この震えをきみだけは知ってて

※五条さんが他の女と過ごす描写があります





 生まれた日?ああ、春の暖かい日だったかな。
 夏の終わりの暑い日だったよ。
 雪がよく降っている日だったかな。
 そうだな、今日だよ。

 僕はいつだって適当に答えていた。
 生まれた日も、生まれた場所も、何をしているかも。時にはバンドマンだと嘯いてみたり、外国出身だと言ってみたり。それが案外信じられてしまうのだから驚く。日本で産まれて、日本で教師をしていて、実は日本を守っているんだよ、と本当のことを言ったほうが信じてもらえないのではないのだろうか。いつだって、どの女になにを聞かれても適当に答えていた。どうせもう会うことはないのだ。
 やわらかい手触りの髪の毛を撫でると、女の瞳を彩る、瞼の緑が、ピンクが、胸元の宝石がキラキラと光る。それきれいだね、似合ってるね、そんな言葉をぺらぺらと話して夜を越えてきた。


「なんで女って誕生日とか出身地とか知りたがるのかなあ、会った日に誕生日聞く?普通」
「さあ」
「名前は僕の誕生日知りたいと思う?」
「…そんなの知っちゃったら、誕生日に死ぬほど甘いもの買わされそうで嫌かな」
「ふーん」
「適当な女と遊ぶの、もうやめたら」

 心底呆れた顔をして、僕に目もくれない。高専の一室で新聞をゆっくりと眺めている。それが心地よくもあり、少し寂しくもある。任務から帰ったあと、だいたい高専にいる名前とお土産を食べながら出張先で言い寄られた相手の話をするのは、もう何回目だろう。硝子は医師免許のために外部の大学に通っているので、僕の同期と呼べる存在は、気兼ねなく何でも話せるのは名前だけだ。

「昨日はどんなお仕事されてるんですか?って聞かれたからモデルって答えたんだけど、案外信じるんだよね、みんな」
「…あんたそのうち刺されるんじゃない」
「刺される?僕が?なかなかおもしろいね、それ」

 もう刺されるのは嫌だなあ。まあ、そんなことは起こり得ないけど。

「女なら、誰でもいいわけ?」
「まあ、わりとそうかも」

 女性のことを僕は尊敬している。彼女たちが命をかけて子どもを産んでくれなかったら僕が守ろうが日本はそのうち滅んでしまうのだから。一晩のいい思い出にでもなれば良いと思っている。そう言うと名前はまた嫌そうな顔をした。尊敬していると言った口で本当のことをひとつも言わないのね、相変わらず目も合わせないでつぶやく。それとこれとは話が別だ。時には、本当のことよりも甘い嘘の方が何倍も優しいことだってある。

「名前はさあ、男いないの」
「いないよ、付き合ったこともない」
「好きな男とか」
「…一回だけ、告白したことあるけど、返事もらえなかったし、フラれたんじゃないかな」
「は?誰そいつ」

 自分で思っていたよりも怒気を含んだ声が出て驚いた。
 数秒の無言のあと、名前は僕の方を見て目を丸くした。

「覚えてない?」
「…何を?」

 名前が誰かに告白したなんて話、四年間同級生として過ごしていたけれど、聞いたことがないと思う。覚えるも何も、僕たち、恋愛の話とか、そもそもしなかったよ。
 
「高専時代、あんたの誕生日にわたしたお菓子に、好きですって手紙入れといたんだけど、そっか、気づかなかったか」
「嘘でしょ」

 一回だけ、そういえば、名前に誕生日プレゼント、と言って某有名店のお菓子をもらったことがあった。手紙?本当に思い出せない。愛らしい包装紙と一緒に、気づかずに捨ててしまったのだろうか。
 わたし本当に恋愛向いてないのかもな、と名前は口元を押さえて笑っている。返事もらえなかったわけじゃないのね、と安心したような、そんな声で笑っていた。
 もしかして、告白の返事もせずに女と遊んだ報告を聞かせ続けてたの?僕。それってかなり最低じゃない?

「本当だよ、好きだったよ、悟」
「…ねえ、今は、もう好きじゃない?」
「え?」
「さっき、名前が男いないって言ったとき安心したし、告白したことがあるって言っときムカついたし、その相手が昔の僕って聞いて嬉しかったんだけど」

 たぶん、僕名前のこと好きだと思う。いや、虫のいい話だってことはわかってるんだけど。わりと名前に最低なことした自覚もあるんだけど、僕、名前のことが好きだよ。
 そこまで一息で言葉にした。人生で初めての愛の言葉にしては、信じられないくらいきまりが悪い。
 いつからだろう。お土産を買うときに名前の顔を思い浮かべるようになったのは。名前が笑うのを見たいと思うようになったのは。

「…そんな顔した悟、はじめて見た」
「どんな顔してる?」

 聞かなくてもわかる。顔に血が集まっているような感覚が気まずくて目を伏せた。

「たぶん、わたしも同じ顔してる」
「…それって、自惚れてもいいの」
「今でもずっと好きだよ」

 その言葉を聞いて、身体の力が抜けてしまった。名前はそんな悟、初めて見たと言って笑っている。こんなかっこ悪い自分、僕だって初めてだ。




20200524
この震えをきみだけは知ってて