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 東隊は既に現着しており、羽柴が数分遅れの到着となった。

「羽柴、現着しました。東隊と夜勤入りまーす。今夜もゴキゲンに行こう」
「よろしくね」

 東隊のオペレーター、人見摩子が羽柴の通信を繋げた。

「何も起きないのが一番だが、今夜はよろしく」
「「ゴキゲンにおなしゃす!!」」
「ういーす」

 東を筆頭に小荒井登と奥寺常幸も羽柴に返事をした。各々がポイントに着き、何も起きなければ朝までこのまま待機の流れになる。羽柴が担当するポイントは川に近く、川のせせらぎがよく聞こえる静かな夜だった。橋の欄干に腰掛け、ぼけっと空を眺めていると東から秘匿通信が入った。

「何か変わった事は?」

 夜勤任務が始まって1時間と経ってないうちに、変わった事など何もなかった。羽柴は首を傾げた。

「……例えば?」
「例えば、そうだな。迅と何かあったとか?」

 盛大な舌打ちが出たし、きっとそれは東にも聞こえただろう。壁に耳あり障子に目ありという諺通り、東の目と耳はボーダー本部の至る所に、まるでダミービーコンの如く存在しているらしかった。東の情報網に引っかかったのは一体、何処のどいつだ。

「……それ、誰の情報なの」
「二宮がラウンジでたまたま聞いたんだと。恋愛の話にも聞こえたけど、執着のようにも感じたと言っていたぞ」

 羽柴はカエサルの気持ちが初めて分かった。ブルータス、いや二宮匡貴、お前もか。

「前から思ってたけど、匡貴くんは春秋くんに対して口が軽すぎる」
「そう言ってやるなよ。二宮もアイツなりに斎を心配してるんだ。勿論、それは俺も同じだよ」

 二宮の心配の仕方が回りくどく、東にまで心配させてしまった。この際、洗いざらい吐いてしまった方がいいかもしれない。

「ここだけの話にしてくれる?」
「もちろん」
「神と私に誓って?」
「神は信じちゃいないが、斎の事は信じてる。墓場まで持っていこう」
「じゃあ、懺悔(ぶっちゃけ)るけど、ジーンにとって私は『おれの人生をめちゃくちゃに破壊しに来たおれの救世主』なんだってさ」

 数秒間の沈黙、会話の途切れ、これを天使が通ると言うらしいが羽柴と東の間に通ったのは神からの御使いである天使ではなく、地獄からやってきた悪魔かもしれない。羽柴がジョン・コンスタンティンなら今頃、中指を立てるか、ドラゴンの息をブッ放している。今、羽柴が持っているのは散弾銃と拳銃だが、それではハーフブリード共を地獄送りには出来ない。

「……それは、重いなぁ。でも、迅の立場を考えたら、斎がそう見えるのも分かる気がするよ」

 東は迅の側についた。羽柴の味方はどこにも居ない。逃げて、逃げて、逃げまくった先にあったのは一面の焼け野原で、逃げる所も隠れる所も、もう何処にもないらしかった。

「これが恋愛感情な訳ないでしょう。執着と依存の先にあるのは破滅だけだよ。お互いダメになる未来しか見えない。私の副作用がそう言ってる」
「俺は迅じゃないから確かな事は言えないが、斎はきっと可能性の塊なんじゃないか?」

 どうやっても東は迅を推すらしい。羽柴は山月記の虎のように咆哮した。

「そうやって、すぐ、ジーンを、甘やかす!誰も彼もが甘やかすんだから!だから私はジーンにとって都合のいい返事をする、都合のいい人間には絶対にならないし、優しくしたりもしない。そうすれば、そうする程ジーンはおかしくなってく。じゃあ私はどうすれば?」

 解決策はなく、生存戦略もなく、イマジンもなく、きっと何者にもなれないし、ジョン・レノンにもなれない。言ってしまえば、どん詰まり。ここは年長者の意見を聞いてみる他に、羽柴に出来る事はない。

「そのままでいいんじゃないか。斎は自分を曲げる生き方が出来ない不器用な所があるが、それこそが斎の長所だと俺は思ってるんだ。素直で真っ直ぐで、いつだって信念がある。俺は今の斎が斎じゃなくなったら悲しいよ」
「春秋くん、結婚しよ」

