にしているって。それがどういうことなのかを知りたくて、ここまで来たはいいけど。自由とは案外難しいものだね、私は自分自身の生き方すらわからない」
「おや、アンタ箱入り娘か何かかい」
「箱入りなんて可愛らしいもんじゃないさ、汚くて目も当てられない」
だからもう行かなくちゃと立ち上がった少女を引き留めたのは、野良犬のようだったあの銀色の男を思い出したからである。
「生き方くらい私が教えてやるさ。ウチで働きな、住む場所も紹介してやる。家賃と生活費、両方稼げて初めて自分で生きてけるってもんさ」
黙り込んだ少女の手を取り、家路へとつく。
道に迷った一人の人間を、お登勢は再び拾うのだった。
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この町、かぶき町へ流れ着き、スナックお登勢でバイトを始めてから一年が経過した。店の近くのアパートを紹介してもらい、お登勢さんの口利きで家賃も安くしてもらった。そんなこんなでバイト代でなんとかやり繰りしている。今ではスナックすまいるで黒服のバイトも掛け持ちし、休暇中に使い切ったお金を貯めているところだ。
幼少期より仕込まれた生き方しか分からなかった私が、町民として一つの所に馴染み、友人とも言える人達に出会えたのは、単に私を拾ってくれたお登勢さんのお陰だ。
「綴、今から上の奴らの家賃回収しに行ってきな」
「え、また私ですか?」
「アンタが一番建物に被害出さずに検挙するんだよ、さっさと行っといで」
首根っこを掴まれ、店の外に出されてしまう。まあたまとキャサリンさんは話し合いよりも実力行使に出るタイプで、それに比べたら私のほうが穏健派なのは確かである。ただあの銭ゲバの相手をするのは骨が折れるし、私は頭を使うことが苦手なので実のところ最終的には実力行使に出ているのだが、建物には被害を出さないのでお登勢さんには知られていないのだろう。
そんなことはまあいいか、と階段を登った先のインターホンを鳴らす。依頼が入らない限りは彼らは朝は遅めの起床だし、もう一人の社員はそれに合わせて出勤なのでまだ寝ている時間帯だ。何度か繰り返しインターホンを押していると、中から「うるせェェェェ!」という怒鳴り声が響く。
「新聞はとらねーっつてんだ……ろうが……」
「新聞配達の人じゃないよ。おはよう銀さん、家賃を回収しに来ました」
戸が勢いよく開かれ、額に血管の筋を浮かべた男が出てくる。この死んだ魚のような目をした銀髪の天パ男こそ、家賃滞納魔・坂田銀時である。
家賃滞納魔が死神に死の宣告をされたような顔で今度は勢いよく戸を閉めようとするので、すかさず足を滑り込ませて阻止した。
「ねェ! そんな金ねェから! 帰ってクダサイ!!」
「あるよ?」
「耳腐ってんの!? 顔の横についてるそれ飾りか何か!?」
喚き散らす家主を押しのけ、家に上がる。生活感満載のこの部屋も客が訪れればオフィスに早変わりだ。もっとも、私は客ではないし客として来たこともないので、オフィスとしてこの部屋が機能するところなど見たこともないのだけれど。
「さっきからうるさいアル……アレ、綴がいるヨ」
「おはよう神楽、寝癖凄いから顔洗うついでに直しておいで」
寝起きで状況の飲み込めていない少女は、のそのそと押し入れから出てくると目を擦りながら洗面所に向かった。それを見届け、銀さんのデスクの引き出しを漁る。今まで散々給料で揉めているだろうが、なんとなく幼気な少女の前で金銭の揉め事を見せたくないという道徳心が働くのだ。
「ほらあった」
「待て! 待ってくれ、それは家賃を三ヶ月分に増やすためにとっておいた元手で……」
「パチンコ負けまくってパンイチになる銀さん何回見たと思ってんの? 私なら幻の三ヶ月分より堅実な一ヶ月分をとるよウン」
「お願いィィ300円あげるからァァ!」
用事を終えた私は、ひしっとしがみつかれながら玄関へと向かう。慈悲を乞われてもこの家は私のものではないし、私自身もお世話になっている身だ。勘弁して欲しい、と腹にへばりつくモシャモシャの銀髪を見つめて溜息をついた。普段から鍛えているのだろう引き締まった身体は、筋肉がついているため重かった。このまま玄関まで行くのも嫌だったので、腕を振り払えば支えを無くした銀さんは顔から床に突っ込む。自業自得である。
「あれもう帰っちゃうアルか」と神楽が洗面所から顔を覗かせ、可愛いことを言うので思わず笑みを浮かべた。散々能面だの人形だのと言われてきた無表情が崩れ、こうしてまた普通に笑えるようになったのは、この町で人並みの生活を送れているからだろう。幼少期ぶりに笑えるようになった時、お登勢さんはとても喜んでくれていた。
そんな感傷に浸っていた時、思ってもみない爆弾が落とされる。
「そういや綴、こないだ変なのに追っかけられてたけどもう大丈夫アルか?」
神楽ちゃん私それ誰にも言わないでねって言ったよね。口止め料に酢昆布あげたよね。なんで言っちゃうかな……。
案の定、眉を顰めた銀さんが「何の話だ?」と興味を示してしまった。心配性というかなんというか……一度懐に入れた人間が困っていたら放っておかないのが、この町の人間、この町の万事屋なのである。