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 夜勤を終えた羽柴は換装体を解き、生身に戻った。眠気と疲労で重くなった身体と瞼は、今にも重力に負けそうだった。意識が若干、遠くの方へ飛んでいた羽柴を叩き起こすかのように支給された端末が鳴った。

「……嘘だろ、勘弁してくれ」

 これがプライベート用の端末であれば無視していた所だが、残念な事にそうではない。どこかの馬鹿が夜勤明けの羽柴に送迎要請を送ってきたか、はたまた、面倒な緊急速報が入ったかのどちらかだ。しぶしぶポケットからボーダー用端末を取り出すと、事務方からの嬉しくないデートのお誘いだった。場所は最上階、上層部の居る巣窟。最上階は嫌だとハリー・ポッターのようにゴネたのがダメだったらしい。フラグの回収おめでとう。素敵なデートになるはずがないが、精一杯オシャレしてゴキゲンに楽しもうじゃないか。羽柴は自分にそう言い聞かせて、真っ白な廊下を歩き出した。ここまで気の乗らない第一歩は他にないだろう。一番近いエレベーターは最上階の一階下までしか行けない事が、羽柴の機嫌を更に降下させた。最上階へ行くには専用エレベーターを使わなければならない。エレベーター内にある表示を睨みつけても、最上階へは連れて行ってくれない。ルビーで出来た赤いヒールであれば、カカトを3回鳴らして「やっぱりおうちが一番」と唱えることで、ドロシーはカンザスに戻る事が出来たのに。羽柴はドロシーではなかったし、履いている靴はルビーではなく軍用ブーツだ。クソッタレ。魔法使いは存在しないし、ここはカンザスではなく三門市だ。エレベーターが止まり、ドアが開いた。羽柴は『オズの魔法使い』のセリフを吐いた。

「トト、ここはカンザスじゃない気がするわ。ついでに言うなら最上階でもないな」

 専用エレベーターのある場所が、遠い昔、遥か彼方の銀河系に思えてならない。頭のなかでは盛大に『スター・ウォーズ』のテーマが流れている。

「R2、イヤな予感がするよ」

 そう呟いても、早朝のボーダー本部はしんと静まっている。それに羽柴の相棒はR2ではなく、地下駐車場で眠っている装甲車だ。専用エレベーターに乗り込み、盛大にため息を吐いた。めんどくせぇ、めんどくせぇよぉ。そう思いながら最上階の会議室のドアの前へ立った。無機質な音と共にドアは無常にも開いてしまった。あーあ。部屋の中は『アンタッチャブル』に出てくる円卓のシーンのような緊張感に包まれていた。上層部がお揃いのスーツに、お揃いのネクタイを締めて、全く最高のデートだ。唯一、浮いているのは水色のジャケットを着てヘラヘラと笑っている迅だけだ。木製バットで頭を打ち砕くアル・カポネを演じるのは城戸司令か。なら羽柴はアル・カポネの忠実な部下であるフランク・ニッティにでもなればいいのかと思う。と言っても、羽柴はボスに密告出来るような情報を持ってはいない。適役は隣で退屈そうに立っている迅だろう。

「掛けたまえ」

 城戸司令の表情のない視線が、羽柴に突き刺さる。迅が椅子を引いて羽柴に着席を促す。逆らう理由はなかった。

「……失礼します」
「早速で悪いが、君に報告がある」

 羽柴が席に着くやいなや、口を出したのはメディア対策室長の根付栄蔵だった。羽柴はSNSを使用していないので個人で何か炎上するという事はない。だが、顔と名前が割れている上に装甲車の運転手だ。その辺りで市民からの苦情が出たかと算段をつけた。

「君も知っている通り嵐山隊にはマネージャーが付いていたが、彼女は隊務規定違反を犯し昨日を以て解雇という形になった。勿論、既に記憶封印措置は取ってある」
「……解雇の理由は、態度がデカいから?」

 アテが外れた。だが、羽柴は呼び出された理由が自分ではなかった事に安堵した。良かった、まだ何もやらかしてない。羽柴の軽口にふっと場の空気が緩んだ。

「だとしたら、お前とウチの迅はとっくにクビになってるな」

 煙草の灰を落としながら玉狛支部の支部長、林藤匠が答えた。

「コレと一緒の扱いは死んでも嫌ですよ。それで、隊務規定違反って具体的には?」
「……情報漏洩だ」

 黙っていた城戸司令が答える。

「順を追って説明しよう。まず、彼女にはC級隊員の弟が居たことを君は知っているかね?」
「いいえ。彼女とは会話らしい会話はしていませんから。そのC級隊員が何か?」
「彼は先日のアフトクラトル戦に於いて、逃げ切れずにキューブ化した。幸い、怪我はなかったもののトリオン体がキューブ化するなどと思ってもいなかったのだろう。それは、我々も同じ事だが。とにかく、キューブ化した弟を偶然にも見てしまった彼女は、君のせいだと勘違いした」

