番外編 : 旅行鞄 後編
郵便箱が歪み、窓が割れている。大きく騒ごうが意味はない。伏黒は深呼吸を一つして、玄関の扉を開いた。
「よぉ、兄ちゃん」
「タイの女の子、知ってるよなァ」
「おっと、手が滑っちまった」
ごちゃごちゃと煩い。三下の雑魚が吠え回った所で、何になる。一発殴られてやったのは、向こうに花を持たせる為だ。先に手を出した方が負け、という言葉もある。
「素人さんに手ェ出すな!」
スーツ、サングラス、腕時計、革靴。どれもブランド品だろう。雑魚とは違う。岸和田会の幹部の人間だろう。男が一喝して雑魚共を蹴散らした。教育のなってない組は、こちらが手を出さずともいずれ潰れる。これが――組なら、五条さんの率いている部下たちなら、伏黒に手を出すような事はしなかったはずだ。
「すいません、コイツら頭悪くて」
「……アンタらに話す事なんて、何もないッスよ」
「俺らは草壁さんに頼まれて、お嬢さんを迎えに来たんですよ。ここに居るんでしょ?」
「知りません」
「おかしいな。この携帯に、ここから電話が入ってたんだけど。着信履歴、確認します?」
咲菊が言ってたのは、この事か。生者の声は呼び寄せる。メオはここから草壁に電話をした。人は抑圧されれば抗う。悲しい事に、時として約束と反故は表裏一体なのだ。
「……ま、いいですよ。今日はご挨拶に来ただけなので。また出直しますよ。探偵さんにも、よろしく言っておいて下さい」
誰が言うか、クソ野郎。幹部の男が、他の連中を連れて車に乗り込んだ。そのタイミングで、五条の部下である伊地知が曲がり角で車を待機させていた。咲菊の指示で尾行するのだろう。今は相手の情報収集が先決か。伏黒がそんな事を考えていた時、咲菊が一枚のメモを持ってきた。
タンテーさん、助手さん、他にも沢山の人のが協力してくれたの、とても嬉しかったです。
黙って出ていってごめんなさい。
お父さんはメオが探します。
優しくしてくれて、ありがとう。
みんな、大好きです。
サヨナラ。
メオ
「やられたよ。ほんの一瞬スキを付かれた。私のミスだ。歩いていったから、そう遠くへは行けないはずだ。とにかく探し出してほしい。さっきツメから連絡があった。黒幕は三河という男だ。岸和田会の企業舎弟としてハローコーポレーションという金融会社を経営している」
「やっぱり、ヤクザが黒幕か。なあ、咲菊。草壁の着信履歴からメオの位置は割り出せないのか?」
「……大当たりだよ、恵。クラブウェストの下にあるコンビニ。そこの公衆電話からだ」
「分かった」
「恵、一人じゃ危険だ。応援を待ってくれ」
「俺は探偵の助手だ。何だってやる」
伏黒は形振り構わず走った。応援を待っている間に、メオが連れ去られたら?メオも草壁も殺されて、岸和田会はこれからも同じような事を繰り返すだろう。そして、いつか自分の知っている人間が、岸和田会の連中にやられたら?そんな事、あっていい訳ないだろうが。それに、メオを傷つけた。まだ、謝ってない。探す理由なんて、その程度でいいじゃないか。
「……メオ!」
「助手さん、なんで?」
「帰るぞ」
「だめ。メオが行かなきゃ、お父さんが」
「アイツらに連絡しただろ。金を渡したら、それこそ用済みになっちまう」
「でも」
「いいから!」
二人のやり取りを切り裂くように、フルスモークの車が突っ込んできた。岸和田会の連中だった。咲菊も言っていたが、彼らは予想している以上に動きが早い。
「クソっ、逃げるぞ」
伏黒はメオの腕を掴んで走り出したが、進行方向にも一台の車が止まっていた。完全に囲まれた。メオを守りながら数人を相手にするには、どう動くのが一番いいか。メオを壁際に寄せ、伏黒は頭を回す。その時、目の前の車が何かに激突された。見た事のあるハイエースだ。
「ヤクザって、どこ行っても元気がいいよね」
