刺青は一生もの
事の発端は、私の休日に神楽と少し遠出をしたことである。かぶき町から離れ、電車を乗り継いだ所に有名な甘味処があったので、神楽を誘って出かけた。甘味処でお喋りに興じるのは女子ならではの楽しみと言っていいだろう。
「……それ、銀さん連れてってくれてもよかったよね」
「うるさい」
「ハイ」
呑気に過ごし過ぎていたのかもしれない。
スイーツにお喋りに、充分甘味処の良さを堪能した私達は店を出てぶらりと商店街を歩いていた。――尾行されていると勘づいたのは店を出てからそう時間も経たないうちのことだ。一人、二人、影が増えていくことに気づいてから入り組んだ路地に入ってその気配を探っていたが、どうやら神楽も気付いていたらしい。
『綴の客アルか?』
『……ごめん、巻き込んだ』
最終的に囲まれた時には、影は五人に増えていた。
いずれも侍のような装いだが、この気配は。
『気にすることないネ。食後の腹ごしらえにはいい運動アル!』
『腹ごなしね!! それまた食ってるから!!』
「――なーんてことがあって、でもちゃんと倒したし、そこからは追われてないからもう大丈夫だよ」
「綴、意外と強かったアル! びっくりしたネ!」
「ホント? 嬉しい〜」
かいつまんでの説明はあまりにも話せないことが多くて、随分と雑になってしまった。いや、話せないというより話したくないというのが本音だ。恐らく当事者の神楽でさえ事の全容はよくわかっていない。正直な話、一緒にいたのがあまり詮索しない神楽で助かった。
アレは侍を装った、私の同業者だ。
「呑気な奴だな、襲ってきた相手の検討はついてんのか?」
未だ眉間の皺がとれないその顔に、思わず苦笑する。諌めるような話し方も、その不穏な表情も、彼が自分の周囲の人間を大切に思っている証拠だ。要は心配してくれているのだろう、私のことを。申し訳ないと共に、むず痒い気持ちになる。
「うん、それはハッキリわかってるよ。そういえば銀さん達に話した事なかったっけ? 私が秘密結社に勤めてたこと」
「は? 秘密結社?」
「うん、小さい頃山奥で秘密結社の一員に拾われて、それからずっと。ちゃんと休暇届出したから暫くは普通に暮らしてたんだけど、休暇長すぎたかな? ていうか休暇届ほとんど置き逃げしてきたからそれがマズかったかな? なんかいつの間にか追っ手がかかるようになって……」
「オイなんか危ない匂いしかしねェんだけど」
「休暇取ったせいで貯金してたお金が尽きちゃったから、同じような仕事でバイトしてたんだよね。あっ、それからかも襲われるようになったの」
「明らかにそれが原因だよね確実に秘密結社の情報同業他社にリークされたって思われてるよね!!」
「なるほど、さてはスパイアルな!?」
「スパイってかただの馬鹿!!」
「そして報告しなかったお前も馬鹿!!」と目の前で神楽の頭がスパーンと叩かれる。私なんも悪くないアル、いいやお前も悪い、と目の前で交わされる応酬を眺めながらお茶を啜った。新八がまだ来ていないので私が台所を借りて入れたものだ。依頼者ではないが仮にも客に茶を入れさせるなんて、と内心呆れながらも最後の一口を飲み切る。開店までにまだ時間はあるが、それまでにやっておくこともそれなりにあるのでお暇するとしよう。
「それじゃ家賃は貰ってくね。私はもう店もどるから」
「チッ、しょーがねーな。なんか困ったことあったら依頼しろよ、溜まった家賃分ぼったくってやっから」
「じゃあナ〜」
律儀に玄関までお見送りに来た二人に、手を振って戸を閉める。神楽には迷惑をかけてしまったなと反省しながら、当分は目立つような行動は避けようと気を引き締めた。
銀さん達には秘密結社とか適当なことを言ってしまったが、似たり寄ったりなのでいいかな? いいか。
まさか、今になってまた組織から追っ手がかかるとは思わなかった。思い出したかのように差し向けられた追っ手だが、恐らく組織内部の私へ対する不満を抑え込もうと、追手を向かわせているという姿勢を見せるために送り出したのだろう。私は組織を裏切ったとも取れる行動をしてしまっているため、恐らく始末するかどうかで揉めているはずだ。しかし本気で私をどうこうしようというのならばもっとやりようがあったし、追っ手を差し向けた相手というのも直属の上司なのでそう心配することもない。
まあ大丈夫だろう、なんせ休暇だから。ちょっと同業バイトとかやっちゃいけないことしちゃったけど、休暇だから。なんとかなるなる。
うんうん、と一人頷いていると、「あれ、綴さん?」と声をかけられる。どうやら三人目の従業員が出勤してきたらしい。
「あ、新八。おはよう」
「おはようございます。ウチに御用ですか?」
「用事ってほどのことじゃないけど、家賃の回収にね。今終わったとこ」
「ヴッそうですか……」
気まずげに目を逸らした新八はすみませんいつも、と口元を引き攣らせている。万事屋ではあるが彼らは雇われている身だし、そもそも給料もろくに貰っていないようなので新八と神楽に非はない。やり繰りしなくてはならないのは世帯主である銀さんなのだ。その雇い主がパチンコで家賃滞納分を一気に稼ごうとするアホ野郎なので、お金の面だけで言えばとても可哀想な従業員達である。それでもあの人のところから離れようとしない理由は、私にも覚えがあるから分かるけれど。
「それじゃあ僕はあの人らの朝ご飯作りますんで」と母性を遺憾なく発揮した新八と別れて、溜息をついた。
――肩に彫られた、一生消えることのない烏の刺青を服の上から押さえつける。幼少期に刻まれたそれは、私が己が心を縛りつけるに至った理由でもあった。
私は八咫烏、「
「……いっそこのまま一生休暇の身でいつづけられたらいいのにな……」
できもしないことを呟き、現実逃避に走った。ただでさえ休暇届なんて馬鹿げたものを残して失踪した私を、見逃しているこの状況がありえないというのに。当然のように休暇届を受け入れているのは私を馬鹿だと思っているからか? 確かに今の首領にはお前は能天気で馬鹿だ阿呆だと言われていたが、それも幼い頃の話だ。もしやまだ、私は子供と思われているのだろうか。
「……否定したいけどありえるな」
なんせ、この町の人達ですら私をそう呼ぶのだから。