「七海さんって焼肉食べる時は腕まくりするんですね」
「…はあ」
「あの、すごく、素敵です」
「…名前さん?」
「七海さん、このあとまだ時間ありますか」
七海さんは相変わらずの無表情で、色が変わっていくお肉を見つめている。そして、これ以上ないちょうどいいタイミングでわたしのお皿へと運ぶ。七海さんと一緒にいると美味しいご飯を食べられる。全部七海さんが決めてくれるから、わたしは七海さんについていくだけで良い。
紆余曲折の末にわたしは準一級になった。もちろん七海さんに一番に報告する。では、お祝いしましょうか、と言ってくれたので焼肉が食べたいです、と伝えた。七海さんが連れてきてくれたのはわたしですら知っているような有名なお店で、こんなんならもっとちゃんとした服を着てくれば良かったです、わたしは七海さんになんともなしにそう言うと、焼肉なんですから、カジュアルでいいんです、個室ですし、と慰めてくれた。七海さんはそこそこ暑いというのにピシッとしたスーツを着ていたのであまり説得力がない。けれどその気遣いが嬉しかったので、お気に入りの服ににおいがつかなくてよかったと考えることにする。
何ひとつ滞りなく、つつがなく、焼肉は運ばれては七海さんに焼かれ、わたしはそれを美味しいおいしいと言って食べていた。最近飲めるようになったお酒も相まって、どんどん楽しくなっていく。美味しいごはん、美味しいお酒、美味しそうな七海さん。かくかくと関節の目立つ骨張った指にワイシャツから零れ落ちた前腕。本当は、スーツなんか似合わないくらいに鍛えられた腕に、わたしはたまらなく噛み付きたくなる。女の人って手、指、腕にフェチズムを感じる人が多いらしい。わたしも例に漏れず、そのうちのひとりだったのか。身体の中心から七海さんを求めているような、そんな気分になった。七海さんは相変わらずの無表情だったが、近くにホテルをとってあります、とだけ言ってまた焼肉をわたしの皿の上に載せた。
こんな風に自分から夜のお誘いをするなんて、初めてじゃないかな、と大きな浴室でシャワーを浴びながら考えている。連れてきてもらったホテルはひどく今日のわたしに不釣り合いで、はやく部屋にいきたいと思った。部屋に入ってもやっぱり不釣り合いで、はやくこの服を脱いでしまいたい。そんなわたしの心情を察してかどうかはわからないが、七海さんはお先にシャワーどうぞ、と言ってくれた。こんな時までスマートで惚れ惚れしてしまう。スーツの背広をクローゼットの中にしまっている姿を横目に、わたしは高級そうな浴室に飛び込んだ。
お風呂から出てきた七海さんの髪から水がしたたり落ちていてそれが鎖骨を伝って心臓の方へ流れていく。それを魅惑的と言わずに、なんと言うんだろう。
髪の毛、乾かさないでください。たぶん今日は暑いから、それくらいじゃ風邪はひきません。できればそのまま、わたしの頬に水滴を落としてください。それで。
「七海さんが好きなように触って、動いてくれたなら、わたしはそれが一番嬉しいです」
「貴女はたまに、私をめちゃくちゃにさせることを言いますね」
絡みつくようなキスをしたあと、唇から指が入ってくる。七海さんは頬の内側に指を擦り付けて、歯列をなぞっている。歯並びが綺麗ですね、と唾液がだらだらと溢れる唇を見ながら笑う。生まれて初めて歯並びがよくて良かったと思った。これからは良いところは歯並びの良さです、と自己紹介していこう。
こんなに純然と七海さんのことを求めているのは、いやらしいことなんだろうか。この気持ちがいやらしいと形容されるのは少し嫌だな、と思った。
バスローブの下には何も身につけなかった。それを七海さんが嬉しいと思ったかどうかはわからないけれど、わたしの胸を触りやすそうにしていたので、やっぱりこれで良かったんだなと考える。わたしの唾液でどろどろになった指で先端を摘まれると、その部分だけどろどろに溶けてしまいそうだ。
足を開く角度は、何度が正解なんでしょう。七海さんの身体はわたしよりも大きいので、できるだけ大きな角度で、とは思うものの恥ずかしい。恥ずかしいので、はやく挿れてもらえませんか。
「好きにしていいと言ったのは、貴女でしょう」
「んぅ、ん、ななみさん、んんっ」
気持ちいい。太腿から身体の中心に舌が這う。七海さんの濡れた髪の毛がわたしの肌に当たって、水滴が伝っていく。それをうっすら開けた目で眺めながら、快楽を享受していく。ぬるり、と陰核をたっぷり時間をかけて愛撫されながら、膣内をごつごつとした指がゆっくり動く。体液がすこし粘っこい音をたててホテル特有のオレンジ色の照明に溶けていく。
「そこ、ん、きもちい…ん、や、むり、ぁ」
「…かわいいひとだ」
「ななみさん、はやく、」
達したばかりのそこは、七海さんの大きな身体を受け入れる準備はとっくにできていた。ようやくわたしの顔に七海さんの顔が近づいてくる。わたし、あなたの濡れた髪の毛をこうして触りたかったんです。でも七海さんの髪の毛はもう思ったよりも乾いてしまっていて、少しだけ残念だな、と思った。ゆっくり、丁寧にわたしの中に押し入ってきて、少し離れて、また近づいて、そのたびになんの意味もない言葉で気持ちいいということを伝えていく。
七海さん、気づいていますか。あなたは自分で思ったよりも強くわたしのことを抱きしめているんですよ。そしてそれが、わたしにはこれ以上ないくらい幸せなことなんです。
七海さんのわたしにかかる身体の重みが増していく。唇が首筋に触れたのがわかった。腰が、足が、無意識のうちに震えている。七海さんは苦しそうな声を出して目を閉じた。
あなたがわたしの首筋に縫いつけた呪いのような唇の痕について考えている。もしかしたら、七海さんはわたしが思うよりも執着するタイプなのかもしれないな。わたしに執着してくれたなら、いいのになあ。もっと執着してほしいな。
七海さん、わたしの頭、撫でてください。眠たそうな七海さんはそれでもめんどくさそうな顔をせずにわたしの髪の毛の間を滑らかに滑らせていく。七海さんはいつだって好きだとか愛してるだとかそんな台詞は言わないけれど、こんな顔をするのはわたしの前だけだと、わたしは知っている。七海さんの手のひらの体温を、忘れたくない。息の吐き方、声の色、眠たそうなまつげのこと。わたしは七海さんの全部覚えていたい。そうして、ふたりで眠るだけには大きすぎるベッドに身体を預けて、身に余る幸福を享受しながら、わたしは瞳を閉じた。
20200307
身に余る
いただいたリクエストは七海建人に欲情する、でした!
あとメッセージいただいた中に七海さんグルメですよね〜という一文がありましたので焼肉を食べてもらいました!七海さんはスパダリ、、、