――組には双璧と呼ばれる人間がいる。一人は若頭の五条。そして、もう一人。五条と対等の立場にいる唯一の人。夏油傑。最近は関西の方で仕事をしていると、五条が言っていた。
「……夏油さん!」
「や、久しぶりだね。悟から色々と聞いてるよ。車、乗りな」
夏油は部下を下ろし、岸和田会の連中を潰させた。車は五条の事務所へ向かっていた。伏黒は事務所の奥にある救護室へ行かされた。メオが覚束無い手で傷を消毒していく。
「……助手さん、怒ってる?」
「まあな」
「でも、メオが行かなきゃお父さんが殺されちゃう。そんなのヤダ。もう大切な人、なくすのヤダよ」
「……アンタ、馬鹿だな。咲菊に依頼したんだろ?咲菊も俺も、どんな手を使ってでもアンタらを助ける。アンタは俺たちを信じてればいいだけだ」
言っている事は、初めと何も変わらない。探偵と探偵助手は、依頼を受けると決めたなら、依頼人の為なら、どんな手だって使う。事件は必ず解決させる。それが咲菊と伏黒の、たったひとつの冴えたやり方だ。メオは伏黒の手を取った。
「……なんだ?」
「チャルニー、メオの本当の名前。もう、黙って出ていったりしないよ。だから、メオが魔物に連れてかれないように、覚えてて」
「……ああ」
伏黒は剥がれそうになった絆創膏を、指で抑えた。魔物がなんであれ、咲菊と二人なら大丈夫だ。
「めっぐみ〜、怪我したってマジ?」
五条がガチャガチャと音を立てながらドアノブを回して入ってきた。
「んはは、だっせー絆創膏だね」
「うるさい……」
「お迎え来たから、その子連れて帰りな」
伏黒は、考える。自分がなぜ今ここにいるのか。どうして、――組が、五条がこの事件に手を貸したのかを。ヤクザは私情では動かない。
「あの」
「ん?」
「なんで助けてくれたんですか?」
「なんでって、恵は咲菊の友達でしょ?相棒か。ま、なんでもいいけど」
「五条さんは、身内とその友達なら助けてくれるんですよね」
「そうね」
「咲菊は身内じゃない」
「彼女は――組の、ていうか、僕個人の仕事仲間だ」
「もし俺が、俺個人が五条さんの身内だったとしたら、助けますか?」
「……何が言いたいの?」
「お願いします、俺と盃を交わしてください」
「あのさぁ、学生は組に入れないって知ってるよね。僕が恵を使ってるのは甚爾の借金の返済の為だよ?そこ、勘違いしたらダメだろ」
「組に入りたいんじゃない。兄弟盃を、交わしてほしいんです」
「……なんで、そこまですんの?」
「俺自身の為です。俺はメオを傷付けました。このままじゃ、自分で自分を許せません。せめて、依頼人に信じてもらえるようになりたいんです。でないと、咲菊にも不誠実なままだ。今のままじゃ、俺は何も出来ません。虫がいい話なのは分かってます。けど、お願いします」
伏黒は咲菊が居なければ、ただの不良でしかない。ムシャクシャして、適当にチンピラに当たって。それで、誰かを助けるなんて絶対に無理だ。今日だって、夏油さんが居なかったら今頃どうなっていたか。自分自身にケジメを付ける。咲菊と対等の立場に、隣にいる為に。その為だったら、伏黒は五条ですらも利用する。
「なんでこう、あー、もう!」
「お願いします」
「……分かったよ。盃事は明日の朝一ね。咲菊も呼びな」
五条は部下たちを集めて、準備をさせた。伏黒がメオを連れて咲菊の家へ帰ったあと、夏油は五条と話をした。
「……良かったのかい?」
「しょーがないっしょ」
「まだ学生だ。上がうるさくなるよ」
「大丈夫だって」
「悟の大丈夫は信用ならないからな」
「咲菊に頼まれちゃったからね」
「……あの探偵、ウチに引き入れる気?」
「何回も誘ってるし、何回もフラれてる。この僕が、だよ?」
関東最大勢力の――組、その中でも双璧の誘いを断る事が、どういう事なのか理解できない咲菊ではない。しかし、咲菊はどこまで行っても探偵であり、咲菊の助手は伏黒しかいない。