 話が読めてきた。アフトクラトル戦に於いて羽柴は、終始、装甲車を走らせていた。言葉通り、戦場のタクシーとしてC級隊員の回収、並びに戦場での盾の役目を果たしていた。C級隊員を詰め込めるだけ詰め込んで本部で下ろし、また戦場へ向かい同じ事をひたすら繰り返していた。だが、C級隊員全員を無事に本部まで送り届けるのはどう考えても無理だった。だから羽柴は選別した。どのルートを選べば、どれだけの人数を救えるか。そこには、羽柴が選ばなかったC級隊員達が大勢居る。取りこぼした隊員達の中に彼女の弟が居た。元々、気に食わなかった羽柴を、より憎むようになっても致し方のない事だろう。

「君が嵐山隊の送迎をしているのを利用した彼女は、嵐山隊のスケジュールを反ボーダーに横流しした」
「テレビ局の前で連中に囲まれたのは、それが理由ですね」
「あぁ。だが、彼女の目論見はイレギュラー門の出現により有耶無耶になったと言わざるを得ないだろう。良くも、悪くも、助けられたという形になるが大事にならずに済んだ」
「不幸中の幸いって感じですね。不本意ではありますが」
「つまり、羽柴ちゃんが眠そうに防衛任務に励んでる間、彼女が自白して既にコトは片付いてるってワケだ。更に言うなら、彼女がクビになったのは羽柴ちゃんのせいじゃないって事くらいかな」
「それは十分理解してるし、何の問題もないよ」

 この件は羽柴にとって全てが事後報告であり、羽柴も一応は関係者だから伝えておくか、くらいの軽い呼び出しだった。上層部からの呼び出しは基本的にレベルの高い厄介事だけだと思っている羽柴は、少々どころか、かなり肩透かしを食らった気分だった。だが、まあ、何も問題ないならそれに越したことはない。

「夜勤明けに呼び出して済まなかったね。嵐山隊には何れ別のマネージャーが付く事になるだろうが、それまでは不在だ。君により一層の仕事を押し付ける事になるかもしれないが、そこは分かってくれたまえ」

 根付はそう言いながら羽柴に許可証を渡した。カード型になっており、そこには羽柴の名前とボーダーのロゴが入っている。これで公式にボーダー隊員として、テレビ局の関係者用ゲートを使える。一々、事務を通して何やかんやの手続きをしてとなると、一つの許可証を得るだけでもかなり時間がかかるが、こういう所はやはり上層部が、特に今回は根付が動いた事により無駄が省かれた。羽柴としてはラッキーだった。

「話は以上だ。今回の件については他言無用で頼む」
「羽柴、了解」
「迅も朝早くから悪かったな」
「デカい問題にならないって分かってたし、ほとんど無関係だったから、おれはかなり気楽だったよ。それじゃ、失礼しまーす」

 迅は羽柴と共に部屋を出ようとしたが、羽柴が振り返ったので同時に足が止まった。

「一つ言い忘れた事が。彼女の態度がデカいのは、アフトクラトル戦よりも前からだ。それじゃ、良い一日を」

 ゴキブリがどこにでも居るように、クソッタレもどこにでも居る。羽柴は一々、気にしたりしないが、腹が立ったのは事実だ。問題が大きくならずに済んで上層部はラッキー、迅はほとんど無関係でラッキー、羽柴は許可証を貰えた上にクソッタレが消えてラッキーだ。情報漏洩は見過ごせないがレベルが低かったのも、彼女が自白したのも、単に運が良かったか。彼女の弟のC級隊員が今どうしているか羽柴は知らないが、何を言っても全ては終わった事だった。二人は廊下を歩きながら他愛もない話をした。

「一件落着って、いい響きだ。日曜の朝にはピッタリって感じだね」
「羽柴ちゃんの今日のご予定は?」
「知ってるクセに」
「昼過ぎまで惰眠を貪って、夕方から水上と落語を見に行く。良い休日の過ごし方だな。次の休日はおれとデートしよう」
「雨が降るよう呪っておくよ」
「おれってばツイてるね。お家デートも嫌いじゃないんだ」
「……チッ。トリオン兵が降ってくるよう呪うべきか」
「折角の休日だよ?仕事の話は忘れなよ」
「ジーンが居る限りそれは無理だ」
「ま、何にせよ寝坊には気をつけな」
「……マジで言ってる?」
「大マジ。目覚まし掛けときな」
「羽柴、了解。それじゃ、また」
「ん。またな〜」

 迅は玉狛へ、羽柴は自宅のある方へ、それぞれ別れた。晴れた日曜の朝、羽柴はビートルズのヒア・カムズ・ザ・サンを口ずさんだ。そういえば、アフトクラトル戦の最後もやけに空が明るかったのを羽柴は思い出した。

陽がさしてきたよ。
言っただろう?
大丈夫だって。
長くて淋しい寒い冬だった。
幾年もの月日が流れたように感じるけど、陽がさしてきた。
太陽は昇る。
僕の言った通り、もう大丈夫。
皆に笑顔が戻ってくる。
幾年もの月日が流れたように感じるけど、陽がさしてきた。
言っただろ、もう大丈夫だって。
氷がゆっくり溶けていくのを感じる。
もう何年も晴れていなかったように感じるけど、陽がさしてきた。
僕の言った通り、もう大丈夫。
太陽は昇る。
太陽は昇るんだ。
もう大丈夫。
もう大丈夫さ!


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