エジプトから南イタリアへ
ジェット機に乗り込んだ。席は広く窮屈を感じさせない。帰国便は必ずファーストクラスのチケットを取ってやろう。この座席を知ってしまったからには、エコノミーはもう座れない。ふと、彼女の好きな映画を思い出した。
「まさに皮肉だ。今流れてる曲は飛行機事故で死んだバンドのヒット曲だ」
レーナード・スキナードのスウィート・ホーム・アラバマが脳内で流れる。
「それ『コン・エアー』のセリフ?」
「まあね」
「スティーヴ・ブシェミならあそこに居るよ」
「アレは偽物。サイコパスの役を演じるにはテンションが高すぎる」
「確かに。どうする?このジェット機がコン・エアーだったら」
「真っ先にインスリンの注射を探すよ」
「いいね、それ。とりあえず、空港に着いたら真っ先にモーテルを探そう。シャワーを浴びて一眠りしたい」
飛行機が動きだした。この砂漠ともサヨナラだ。二時間もしないうちに空港に着いた。ただ巻き込まれただけのタクシー運転手、トラヴィス。スピード狂なのはこれからも変わらないだろう。安全運転しろよ、なんて事を言った。全ての元凶と言ってもいい現地の案内人、ジョニー。ただのバカ。二人と握手をして別れた。元気でやれよ。なんて声を掛けあった。彼女もいつもと変わらず、握手をして手を振ってサヨナラと言った。私に満面の笑みを見せて。嫌な予感がする。スターウォーズと同じくらい、嫌な予感がする。
「さて、夏油くん。このエジプト任務はどうだった?」
「まあ、悪くなかったかな」
「そうだろう、そうだろう。そこで、だ」
おい、やめてくれ。私を日本に返してくれ、頼むから。
「次の行き先が、決まりました〜!ドンドンパフパフ!やったね〜」
別れの余韻に浸ることなく、そんな事言わないでくれ。携帯のメール画面を見せないでくれ。差出人は夜蛾正道となっていた。あの人は鬼なのか?
「嬉しくない。私は、日本に、帰りたいんだ」
「それは無理だぜ、ベイビー。なんてったって、次の任務地は〜〜〜〜、南イタリア!パスタにピザにワイン!トマト料理を食べ尽くそう!」
悟、硝子、帰国はまだ先になりそうだ。私は彼女と南イタリアまで行くそうだよ。そろそろ和食が恋しいんだが。
「まあまあ、ファーストクラスだから。大丈夫だよ」
「ファーストクラスに乗って、日本へ帰りたいんだ」
「日本に帰る前にちょ〜っと南イタリアへ遊びに行くだけだよ。だいじょーぶ、だいじょーぶ」
何も大丈夫じゃない。どうせまた何かやらかす。そして帰国が遅れる。学習したんだ。彼女と居ると、予定にはない問題が起きる。
「次の出発まで余裕あるから。とりあえず近場のモーテルへ移動しよう」
私は彼女の言葉に従った。何を言っても、結局は彼女の言う通りになるのだから。空港からほど近い安モーテルは、ベッドルームとシャワールームがあるだけの簡素な作りをしていた。彼女が報告書、というか旅の思い出日記を書いている間、私はさっとシャワーを浴びた。お湯があまりに熱くてシャワーヘッドを握り潰してやろうかと思った。温度調節が上手くいかず、熱湯を浴びて、冷水を浴びる羽目になった。何の呪いだ、これは。ベッドルームへ戻れば、彼女は消えていた。あのバカどこへ行ったんだ。そう思うも、体はベッドへ沈んだ。探しに行く元気など無かった。スグル、あなた疲れてるのよ。スカリー捜査官の声が聞こえた気がした。
ラクダに乗った男の置き物。顔はどことなくスティーヴ・ブシェミに似ている。いや、スティーヴ・ブシェミというより偽トラボルタのジョニーに似ている。その置き物が二つ。目が覚めて、まず視界に入ってきたのがそれだ。腹の立つ顔をしている。
「何これ」
「悟と硝子にお土産」
「もっとマシな物があっただろ」
「でもコレが一番気に入ったから」
「二つも買う必要あったか?」
「一つは予備。というか、嫌がらせだね」
「……もう出発?」
「ファーストクラスのチケットをもぎ取った!というか、石油王に頼んだら貰えた。で、現地の案内人だけど」
「必要ない」
「……で、現地の案内人だけど」
「必要ない。私たち二人で行こう」
「ほんとに〜?それでいいの〜?」
「ほんとに、それでいいんだ。もうジョニーもトラヴィスも必要ない」
「分かったよ。じゃあ、荷物もって空港へ出発進行」
南イタリアは呼んでいる。彼女と私のグルメトリップ。何も起きない事を願うが、それはきっと無理だろう。何故なら、同伴者が彼女だからだ。何事も諦めが肝心だって、誰かが言っていた。私はため息を吐いて安モーテルの部屋を出た。もう二度とエジプトには来ないと心に誓いながら。
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