「こういう業界では珍しい、いい子だ。とくに、悟を振るあたり。可愛がりたくなるのも分かる」
「でしょ?恵は悠仁の刺激になる」
「若い人材に使えるのが多いのは、悪い事ではない、か」
五条は、ここ数年で使える人材を集めていた。夏油と共に――組を抜けて、新しく自分たちの組を作ろうと思っていたからだ。その為には、使える人材を揃えておく必要があった。だから甚爾の借金を肩代わりしてやり、甚爾と恵を自分のテリトリーに入れた。虎杖悠仁に関しては、ヤクザとカラーギャングの抗争中に見つけた人材だ。五条の審美眼が曇った事は一度もない。だから、拾ってくる事に関して、夏油は一度も口を挟んだ事はなかった。何にせよ、明日が楽しみだと夏油は思った。
「姐さん、兄貴!」
「御足労頂きやした!」
咲菊と伏黒は、揃って五条の事務所に入ってきた。モーセの海割り、再び。事務所の両端に並ぶ電柱たちを気にせず、咲菊と伏黒はまっすぐ五条の方へ向かう。さながら、バージンロードのように。両端に並んでいる中には、甚爾や夏油、虎杖も顔を見せていた。
「それにしても、恵も無茶するよね。――組に貸し借り無しで手助けしてもらう為に、自分からヤクザになるとは。それでも、忘れるな。恵は私の助手なんだから……聞いてる?」
「聞いて……着物、似合ってる」
「礼服が必要だと聞いてね。それもヤクザの盃事なんだ。スーツや制服じゃ味気ないでしょ。にしても、顔ぶれが顔ぶれなだけに、緊張感に欠ける」
「……仕方ないだろ」
咲菊が端の列へ移動し、正式に始まると空気は一気に締まる。部下の一人が赤い盃に日本酒を入れ、一礼する。それぞれ盃を受け取った。
「ベン・ハーって映画、見た事ある?」
「はい」
……アレをやるのか。五条と伏黒が腕を組んで、盃を飲み干す。台の上に重ねて置いた。咲菊が立ち上がり、五条に向き直る。
「恵をよろしくお願いします。願わくば、この義兄弟の関係が、病めるときも健やかなるときも、失礼、乾いた方法論的なものだけで終わらないように祈っています」
「はあい。それじゃあ、締めを頼んでいいかな?」
咲菊が部屋にいる全員を見渡した。ここにいるヤクザ連中は、軽い気持ちで集まったのではない。新しく家族を迎える事に対して、一心同体の覚悟を持っている。そんな彼らを咲菊は尊重したいと思った。たった一人の自分の助手が、たった一人で決めた答えを、蔑ろにしないために。
「それでは、皆様。御手を拝借。よーお!」
事務所に響く一つの音により、伏黒が五条の義理の弟となった事を証明した。五条は早速、伏黒と虎杖を引き合わせていた。その間、咲菊は夏油と話をした。
「ウチの悟がお世話になってます」
「こちこそ、恵がこれからもお世話になります」
「咲菊はもう知ってるんだよね、ウチの事」
「近いうちに、新しくなるって話かな?」
「そう。そこで、だ。私たちの専属顧問になる気はない?」
「世界で唯一の顧問探偵。それもヤクザの顧問か」
「君の能力を買いたいんだ。私と悟を代表に、他の使える人材がごっそり抜けた――組は、真っ先にウチを狙ってくるだろうからね。きっと、刺激の強い毎日になると思うよ?ただし、一般人には戻れないけど」
「構わないよ」
「……そんなに簡単に決めていいの?」
「恵がそっちに着いたんだ。なら、私も行く。簡単な事だと思うけど。助手のいない探偵なんて、探偵じゃない」
「そうか。咲菊は恵の事、愛してるんだね」
「……惜しいね。私と恵は、愛し合うもの同士なんだ。いつだって対等の立場にいる」
咲菊は夏油を真っ直ぐ見つめる。夏油は少し困ったような表情をした。なるほど。コレに弱い悟と恵の気持ちが分かった。
「……じゃあ、悟にも伝えておくよ」
「うん」
伏黒は挨拶を終え、事務所の空き部屋で待機していたメオの元へ向かった。
