プロローグ
「私と旅したい人、だーれだ」
私と彼女が世界を旅する切っ掛けになったのは、彼女のこの一言だった。その日もいつもと同じ様に授業を受け任務を熟し、さて一日の終わりだ、映画を見るか、ゲームをするか、コンビニでも行こうかと悟と話をしていたときだった。彼女は、羽柴斎は、一年の殆どを海外任務に費やしており、校内で姿を見かけることがあまりなく、珍しく居るなと思ったら、お土産と称して何処かの部族のお面やら、ポストカードやらを置いて、また、硝子には現地で手に入れた怪しい煙草だか大麻だか(私にはその辺の知識は余りなかったし、何なら知らなくていいとさえ思っていた。勿論、それは今もだ)を渡していた。生憎、彼女はそれを“楽しんだり”はしなかったそうだが(今でも思い出の品として手元に置いているらしい。そんな怪しい物はさっさと捨てるべきだと言ったが、彼女は曖昧に頷くだけだった。何故?)、兎に角、トンボ帰りでまたどこかへ飛んでいくような人だった。そんな彼女が、今回の任務に相棒を連れて行きたいと言い出した。
彼女は既に夜蛾先生に相談済みで、私たち三人の中から選べと言われたそうだ。勿論、それに真っ先に反応したのが悟だった。それもその筈だ。彼女が任務と任務の間に話す“後日談”は、異国情緒の漂う、自分たちが経験したことの無いような(魅力的かどうかは個々の判断に任せるしかない。因みに、私はそれを少なくとも魅力的とは思わなかった)話ばかりだったからだ。
例えば、インドだったかカンボジアだったかで全長2メートル程の人食いワニに時速8キロで追いかけられた話(残念な事に、本当に残念な事に、私はそれをインドで体験させられた事がある。その話は長くなるのでここでは割愛する)や、中東で内戦に巻き込まれ目の前で自爆テロを起こされ死にかけた話(その時は流石の悟もドン引きしていた。それもそうだろう。呪術師が呪霊ではなく自爆テロで死にかけた、なんて話は聞いた事がない)や、メキシコに至っては麻薬カルテルの戦争に巻き込まれた話(基本的に彼女はいつもタイミングが悪かったと笑って話しているが、聞いているこっちはどう反応すればいいのか困る)を、さっきその辺で人懐っこい野良猫に出会ったんだけど、みたいな軽い口振りで話すのだ。
「俺が行く!1回、行ってみたかったんだ!」
「駄目」
彼女は速攻で否定した。
「君は自分が五条家の人間だって事をお忘れなのかな?君みたいなのを海外に連れ出して、危険な目に合わせてみろ。帰国した瞬間、私の首が飛ぶ。冗談でなく」
「そんなモン俺がどうにかする」
「駄目だよ。夜蛾先生にも言われてるんだ。君が居ないと対処出来ない任務があるとね」
「何でだよ」
「知らねーよ、私に言わんでください」
確かに、今の呪術界に於ける五条悟の存在は、無くてはならないものであり、海外任務で、しかも呪霊以外の原因で死にかけた、なんて話が出たとすれば、“上の連中”から何を言われるか分かったものではない。
「私はパース。お土産話で充分楽しめる」
硝子がそう言うのは分かっていたので、初めから選択肢は一つしか用意されていなかったのだろう。
「じゃあ、私が行こうか」
この頃の私は、自分でも何と言えばいいのか、兎に角、色んな事に懐疑的になっていた。だからだろうか、現状から打破する為なのか、それとも目を逸らしたかったからなのかは自分でも分からないが、彼女の旅のお供という提案を、少しは面倒だと思っていたが、悪い事ではないような気がして、乗ってしまったのだ。本当に、あの時の自分に言ってやりたい。やめておけ、と。
これが、私が彼女と世界を旅する切っ掛けになった話なのだが、正直な話、今でもこの時の自分に、着いていかない方がいいと忠告したくなる訳だけれど、残念な事に、覆水盆に返らず、後悔先に立たず、という言葉があるように、過去は変えられなのだ。私は荷造りも程々に、頼りないバックパック一つを背負い、ジーンズのポケットにパスポートを捩じ込んで、彼女と共にインディ・ジョーンズばりの“地球の歩き方“のページを捲ってしまったのだった。目指すは中東及び北アフリカに属するはエジプト。この時点で既に嫌な予感はしていた。
『君は、ピラミッドのある世界と、ピラミッドのない世界と、どちらが好きかね?』
もし、ジブリ映画に出てくる髭面の男に聞かれたとしたら、私はこう答えるだろう。答えは一つしかない。ピラミッドのある方だ、と。
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