Bad Moon Rising - トラファルガー・ロー


※現代パロディ



 中学に上がると誰もがスクールカーストの輪郭に触れる。小学生のときにはなかった、人と人との付き合いの中で出来る確固たる上下関係。それが高校生にもなれば、もっとハッキリする。高校の三年間は言ってしまえば社会人として世間の一端を担う直前の、お試し期間のようなもの。そこに十代らしい無謀さと、コントロールの効かない性欲が合わさって、途端に青い春が濁りだす。とは言っても、その無謀さと性欲はロズワード製薬の悲劇にとって、あってもなくても別に困らないスパイスの一つにすぎないのだろうが。
 誰と誰がナニをしてどうなったかなんて、ローからすれば、どうでもよかった。ロー本人がどうでもよくても、周りがそれを許さなかったのだが。顔良し、スタイル良し、頭良し、ついでとばかりに器量もよく、なんでもソツなくこなす男だったために、学校中の女がローを追いかけた。あの女以外は。二ヶ月もすれば本人の承諾なしにファンクラブが出来上がっている始末。それを知ったローは怒りを通り越して呆れた。同郷のシャチやペンギンなんかは、ローを羨ましがって怒りながら泣いていた。ローが通う高校にだって、もちろんスクールカーストは存在した。そのトップに君臨するクイーンのことをメイクの濃い女は嫌いだとフッてからというもの、全学年、全クラスの女子生徒がナチュラルメイクに進路変更したのには、流石のローも笑えた。笑えたのは、この頃までだったように思う。
 ローにフラれたクイーンは、憂さ晴らしに軽いイタズラを仕掛けるようになった。気付いたときにはクラス中を巻き込んだ、あからさまなイジメへと変化していた。イジメを受けていた女子生徒を庇った生徒が一人居た。言わずもがな、あの女だ。彼女が次のターゲットとなった。彼女はクラスで孤立したが、元々、一人で居ることに苦痛を感じないタイプらしく、何のダメージにもなっていなかった。制服は着崩さず、スカートは規定の長さで、ピアスや指輪といった装飾品は一切、見られず、きっちり校則を守った品行方正という言葉が制服を着て歩いているような女だった。今思えば、これも、ただの印象操作でしかなかったのかもしれない。
 彼女は度重なるイジメに何の反応も示さなかった。プライドだけは誰よりも高いクイーンは、より一層、彼女を目の敵にしたが、暖簾に腕押し状態だったことは誰がどう見ても明らかだった。そんなクイーンを宥めていたのが、あの女の前にイジメを受けていた女子生徒だった。その女子生徒は彼女を踏み台に、スクールカーストを一気に駆け上ったわけだが、それに関しても、彼女は何の反応も示さなかった。ますます彼女は孤立していったが、それでも学校を休むことはなかったし、普通に授業を受けていたので、教師にイジメがバレることがなかった。ローは何度か教師にクラスの実態を告げようかと思ったが、シャチやペンギンに止められた。こういうのは第三者、それもローが動けば余計に事態がややこしくなるからだ。それにイジメを受けている本人が、ほとんど気にしていなさそうなのもあって、ローは動くに動けなかった。
 ローが悶々としているうちに、あの女は親の都合だとかで引越していった。そして、その次の日にはロズワード製薬の悲劇が起きたので、学校を去った彼女のことなど誰も口にはしなかった。まるで、初めから居なかったかのように。クイーンとその付き人たちが死んだ悲惨な事故の方が話題性があったというのも、あるかもしれないが。
 事故はロズワード製薬の社長の一人息子が主催したセックスを主要とした乱交パーティで起こった。パーティにはクイーンと付き人たちが参加していたが、パーティ会場に居た全員が重度の化学熱傷により死亡した。原因はスプリンクラーの故障だった。パーティ会場となった場所は、ロズワード製薬が不法に所持していた実験施設だ。これは事件後に発覚したことだが、数年前から何度も取り壊しの訴えが出ていたらしい。だがロズワード製薬は金の力で黙らせ、身体に悪影響を及ぼす薬を開発し続けていた。貯水タンクには、石油、石炭、農薬、何らかの動物の朽ちた残骸、化学薬品、ヒ素、ベンジン、クロム、水銀、鉛、エトセトラ、エトセトラ。その全てが混ざった強酸性の液体が溜められていた。そんな劇物を浴びれば、人間は途端に肉体が溶けてシチューになる。パーティ会場は一瞬にしてナチス・ドイツの絶滅収容所と化した。事故として処理されたロズワード製薬の悲劇は、世界中のトップニュースとなった。なんせ世界シェア首位を誇る製薬会社の製品が、身体に悪影響を及ぼすことが明るみにったのだから。株価は暴落し、ロズワード製薬は瞬く間に倒産した。
 この一連の惨劇の裏に、あの女が居る。彼女の復讐が、完膚なきまでの復讐が、成された結果だった。彼女の父親はロズワード製薬が開発した薬を服薬していた。これはローの想像でしかないが、彼女の父親は、きっと死ぬまで苦しみ続けたのだろう。高校に入った時点で、彼女の父親が死んでいたことだけは確かだ。いつだったか、母方の苗字を使っているが、あまり好きではないと零していたのを、記憶力のいいローは覚えていた。あの女がいつから緻密な計画を立てていたのか、そして、どのように動いていたのか、ボンボン息子とクイーンを引き合わせた方法など、それらの詳細は一切、明らかになっていない。なにせ既に事故として処理された悲劇だ。真相は闇の中、あの女しか知らないことだ。
 ローがあの女とロズワード製薬の悲劇について思い出していたのにはワケがあった。あの女同様、ローの方も大学を卒業してから、色々とあった。主にドンキホーテ・ドフラミンゴ率いるファミリーの幹部にまでのし上がったりだとか、ドフラミンゴの弟であるロシナンテの裏切りと独立を手伝ったりだとか、ロー自身もファミリーを裏切り、ハートの一味を立ち上げたりだとかだ。そういった色々のせいで、今やカタギの人間ではなくなり、脛に深い傷を持つ身だ。同業からは死の外科医と呼ばれ、恐れられている。火のないところに煙は立たないというが、ローの性格上、火があろうと、なかろうと、煙を立てまくり、ついでに行儀の悪い中指も立てまくる。そのせいで無意味な恨みをも買うことの方が圧倒的に多い日々が続いていた。そんなローを心配したロシナンテが、とある人物への紹介状を寄越してきた。信用していい人物だが、絶対に敵に回ってはいけない相手だ。殺意と手段、本来なら揃う筈のなかった二つを組み合わせ、新たに犯罪を創造する。紹介相手はローの目の前で紅茶にマドレーヌを浸して食べている、犯罪コンサルタントの、あの女だった。ローと彼女が待ち合わせをしたのは、ロズワード製薬の悲劇が起きた実験施設だった場所。今はコンクリートの壁が崩れ落ち、廃墟と化している。そこにテーブルと椅子がセッティングされてある。あえて、そうしてあるのだろうが、あまりにも不自然で、どことなく癇に障る。ローは椅子に座って、ふと自分の足元を見た。ここに、おびただしい数の死体が、ドロドロに溶けた人間の残骸があったのだ。実感はないが、納得は出来た。彼女が紅茶に浸したマドレーヌの味から、どんな過去を思い出しているのか、ローは微塵も想像できない。彼女と彼女が生きてきた形跡、過去という言葉そのものが上手く結びつかないのだ。彼女についてローが知っている二、三の事柄は、読書や映画が好きで、自分のことをあまり話さないということくらいだ。ローの記憶力をもってしても、彼女は存在の耐えられない軽さをしている。蜃気楼のような女だ。彼女はローの目前で指を二回鳴らして注意を呼びかけた。