「助手さん」
「咲菊から預かってた。アンタの母親の携帯だ」
「お父さん……お父さんさえいれば、メオ何もいらないよ」
伏黒はソファの端に置かれた旅行鞄を見て、ある一つの提案が浮かんだ。そして、コレは大博打になる事にも気付いた。
「この二億円、俺にくれ。提案があるんだ」
伏黒は咲菊を初めとする、今回の依頼に関わった人間を集めて話し始めた。
「そもそも、この二億円は草壁が三河を通じて岸和田会から洗浄を依頼された、オモテに出せない金だよな」
「うん。三河は岸和田会が流した三億のうち、一億を着服。自社の運転資金に回した。そして、事件の露見を恐れ草壁に横領の罪を被せて、残りの二億も懐に入れようと画策。メオが金を持って行方をくらましていた間、三河も草壁に手出しは出来なかった。でも、今は三河は草壁の身柄と引き換えに金を要求してくるはずだ。でも、そうした所で草壁とメオの安全は保証できない。ヤクザのフロントがそんな生ぬるい事をする訳がないからね。つまり、八方塞がりだ」
「いや、違う。一つだけ手がある。この二億、俺たちで使えばいい」
「……ああ。恵って、どうしてそんなに無茶な事ばかり思いつくのさ。この前の飛躍会の時もそうだったけど」
「駄目か?」
「いや。現状、出る中では最前の策だと思うよ」
「……それで、僕らは何をすればいい?」
五条は伏黒と咲菊に試すように言った。咲菊は伏黒の考えが分かったのだ。つまり、そのまま二億円を使ってしまう作戦だ。五条の部下に指定の銀行へ行かせ、二億を捌いてもらう。それからは人海戦術だった。きっかり、一円のズレのない、二億円ぶんの利用明細。それを集める作業に思いのほか時間を取られたが、それでもギリギリ間に合った。人海戦術の中には、ツメもカウントされていた。咲菊はツメに指定銀行の電話回線を弄るよう指示すると、
「咲菊って、意外と陸軍肌だよね」
という答えが返ってきた。ツメもメオの事が心配だったらしい。咲菊は家へ戻り、二億円ぶんの札束を一枚ずつ茶封筒に入れる作業に没頭した。五条や夏油は利用明細を回収し、咲菊たちに渡す。咲菊は二人に茶封筒を渡す。その繰り返しがずっと続いた。
「お前、思いのほか博打ウチだよな」
甚爾は伏黒をまじまじと見て、一言そう呟いた。
「アンタにだけは、言われたくない」
咲菊は利用明細の計算をしていた。きっかり二億円ぶん揃ったのを確認した。伏黒がメオの持ってきた旅行鞄に利用明細を詰め込んでいく。初めは札束が入っていたのに、今は利用明細に姿を変えている。ある意味、壮観だった。この前は一ヶ月かかって、ようやく一億だった。今回は二億。二億の資金洗浄だ。それも、ほんの数日で。自分の提案がここまで、すんなり通るとは思っていなかった。
「それでは、行こうか」
向うのは岸和田会の企業舎弟、ハローコーポレーションだ。伊地知が運転し、助手席に五条が座る。後部座席に咲菊と伏黒が。
「いらっしゃいま、せ……あの、ご予約は?」
「五条悟が来たって伝えれば分かるよ」
受け付けの女性が確認を取り、二階へと通された。三河と部下二人が待っていた。
「約束のものを持ってきた」
「ようやく聞き分けていただけたようで」
部下が鞄の中身を確認をした。その瞬間、咲菊はツメへ連絡した。
「なんだ、これ……」
「二億円を小口に分けて、草壁正也の口座に入金した。週明け、月曜日の朝一番にそこから岸和田会の口座に送金する」
「そんな事、本人の承諾もなしに出来る訳がないだろう」
「いや、出来るよ。私の友人は優秀で、仕事はハイクオリティなんだ。銀行のシステムをクラックするくらい、簡単なんだよ。この前、ニュースでやってたらしいね。ハッカー集団がイタズラした事によって、銀行のシステムの脆弱性が明らかになったって。ほら、そこのパソコン画面を見てみなよ。流石、ハイクオリティ。仕事が早い」
