正しい傷付き方 - 六道骸
下らない仕事を終えた後、始末を部下に任せその場を後にした。今回の仕事は単独ではなく、雲雀恭弥との共同作業だった。早々にカタをつけなければならない仕事に限って、彼のナワバリで起きたものだから、彼は酷く不機嫌だった。腹を空かせた野生動物は、目の前の相手が仲間だろうが敵だろうがお構い無しに暴れる。とばっちりは御免だと、彼の視界からいち早く抜け出した。まだ暴れ足りないのだろうか、爆発音が2,3聞こえてきた。彼が満足するまで後10分はかかるかと思い、ため息を吐いた。
車に戻り、煙草を吸って時間を潰した。戻ってきた彼は、ようやく腹が膨れたのか満足気な顔をしていて、殴りたくなった。エンジンをかけ、本部へと戻る。ラジオからEverything in Its Right Placeとトム・ヨークの憂いた声が聞こえた。
赤信号で車を停める。道路の左側にある花屋を横目で見た。店員の女性が、ホースで花に水をやっていた。
「あの子、耳が聴こえないんだよ」
助手席側に座り、肩肘をつく雲雀恭弥は、誰に言うでもなく呟いた。車内の空気の振動が、僕の耳を通る。
僕の、僕達の町の花屋の、僕のでは無い彼女は、毎日花に水をやりながら喋りかけて白い紙でそれを包む。その華奢な喉から出る振動は、僕には識別出来ない。それは何故か淀んだ空気を包む様な不思議な響きで、僕はそれを海の言葉と呼んでいる。
彼女を初めて見た時、こんな夢を見た。目を閉じれば世界に溶けてしまう様な無音の深海。小さな魚がクジラの口に向かって泳ぐ。
私を食べて下さい、私を食べて下さい、私を食べて下さい。
それは余りにも簡単に世界に溶ける方法で、合理的な自殺だった。汚い振動はいつしか僕をつまらない生き物にしてしまったが、彼女はまだ七色に輝く生き物のままだ。暗い深海では目立ってしまう。だから彼女は長く生きられない。
午後11時42分、ベッドの上、生暖かいクリスタルガイザー。彼女は今、きっと深海で暮らしている。幸せなのだろうか。
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