任務地
現場に到着したのは、ジョニーの言う通り昼頃だった。砂漠のど真ん中に、巨大なコンテナやテントが幾つも並んでおり、まるで一つの都市のようになっていた。
「なんかアレだね。インディー・ジョーンズの1作目みたいだ」
「あー、確かに。そう言えば『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』も舞台がエジプトだったね」
呪霊討伐に至るまでに、そういう面倒が起きない事を願うばかりだ。
「でもまぁヒマラヤ経由してないから、大丈夫だよ。ゲシュタポのスパイも居ないし。そこは安心だよね」
彼女は今まで映画みたいな経験を沢山してきたのだろうが、一々、何かの映画を例えに出してきたのだろうか。そんな事をふと思った。何も考えていなさそうな表情で、彼女はここでも映画オタクの知識を発揮している。
インディー・ジョーンズの1作目の舞台がエジプトだと私が知っていたのは、つい最近それを見たからであって(もちろん、DVDを借りたのは悟だ。彼がツタヤでレンタルしてきたのを何となく一緒に見て、結局、最後まで見てしまった。まぁ、この先、悟がツタヤでレンタルする事はないだろうが。彼のTポイントカードについては、帰国した後で少し話し合う必要があるかもしれない。殴り合いの喧嘩にならない事を願うばかりだ)、決して私は映画オタクではない。
彼女の好きそうな話題が映画以外に見つからないだけだ。それはそれで、どうなんだとも思うが。彼女の安心するポイントが一般人とズレているのは昔からなので、私は何も言わなかった。
私たちが到着してすぐ、現場に残った作業員たちがテントからワラワラと出てきた様子は何処か滑稽だった。ジョニーが現場監督と思われる人物と話をしていた。結局、得られた新しい情報は特になかった。流石に、呪力のない一般人に着いてきて貰う訳にもいかなかったので、避難してもらった。避難というか、いつでも逃げ出せるように荷物をまとめて貰った。丁度、その時に何処かの石油王がヘリで飛んで来たが、相手をするのが面倒だったので彼女と二人で出入口であるトンネルへと足を運んだ。片手に松明を持って。いよいよ、インディー・ジョーンズらしくなってきてしまった。
「さっきのヘリ、石油王のだよ。見た?」
「見た。ヘリ以外にも飛行機…?アレ、なんて言うんだ。何機か着陸してたね。帰りはアレに乗って帰ろう。もうタクシーには乗りたくない」
「プライベートジェットってヤツ?フカフカのソファに座ってシャンパン飲んで、気が付いたら空港に到着してる。と、いいな……」
願望は、ただの願望であって現実になるかは分からない。二人揃ってため息を吐いた。トンネルを進み、かなり奥まで来た。途中でいくつかの死体の一部を見つけた。服装から見て、作業員の誰かだろう。他は既に食われているのだろう。
「エクソシストだっけ。神父は残ってるかな?」
彼女が呟いた。残念な事に、神父も既に息絶えていた。プロテスタントではなく、カトリック系なのかカソック姿の男がロザリオを握り締めていた。
「……ダメだったらしい」
遺体はそこまで酷くはなかったが、この先を思うと、神父を運び出すという選択肢は私にも彼女にもなかった。それより先に呪霊を見つける方を優先させるべきだったからだ。彼女はロザリオを手に取った。
「私は無神論者ではないけど、不可知論者ではあるからね。目に見えない物は信じないんだ。呪いは信じても、神は信じない。でも、この神父は違ったワケだ。神を信じ、その身を神に捧げ、人の為に生きた人なんだろう。きっと。どうか安らかに。アーメン」
十字を切る彼女の横顔は敬虔な信者にも見えた。松明の灯りが少し揺れた。道は一本しかなく、トンネルの内部は木や鉄骨を組み合わせたような形になっており、これらの骨組みが折れれば一瞬にして生き埋めになるだろう。派手に動けそうになく、等級の高い呪霊だと圧倒的にこちらが不利な状況だった。
トンネルを抜けると……という書き出しで始まる小説は、そこは雪国な訳だが、ここは違った。大きな一つの部屋が広がっており、そこに幾つかの棺が並んでいた。このどれかがアタリなのだろう。作業員たちが使っていたと思われるランプや松明に一つ一つ明かりを灯していく。
