不可視の極彩色
ロマンチックな場所に連れてってあげるよ、三日後の夜、空けておいて、と言われたので急いで三日で何倍も可愛くなれる方法を検索した。
ゆっくりお風呂に浸かりましょう、美味しいご飯を食べましょう、たくさん寝ましょう、そんなことはどうでもいい。とにかく五条さんとデートする三日後までに効果がすぐ出るような可愛くなる方法が知りたい。
美容院に行く、ネイルサロンに行く、化粧の練習をする、お酒は飲まない、パックをする、そして可愛い女の子の仕草を動画サイトで研究する。ついでにこの三日間は筋トレしよう。付け焼き刃感は否めないけれど、とにかく今日よりも何倍か可愛いわたしで五条さんに会いたいので、それらを実行することにした。ああ、服は何を着ていけばいいんだろう。美容院のおしゃれなお姉さんに相談しなきゃ。
わたしたちは嘘みたいな本当のことをロマンチックと呼ぶ。桜が咲く街に降る雪とか、晴れた日の雨とか、異国の教会のステンドグラスとか。そういう信じられないけど目の前に現象として間違いなくあるものは、たまらなくロマンチックだ。
その意味では、五条さんは嘘みたいな美貌に嘘みたいな強さを誇るというのにこの世に生きているので、五条さんがいる場所ならどこだってロマンチックになるんじゃないかと思う。
「今日の名前、可愛いね、いつも可愛いけど」
「…嬉しいです」
ぜったい、適当だ。わたしの爪の色がピンクに変わったこととか、髪の毛がいつもよりもきれいに巻かれていることとか、新しい服を買ったこととか、そんなことひとつも気付いてないだろうに、いつもより可愛いだなんて。それでもたまらなく嬉しいのできっとどうかしている。
家の前に停められた車に乗り込んだ。手をとってエスコートまでしてくれる。完璧だ。
「ちょっとドライブしようか」
エンジンの音が静かに鳴っている。振動が心地良い。隣では五条さんが運転している。その横顔をばれないように盗み見ていた。
五条さん、唾液とか、臓器とか、なさそう。そういう、普通の人間が当たり前にあるものがこの人にはないんじゃないかと思う。こんな透き通るような肌をしているのに、血が流れていて筋肉まであるの?とてもじゃないけれど信じられない。うつくしさというものは、時に現実と夢との境目を曖昧にするのだ。
「名前、夜景見ないの?きれいだよ」
連れてきてくれたのは夜景が有名な橋だった。車で走り抜ける過程、窓から見える景色は確かに幻想的だ。それこそ、言葉を探すのももどかしいくらい。夜の海には街明かりが反射して、もう一つの夜空があるような気さえする。それでもわたしは五条さんの横顔を眺めてしまう。
「五条さんの横顔、美しすぎて一生見てられる…」
「んー?一生見てていいし、なんなら触ってもいいよ」
「…そんなの、好きになっちゃうじゃないですか」
「好きになってよ」
ばかだな、もうとっくにわたしは五条さんのことが好きだ。相変わらず鼻歌混じりで運転する五条さんの横顔をじっと眺めていたら手が重なった。こういうの、わたし、わりと勘違いしそうになる。勘弁してほしい。
「これはわたしの友達の話なんですけどね」
「うん?」
「ずっと片思いしてた人が、急にデートに誘ってくれて、すごく思わせぶりな態度を取るらしいんですよ」
「…どんな?」
「好きになってよって言われたり」
「へえ」
「隣に座れば手をつながれたりするらしくて」
「すごいアプローチされてるじゃん」
これは他の誰でもないわたしの話だって、五条さんは気付いている。わたしも気付いてほしいと思っている。
「五条さんなら、その友だちになんて言いますか」
「その人、たぶん運命の相手だよってアドバイスするかな」
「…運命とか信じるタイプなんですね」
「信じるよ。名前は?信じない?たとえば、僕との運命とか」
重なり合った手のひらに力がこもって、指先が絡み合った。窓の外にはまどろみの中の街が滲んでいる。真夜中の光たちよりもうつくしい瞳がわたしを見ている。嘘みたいだけど、本当のこと。あなたの前では、運命なんて言葉すら生ぬるい。
20200514
不可視の極彩色