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ニコラスは分厚い紙の束を茶封筒に入れ脇に抱えた。フクロウ小屋から一羽を選び、ホグワーツを後にした。向かった先は、始まりの場所。叫びの屋敷の影に隠れたところに猫足のついたバスタブが、ぽつんと寂しく置いてある。ニコラスのすべての始まりであり、終わる場所だ。始めるためのチャンスを、ニコラスは永遠に失った。だから、終わらせるしかなかった。脚の長さの不揃いな椅子の上にはフクロウが一羽、ニコラスの最期を見届けるかのように、静かに羽を休めている。ニコラスは赤ワインのボトルから残ったワインをドバドバとバスタブに流し込んでいった。最後の一滴が水面に波紋を描いたとき、ボトルを地面に叩きつけて割った。ちょうど下半分が粉々になるように。割れたボトルを片手に、ワインの風呂に浸かる。憂鬱と嫌悪と喪失が綯い交ぜになりマーブル模様を描いている。ワインの水面に見る顔が、ニコラス自身の顔を通してセドリックを思い出させる。ぼくは、セドリックは、こんな顔をしていたのだろうか。もう、何も分からない。ニコラスはゴムホースで腕を縛り、血管を浮き上がらせた。白い腕に浮く青い上腕動脈を深く傷つけると五秒で意識を失い、九十秒で失血死する。ニコラスには、やり残したことなど、なにもなかった。後悔はあるかもしれないが、それは生きる理由にはなれない。太陽が落ち、夏の星たちが黄色く煌めいている。その一つ一つがニコラスに、もう大丈夫だと語りかける。セドリックの色をしている。セドリックの声が聞こえる。ニコラスは夜空を見上げながら腕にワインボトルを突き刺した。
日刊予言者新聞の記者の元に、一羽のフクロウが、やけに重そうな封筒を運び込んできた。三大魔法学校対抗試合で起きた悲劇についての記事を連日連夜、書かなければならない慌ただしい中でのことだった。その記者は紙の束を受けとるや否や、デスクの上に放り投げて、自らの仕事にとりかかった。記者が、その紙の束に目を通したのは、フクロウがやって来てから数日後のことだった。後に、その記者は自分の記者としての唯一の後悔があるとすれば、それは同じことばかりを書かなければならない進展のない仕事よりも、この紙の束に真っ先に目を通すことだったと語っている。記者は、ようやく仕事が落ち着いて来た頃に、分厚い紙を前に大きくため息を吐いた。仕事が終わったにも関わらず、誰が送ってきたのか分からない長編大作を読まねばならなかったからだ。茶封筒から紙を取り出して、目を通した瞬間、記者はニコラス・マッキントッシュの本を出版している出版社に速達でフクロウ便を出した。『LOVELESS』と題された紙の束は、ニコラス・マッキントッシュの遺作であり、遺書でもあった。このことに気づくのに、あまりにも時間がかかりすぎた。ニコラスの死が報じられたのは、夏季休暇が半分ほど過ぎた頃だった。魔法界に激震が走ったが、それを退屈そうに、又は冷やかすかのように笑う、どこまでも、うつくしい青年は、もう居ない。ニコラス・マッキントッシュの最新作、遺作にして遺書である『LOVELESS』は、ニコラス自身が書いていた日記を元にされている。残念なことに、元になった日記はニコラスの手によって焼かれ消失してしまっているが、日記には書いていなかったであろう詩や短編小説などが書き加えられたノンフィクション作品だ。ポルノ小説とは呼べない、ニコラスの生きた感情が、言葉が、ニコラス・マッキントッシュという人間のすべてが、そこにあった。以下の文章は『LOVELESS』より、遺書と思われる部分を一部抜粋したものだ。
ぼくは正気を失うほど人を愛してきた。
正気を失うほど愛さないと、愛を実感できなかったから。
ぼくは愛することを肯定し続けてきた。
人は生きている限り誰かを愛するべきだ。
ぼくは愛を信じるという行為を信じてきた。
でも、もう終わりにするよ。
ぼくの理想も神話も存在しない。
愛が――愛が、またしても、ぼくたちを引き裂いた。
誰も、ぼくの死を悲しむな。
その権利は誰にもない。
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