祝砲に混じる朱

※捏造がおおい


 一週間後から社会人です、と言われて、はいそうですか頑張りますと頷けるほどわたしは大人じゃなかった。今日のために朱色の袴をレンタルして、髪はハーフアップ。寒いからブーツを履いた。普段つけないつけまつげをつけて、ファンデーションはすりガラスのように仕上がるものを選んだ。なんでも、着物がつやつやとしているので、肌までツヤの出るファンデーションだと下品に見える、らしい。こうして、普段は使わないような知識を少しずつ蓄えて大人になっていくんだろう。
 高専を卒業したあと二年間、東京の某大学に編入した。呪いを祓うことよりも学問に適性があった。知らないことを知るのは楽しい。わからないことについて考えて、確かめていくのはおもしろい。それに、同級生という存在が高専時代にはいなかったので同い年の人間に囲まれた生活は新鮮だった。それなりに仲のいい友達もできて、ああ、これが普通なんだと思い至った。九割九分の人間が、呪いに関わらず生きている。
 大学の卒業式というのは想像よりも湿っぽくなくて、中学の時みたいに寄せ書きをみんなに書いてもらったりだとか、第二ボタンをもらいに行ったりだとか、誰一人泣き出すようなこともなかった。高専の卒業式はあってなかったようなものなので、中学から大学が終わるまでに人間ってこんなにも変わるんだな、と感心する。淡々と進んでいく。みんな一週間後から働きだす覚悟ができているのだ、きっと。わたしだけが折り合いをつけれていないのだろうか。

 所属していたゼミの後輩から色紙と花束をもらった。社会人になっても頑張ってください、と定形分のように書いてある。頑張る、かあ。例えば、メールの冒頭には必ずお疲れ様ですって書いたり、その結びには今後とも御指導のほどお願い申し上げますって書いたり、いつも笑顔で女の子らしくいることが、頑張ることなのかな。仕事を頑張るイメージがわかない。勉強を頑張る、任務を頑張る、は容易にイメージできるのに。
 写真、撮りますね。
 その言葉を合図に袴やスーツを着た同級生が狭狭しく肩を寄せ合う。せっかく着飾ったのだ。寂しさなんて微塵も感じさせない笑顔で、写真を撮った。あの人みたいに、会えなくなるわけじゃないのだから。


 呪いを祓うよりも人間を殺す才能の方があった、と笑ってわたしの前からいなくなった人がいる。禪院先輩。禪院、と言うと顔を顰めるので、甚爾先輩、と読んでいた。
「これからも会えますよね」
「…さあな」
 行かないで、と言っても意味がないことはすぐ分かった。この人がわたしの思い通りになったことなんて一度もなかったから。甚爾先輩は高専時代、唯一親しくした相手と言って差し支えない。きっと先輩にとってもそういう相手だったのだろうと自惚れている。一通りの賭博やお酒は全部この人が教えてくれた。それなのになんの前触れもなく、その一言を残して甚爾先輩はわたしの目の前からいなくなった。そのあと一度も会えていない。生きているのか、死んでいるのかさえもわからない。


「すっごいかっこいい人が名前にって」
「え?本当にわたしに?」
「誰よあのひと」
「知らないよ…」

 友人から花束を受け取った。淡い色をしたスイートピーの花束は、見た目の割にとても軽かった。花束をわたしにくれるような人、しかもすごいかっこいい人だなんて思い当たる節がない。ぜったい人違いだ。間違って受け取っていたら困ると思い、花束をよく確認するとメッセージカードを見つけた。
″名前、卒業式おめでとう 透明人間より″
 夢でなければこれはまぼろしだろうか。透明人間だなんて、あの人しかいない。泣き出しそうになるのを必死に堪えて、これどこでもらったの、と聞く。正門のところだけど、と不思議そうな顔をする友人に短くありがとうとだけ伝えて走り出した。ブーツなんか履いてくるんじゃなかった。走りにくい。必死で、周りの目も気にせず正門まで走っていく。


「甚爾、先輩」
「…よお、ひどい顔だな」

 言いたいことが溢れてうまくまとまらない。走ってきたせいで呼吸すらままならない。会うつもり、なかったんだけどな、と先輩は笑う。嘘だ、とすぐに分かった。先輩がその気になればわたしに見つからずにここを立ち去ることなんて簡単なはずでしょう。

「おまえは、呪いとか殺しとか、関係ない場所が似合うよ」
「…先輩、まって」
「だから、もう、これが最後だ」

 ゆっくりと立ち去る先輩の後ろ姿を追いかけることはもう出来なかった。やっぱり最後までわたしの思い通りになってくれなかった。先輩の後ろ姿が見えなくなったところで、わたしはその場に座り込んで花束を握りしめてわあわあと泣き喚いた。つけまつげが手の甲に落ちるくらい、泣いていた。
 あなたが似合うと言った普通の世界で、わたし、ちゃんと頑張る。あなたがこの門出を祝ってくれたから、どんなふうにでもこの世界を揺蕩っていける。だから最後だなんて言わないで。何回だってわたしに会いに来て。それが無理ならこの世界から連れ出して。どうせこれも、わたしの思う通りになんてならない。わかってる。


20200421
祝砲に混じる朱