「……急いだ方がいい。もうすぐ銀行が閉まる時間だからな」
「んじゃ、頑張ってね〜」
三河の部下は銀行へ連絡したが、ツメが予め銀行の電話回線を弄っているので、電話はかからない。
「ダメです、繋がりません」
「……クソガキ!」
三河の怒声を後ろに、咲菊たちは部屋を出た。運転席で顔を青くしていた伊地知は、戻ってきた三人を見て息を吐いた。車は指定した銀行へ向かっている。五条は夏油に合流するよう連絡していた。
「咲菊ちゃん、僕に話してない事あるね?」
「……なんの事だろう」
「ハイクオリティのメンバーと知り合いなの?」
「友達だよ。優秀なハッカーを集めて遊んでたら、いつしかチームになった。で、友達はリーダーをしなきゃいけなくなってダルいって言ってた。ちなみに、銀行をクラックするには前もって準備が必要だから、今回は無理。岸和田会に金は送れない」
「……ハッタリもここまで来ると、詐欺だな」
「日本で叔父に教わったんだ。恵にも教えたろ?銀行口座の名義人は草壁本人。月曜の送金を阻止するには銀行が週の取引を終える今日このタイミングで、草壁本人をここに連れてくるしかない。で、三河が問い合わせるのを防ぐために銀行の電話回線をツメに細工させた」
「……咲菊、探偵辞めて詐欺師にもなれば?」
「詐欺師は叔父だけで充分だよ」
フルスモークのハイエースがやってきた。見れば分かる、ヤクザの車。草壁と三河、それから何人かの部下が降りてきた。
「傑の方も着いたみたいだね。あの革ジャン、ボロボロにしてやーろおっと」
咲菊と伊地知は車内で待機していた。五条と伏黒が瞬殺した。なんなら応援として呼ばれた夏油と虎杖は、ボケっと突っ立っているだけだった。捕まっていた草壁は自由になり、夏油の乗っていた車で待機していたメオがやって来た。
「お父さん!」
「メオ!」
遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「てっしゅ〜」
五条のふざけた声が銀行の駐車場に響いた。伏黒は、未だ岸和田会の連中をタコ殴りにしていた。
「恵、もう辞めたら?」
「……咲菊、コイツだ。家の窓割ったの」
「郵便箱を歪ませたのは?」
「それは向こうで伸びてる」
「なるほど。じゃあ、もういい。これ以上、ここに居たら警察の厄介になる。それは恵も本意ではないはずだよ」
「……了解」
まあ、何はともあれ。依頼は遂行された。伏黒がヤクザになり、咲菊がヤクザの顧問探偵になり、二億の資金洗浄をし、銀行の電話回線を弄り、ハローコーポレーションをハッキングし…………犯罪に犯罪を重ねて上から圧縮させたような、無茶な解決方法だったが。とにかく、一件落着だ。
後日談として特筆すべき事は何もない。いつもと同じ日常が、繰り返されているだけだ。咲菊の家の一階、一番奥の突き当たりの部屋で。
「えっ、伏黒って穂村と付き合ってねぇの!?」
「……付き合ってねぇよ」
「私と恵は探偵と助手だからね。その関係は何があっても崩れないんだよ」
咲菊と伏黒は定位置に座っている。壁に立て掛けられている金網と、その金網に付けられた二十個程度の南京錠を眺めているのは、――組、五条派の筆頭、虎杖悠仁だ。彼は伏黒の客であり、咲菊の客でもある。そして、次なる依頼人だ。依頼人は、座る場所が決まっている。
「とりあえず、そこに座ってよ。客人はそこに座るのが――」
「――この家のルールだ。依頼人でも、ルールは守ってもらう」
「コーヒーを」
「ミルクなし、砂糖二つだろ。分かってる」
今日も、咲菊の家の鍵のかかっていない扉は、ちょっとした問題を抱えた人間によって、開かれるのだ。伏黒は二階のキッチンへ向かった。
<完>
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