目にしみるアイラブユーばかり
花畑でプロポーズされるの、いいよね。憧れるなあ。名前はティム・バートンのあの映画を見ながらそう言った。なるほど、花畑ね。なるほど。
いつ渡そうかずっと悩んでいた指輪をしまった、ひみつの引き出しを眺めながら、僕は決心した。
「名前、僕と結婚してください」
完璧だった。名前が好きな薔薇が咲き乱れる花園で、跪いてシンプルなプロポーズ、芸能人御用達のブランドのダイヤの指輪。これ以上ないくらい完璧だったはずだ。それなのに、名前はちょっと待って、考えさせて、と言って駆け出していった。嘘でしょ。信じられないんだけど。足をついたせいで左膝だけ砂がついている。なんて格好がつかない。
精神的にも、経済的にも、僕はもう結婚する準備はとっくにできていた。お互い二十も半ばを過ぎていたし、年齢的にもちょうどよくない?あとは、名前が頷いてくれればそれで良かった。それなのに、帰りの車の中でも名前は先ほどのこと、つまりプロポーズについて話そうとしない。あからさまに関係ないことを話しながら運転している。ちょっと待つって、ねえ、いつまで。何度か口に出そうとしたけれど、結局言葉にせずに飲み込んだ。
「わりと完璧なプロポーズをしたと思うんだけど、考えさせてって言われた」
「…はあ」
「硝子、なんでだと思う」
「結婚するのが嫌なんじゃないのか、名前は」
「いや、そんなことはないと思うんだよね」
お酒を飲んだ時、子供連れの親子を見たとき、そんな時は決まって子供って可愛いね、悟は何人欲しい、だなんて話すのだ。恋愛ドラマを見ればあのウエディングドレスすてき、とか、そういえばこの前友達のだれそれが結婚しただとか。それなのに名前自身が結婚したくないのだというのなら、僕には女心なんて一生わからない。
″わりと完璧なプロポーズ″の概要を説明したら、硝子にはお前は女心がわかってないと言われた。そもそもわからないから相談してるんだよな。硝子に相談したのが間違いだったのかもしれない。とはいえ、冥さんも歌姫も、一般的とは言い難い感性の持ち主なので、誰に相談したところで結果は変わらなかっただろう。
「名前、僕と同じ名字になりたくない?」
「…悟?」
「毎日同じベッドで眠って、同じベッドで朝を迎えたくない?」
「…」
「つまり、結婚しようってことなんだけど」
「ふふ、どうしよっかなあ」
「ねえ、そんなはぐらかし方はひどいって」
「…もっととびきりのプロポーズして欲しい」
「薔薇園でのプロポーズよりも?あれ、わりと完璧だったと思うのに」
次の日家に帰って来た名前に思いつく限りの愛の言葉を伝えた。
とびきり、ねえ。困った。昨日以上にベタで恥ずかしいプロポーズなんてできる気がしない。いつものように抱きつこうとするとさっと避けられた。どうやら触れることも許されないようだ。本当に、叶わない。首元には昨年僕がプレゼントしたネックレスがきらりと光っている。ネックレスは喜んでつけてくれるのに、指輪はつけてくれないのか。女心、というか、名前は難しい。いつだって一筋縄じゃいかなかった。今だって。
「僕わりとお金あるよ」
「知ってるけど、それはどうでもいいかな」
「足も長いし」
「見たらわかるって」
「日本を守れるくらいには強い」
「それも知ってる」
「世界で一番名前のことを愛してる」
「それは嬉しい」
「ねえ、名前は僕のこの先の人生、独り占めしたくない?」
つい口をついて出た言葉を聞いて、名前は目をまるくしたあと笑い転げた。なに、その反応。嬉しいのかそうじゃないのかよくわかんないんだけど。
「嬉しいに決まってるでしょ。…ねえ、独り占めさせてね」
彼女の指が僕の髪に触れる。それを合図に僕も名前の首筋に触れた。部屋に差し込む陽の光が胸元の宝石に当たってまばゆく光っている。僕らが不可逆の関係になるまで、本当にあと少しだ。
20200512
目にしみるアイラブユーばかり
ティム・バートンのあの映画=ビッグフィッシュ