 羽柴は東の優しさに泣いたし、なんなら脳内で結婚式も挙げた。結婚式で流す曲はポリスの見つめていたいだ。若しくは、ルー・リードのサテライト・オブ・ラブでも可。どちらもストーカーの心情を歌っているが、それくらい羽柴の気持ちは大きい。

「プロポーズは嬉しいが、俺みたいなのに人生を食い潰されずとも、斎にはもっと素敵な人が居るさ」

 秒で振られた。羽柴は東を思いながらエアロスミスのミス・ア・シングを脳内で熱唱した。気分はアルマゲドンのラスト、父親が地球を救い宇宙で爆死するのを見届ける娘と同じだ。永遠は存在せず、奇跡も起きない。

「春秋くんのそういう所が大好きだよ」
「俺も斎もそういう所が大好きだ。上がりまでもうひと踏ん張りだ。頑張ろう」

 結局、夜勤任務中に何かが起きる事はなく、そのまま朝を迎えた。各々が担当しているポイントから合流地点へ向かい、東隊と羽柴で本部へ戻った。夜勤を担当している隊は基本的に次の日は休みを貰える。小荒井と奥寺は小テストの勉強があって遊べないと言っている。

「斎先輩はどうするんですか?」
「午前中は惰眠を貪る予定が入ってる。久しぶりの全休……だった……」
「だった?」
「水上に誘われて午後から外出る予定があるんだよ」

 羽柴の言葉を聞いてチラと視線を寄越したのは東だ。表情には迅とじゃないのか…と書いてある。例の話は2人だけの秘密だ。だから東も言葉にしなかった。だが、羽柴の休日は羽柴の物で、その休日を誰とどう使おうが、羽柴の勝手である。

「落語を見に行くだけ。伝統芸能は生で見るに限るね」
「それって、「デートじゃないよ」」

 奥寺の閃いた!という表情と言葉を羽柴は否定した。水上とは、そういうの、ではない。そういう関係ではないし、そういう仲でもない。

「男女が出かけるからといって、すぐにデートに結び付けるのは時代遅れな考えだね。もう二十一世紀だぜ、そろそろ価値観アップデートしていく段階に入るべきだろ」

 素直な16歳2人は羽柴を見て「お〜」と感心したように声を上げた。全く可愛い後輩達である。

「斎先輩は今、誰とも付き合ってないって事ですか?」
「そうだよ。何でそんな質問?」
「俺たち後輩の間で、ちょこっと話題になったんすよ。斎先輩に恋人は居るのか、とか。居たらどんな人なのか、とか」

 16歳だって高校生である。そういう話が出てもおかしくないし、そういう話で自分達の先輩の名前が上がるのもおかしくはない。

「成程ねぇ」
「斎先輩モテるからなぁ」
「まあね」

 否定はしない。相手にもしないが。そういうのを持ち掛けるヤカラは何人か居たが、名前すら知らない他人とそういう関係になる事はない。

「私は自分と今を大切にするので精一杯だからね。未来の事は知らん。なるようにしか、ならない。という事で、私は家に帰って寝る。おつかれ〜」

 ヒラヒラと手を振ってその場を去った。ああいう手合いの話は、あまり好きではない。羽柴はどちらかと言えばアセクシャルに近い人間だ。恋愛感情を理解する事は出来るが、共感する事はあまりない。知識としては知っているが、自分の経験値は上がらない。誰かに恋心を抱いたりする事を羽柴は一種のバグに近いものだと捉えている。まあ、かなり頻繁に起きるバグではある。でなければ、人類はここまで増えたりしなかった。しかし羽柴は自分が誰かと所謂、普通の恋をするというイメージを抱けないでいる。大切には出来る、愛する事も出来る。だが、それは恋ではない。この微妙な違いを羽柴の同期達はきちんと理解してくれる。羽柴の話を聞く耳を持ってくれる。例え理解出来なくとも、知ろうとしてくれる。だからこそ、羽柴も彼らを大切にする。仲間、友情。これが羽柴の人間関係における最大値だ。それをグレンラガン(天元突破)してこようとする迅を、どう扱うかがここ最近の問題だった。


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