Thanks For Father Christmas - 夢野幻太郎
彼はとてもスマートな人だった。初めて見たのは、10月が夏を置いて行き始めた頃。どこか寂しそうな笑顔と、男の汚さを感じさせない出で立ちは、架空の世界の人物に見えた。一目彼を見た時、私は体の奥底から得体の知れぬ何かが湧き上がるのを感じた。彼はモノクロの映画に出てくる、ハンサムな俳優の様に見えた。
毎年この季節になると町には沢山の枯葉が溢れ、至る所が色付けられる。彼は焦げ茶色の公園の、焦げ茶色のベンチに座って、焦げ茶色の景色に溶け込んでいた。私は彼の隣に座ると、同じように景色の中に溶け込み、何度も頭の中で繰り返した言葉を吐き出した。
「何処から、来たんですか?」
「遠い、とても遠い所から」
彼は視線を目の前から動かさずに答える。
「そう……そこは良い所だった?」
「良い所だったと思いますよ。常に緑に溢れて、常に光が射して」
「じゃあ、何故ここに?」
「辛かったから」
「……そう」
触れてはいけない所に触れたようで気まずい私に気を使ってか、彼は話を続けた。
「常に緑に溢れて、常に光が射して。それが眩し過ぎた。何も死なないんですよ。どんなに季節が巡ろうとも、何も死なない。そんなのって辛いでしょう?」
私には解らない。
「辛い、かな」
「とても、辛い」
彼はベンチに腰掛け直し、深く呼吸をした。
「生きる事に前向きな人ばかりで、それが小生には耐えられなかった。どんなに心が枯れていても、生きる事が目の前にあって、いつもいつも急かされていた」
頬を涼しい風と落葉が撫でた様な気がして、少しくすぐったい。スマートな彼と、グレーの風景が混ざり合って、そこには映画の世界が広がっていた。
「ここにある無数の枯葉が元は生きていたんだ。でも、今は命を失って溢れている。言わば死体だ」
あなたは、生きているけど。
「でも、あなたは生きている」
彼はいつか見た映画俳優の様に少し微笑む。
「小生は少しずつ、死んでいます」
あなたは、生きている。
「枯れるのは怖くないさ。既に小生の心は枯れた。後はこの町に埋もれていくだけだ」
本当に彼が消えてしまいそうで、私は思わず彼の頬に触れた。白く冷たい頬はひんやりと私の指を冷やし、体温を奪う。
「冷たいんですね」
「冷たいよ」
「いつまで、待つんですか?」
「さあ。小生が枯れるのはいつでしょう」
何度も彼の頬を撫でながら、どうか私の体温が伝わりますように、と願う。
秋が名残惜しそうに別れを告げて、冬がやってきた。
「今日も、来たのか」
「うん」
「貴方は、何を…?」
「私は、何をしてるんだろう」
あの頃から少し厚着になって、マフラーもつけて、手袋もつけて、それでも何ら変わりなく彼の隣に座った。
「あなたを初めて見たとき思ったよ。まるで映画俳優の様だって」
「へえ、映画俳優と言ったら…ジェームス・ディーンとか?」
彼は少し頬を緩ませながら私にそう言った。
「ううん、誰とかじゃなくてね。あと、あなたは間違いなくモノクロだ、とも思った」
「ずいぶんおかしな表現を使う」
「いや、あなたはモノクロなんだよ」
いつのまにか、私は毎日彼の隣に来るようになった。焦げ茶色の特等席。目の前に広がる風景を私は彼と共有している。彼は最初こそただ座っているだけだったが、そのうちカメラを片手にベンチからの風景を収めるようになっていた。枯れ木、落ち葉、ブランコ、ジャングルジム、戯れる子供達。
「何が写るの?」
「この町の景色。本当に素晴らしい」
「そうだね、素晴らしいね」
「小生は勘違いをしていたんですよ。木も、花も、何もかも冬になれば死ぬと思っていた。でもね、彼らはこのレンズ越しに生きている。美しい景色としてね。素晴らしい。何らかのフィルターを通すだけで、 彼らは永遠に生き続ける」
彼にしては饒舌だな、と思った。
「現像したら焼き増ししてくれる?」
「現像はしないんです。記録の為の手段ではなく、撮る事自体が目的ですから」
そう、と一言だけ呟いて私はマフラーに顔を埋めた。魔法のカメラを持った映画俳優は頬を赤くしながら風景を生き返らせている。足元の落ち葉が、少しだけ緑色に見えた気がした。
彼が彼で無くなったのはトナカイが空を飛ぶ練習を始める頃。画家が一年分の白を使う季節。私がいつものように公園へ行くと、彼はベンチに腰掛けて、カメラを抱き締めていた。彼は言った。
「小生は、何もかもを捨てて来た。小生は、緑に包まれた、本当に綺麗な世界に息が詰まって……この場所に来た。愛する人も、愛してくれた人も。ねえ、バカだろう?本当に小生は、バカなんだ。だからせめて、最後は、自分の大事な物と共に消えたい」
とても冷たい。あなたの肌は冷たいのね。ねぇ、あなたの大事なカメラで切り取った風景は、何処に消えるのかしら。この焦げ茶色の景色であなたはどう枯れたかった?あなたは知っていたんでしょう、 自分がもう枯れ始めている事を。
「何らかのフィルターを通すだけで、彼らは永遠に生き続けるんだ」
私は彼からカメラを取り上げて、映画のラストシーンを撮影する。最高の演技ね、って言ってみたりして。
サンクス、フォー、サンタクロース。彼がサンタに連れて行かれてから一週間後、私は彼を生き返らせた魔法のフィルムを現像した。
ベンチを中心に作られている景色は、決して上手く撮れていないが、とても綺麗に見える。空と、木と、ブランコと、彼の横顔。だから、あなたは生きている。そして何度も写真の中の彼の頬を撫でながら、どうか私の体温が伝わりますように、と願った。
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