「面倒な事にならないといいね。不用意に動くと、この空間が砂で埋まる。嫌だなぁ。ここで死ぬのは」
「それは同感」
彼女は術式よりステゴロで戦うタイプだった。拳に高密度、高質度の呪力を纏わせて殴り、一気に畳み掛ける。一発が重く、よく建物なんかを壊しては始末書を書かされるらしい。勿論、拳銃や刀、その他にも呪具を色々と用いたりもするが、結局は接近戦、専ら、殴る蹴るのシンプルな戦いを得意としていたので、この状況では彼女は大きく動けないだろう。
「ライフルとか持ってくるべきだったか。いや、それこそ生き埋めか。でもなぁ……拳銃一つじゃ心許無いよ」
「相手の出方次第だろう?まぁ、私もここでは死にたくないが」
「任せたよ、傑」
「あぁ、任された」
結果から言うと、二級程度の呪霊だったので簡単に祓った。ここが都市の中心部だったら、被害はもっと大きく時間もかかっただろう。余りにもあっさりと倒せてしまったので、寧ろここに辿り着くまでの苦労を思うと、何処かやり切れない気持ちになる。呪霊本体がミイラに取り憑いて動いているだけで、棺には問題なかった。ゲームの敵キャラのように、包帯まみれの骨が動いている様子は少し面白かった。
「……コレで終わり?」
「そうなるね」
「たったの、コレだけ?ホントにぃ?」
言いたい事は分かる。彼女の声が裏返ってしまうくらい、あの呪霊は弱かった。これ以上、ここに居たら彼女がまたバカをやらかして問題を増やしかねない。こういう場合は、早く撤収するに限る。
「生き埋めになる前に帰ろう」
遺跡というか、墓場というか。何時までも辛気臭い場所に居ても仕方がない。彼女はとても残念そうな顔で何度も後ろを振り返っていた。その度に、私は彼女をせっついて歩を進めた。トンネルから出ると、矢張り日差しが強く光が目に刺さった。
「何か問題でも起きましたか?」
例の石油王だ。高そうなスーツ、高そうな靴、サングラスまで高そうに見えた。ジェームズ・ボンドのような格好をしていた。今にも内ポケットから拳銃を取り出しそうだった。
「いや、問題は解決しました」
「もう襲われる事はありませんよ」
「…呪われた棺は?」
「後でこっちの人間に回収させます」
「そうか……大金を掛けた意味がなかったな」
「死亡者が出たのに?」
「だからだよ、ミス。死人は何も産まない」
中世の銅像のように白い歯を見せた男は、彼女に微笑んだ。
「残るのは思い出だけ?」
「私と彼らに共通の思い出はないよ」
鼻持ちならないクソッタレ男め。彼女も似たような事を思ったのだろう、小さくため息を吐いた。
「呪いは消えた。後は好きなように」
「ありがとう、お陰で助かったよ」
男はそれを言うなり、作業員たちの方へ声を掛けに行ってしまった。普段から誰かに命令するのが当たり前のような態度だった。
「アレとは友達になれそうにないな」
どれだけ見た目がよくても、中身がアレではな。自分のクソ加減を棚に上げたのには目を瞑る事にした。
「友達になりたかったの?」
「いいや。でも、誕生日プレゼントに油田を貰えたかも」
「今ならまだ間に合うかな。油田はムリでも、飛行機には乗せてもらえるかも」
そうだった。暑さで帰りの事が頭から抜けていた。ここから空港まで、またあのタクシーに乗るのは御免だ。トラヴィスには申し訳ないが。あの目立つモヒカン頭を探したが、何処にも見当たらなかった。
「よう、ダーリン」
誰がダーリンだ、このバカ。
「もう終わったのか?」
「まあね」
「……誰か死んでた?」
「顔がなかった」
「もういい。何も聞きたくない」
ジョニーが顔を顰めた。その表情は、やっぱりスティーヴ・ブシェミによく似ていた。
「ドライバーは?」
「アレに乗ってる。空港まで送ってくれるってよ」
勢いで彼女とハイタッチした。
「やったね、相棒!ジェット機に乗れる!」
「もうすぐ出発だぜ。俺も乗せてくれんだってよ」
そんな事を話しながら、ピカピカに磨き上げられたプライベートジェットの方へ向かった。このバカを詰め込んだようなエジプト旅行も、もう終盤に来ていた。
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