あの子の未来は - 雲雀恭弥


 オートミールの匂いは吐き気を催す。「君が明日死ぬなら、僕は今日死ぬ」とミュージカルの主人公は言う。僕はこう思った。じゃあ、あの子が明日死ぬなら、ムカつくあの男は今日死んでくれるのか?愛の名の下に死すら美徳にしてしまう芸術は、表現の暴力でしかない。そしてそれはまた、僕のエゴでしかない。オートミールは冷めた。
 昨日見たミュージカルが陳腐だったように、僕の目の前のオートミールも陳腐に思える。食べる事もなくオートミールをスプーンでかき混ぜ続けていると、酷く汚い物に見えてきた。神が世界をかき混ぜて作った時の様に、僕はスプーンで世界を作る。神なんて信じちゃいないが、聞いてみたい。ねえ神様、かき混ぜた世界は同じ様に汚かったかい?そして僕はスプーンに乗せた汚い世界を口に運んだ。
 例えば僕がミュージカルの主人公ならこう言う。君が明日死ぬなら僕は君を忘れる、と。でも、こうも思う。世界がもしもオートミールならば、たぶん僕はあの子に出会わないはずだ、と。かき混ぜられ続ける世界じゃ、あの子と出会えない。
 ライフイズビューティフル、本当だろうか。これっぽっちも、そうは思えない。同時に、ライフイズオートミール。ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
 古い劇場に足を運んだ。あの子がどうしてもミュージカルを見たいと言うから。ミュージカルのヒロインは死なずに、主人公だけが死んだ。陳腐な台本だったが、その結末だけは評価している。死にゆく主人公の最後のセリフ。

「生きたい」

 ミュージカルが終わった後に、隣に座っていた中年の女が言った。

「この二人、出会わなければ良かったんじゃない?さ、小腹が空いたわ。帰ってオートミールでも食べましょう」

 身も蓋も無い言葉に一通り笑った後、何故だか分からないが、泣いた。そんな僕を見て、君は不思議そうにしていた。確かに、このミュージカルに泣けるシーンなど一つもなかった。
 未来は君の手に、答えは君の目に。僕は今、君と一緒にオートミールみたいに溶けてしまいたい。


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