「回想シーンに何文字、使った?」
「さあな」
「大事なのはディテールだよ、ドクター・キリコ」
「ディテールに拘るのは犯罪コンサルタントの仕事だろ、ジェームズ・モリアーティ教授」
「給料分の仕事をしただけ」
「ようやく納得がいったよ。お前がイジメられてるのに無関心だったことも、大勢の死から明らかになったロズワード製薬の悲劇のことも」
「初めての仕事にしては、かなり上手くいった。出来が良すぎて驚いたくらい」
「あの事件に題名をつけるなら、何がいいと思う?」
「『ロズワード家の崩壊』かな」
「死と再生か」
「あるいは生きながらの埋葬」
「ランスロット・キャニングの『狂気の遭遇』でも朗読してやろうか?」
「オーギュスト・デュパンよりハーバート・ウェストの方がお似合いだよ、死体蘇生者トラファルガー・ロー」
「ライヘンバッハから突き落とされてえのか、斎」
「私、死んでもいいわって?」
「月が綺麗だったからな。ハートの一味へようこそ」
「そのうち太陽が眩しくなるかもしれないけど、よろしく」

 どんな業界にも敵に回してはいけない人間が、ほんのひと握り存在する。彼女は、その代表と言ってもいいだろう。ローは自分が彼女と恋人になる想像は出来なかったが、自分が彼女の生み出した怪物の花嫁となる姿なら、簡単に思い描けた。彼女が殺意を産み、ローがその手段となる。ローは彼女と共に、フランケンシュタイン博士と怪物のような最後を迎えることになるのだろう。この想像すら彼女がディテールに拘ったせいだとしたら、ローは白旗を振る以外の選択肢がない。惚れた方が負けとは、よく言ったものだ。冴えた月の光が、スポットライトのように彼女を照らしている。





Creedence Clearwater Revival − Bad Moon Rising
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて』
アーサー・コナン・ドイル 『最後の事件』
ジャン=リュック・ゴダール 『彼女について私が知っている二、三の事柄』
ミラン・クンデラ 『存在の耐えられない軽さ』
手塚治虫 『ブラック・ジャック』
エドガー・アラン・ポー 『アッシャー家の崩壊』
H・P・ラヴクラフト 『死体蘇生者ハーバート・ウェスト』
イワン・ツルゲーネフ 『片恋』翻訳:二葉亭四迷
夏目漱石
アルベール・カミュ 『異邦人』
エド・ウッド『怪物の花嫁』
メアリー・シェリー 『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』


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