校内某所

※虎杖くんが煙草を吸います、解釈違い注意してください



 訓練所から少し離れたアスファルトの上で、ぼさっと佇みをきめながら煙草に火をつけた。校内の少し奥まったところにあるこの場所は、わたし以外誰も来ない。高専は、昔から喫煙者に優しくないらしい。硝子さんが禁煙する前から、ここには喫煙所がないという。そもそも喫煙所があったところでわたしは入れないんだけど。なのでこうしてこそこそ隠れて唇から煙を吐き出す。きっかけは、なんだったかな。映画で煙草を吸うシーンがかっこよかったとか、中学時代付き合っていた先輩が煙草を吸っていたとか、まあそんなところ。
 好きも嫌いもなく習慣になった。生活の一部だ。ぼんやり、立ちのぼる煙を眺める。

「名前さん」
「…虎杖くん」
「ここ、煙草吸っていい場所?」
「いや、だめ」
「あーなるほどね」
「誰かに言う?」
「言わないよ、そのかわり明日から俺も混ぜて」

 嘘でしょ、虎杖くんが煙草吸うの。ぜんぜんイメージじゃない。虎杖くんは健全なイメージが強い。今だって、まくり上げた制服の下から見える腕には隆々とした筋肉があって、スポーツ選手のような、壮健な出で立ちだというのに。
 まあ別に、この場所はわたしだけの場所じゃないし、誰も来ないから好きな時に来て吸えば、とだけ言った。虎杖くんはわたしの煙草の銘柄を見てけっこう重いやつ吸うんだね、と笑った。アークロイヤル、可愛いでしょ。

「…俺名前さんと話したいと思ってたんだよね」
「うそ、わたし虎杖くんとは仲良くなれないと思ってた」
「ひっど」
「わたし、いかにも友達たくさんいそうな人、苦手なんだよね」
「いや、そんな友達いないよ、たぶん」
「そうは見えないけどなあ」
「本当だって」
「…ねえ、仲良くなるために必要なこと、知ってる?」
「いろいろあんじゃないの、趣味とか」
「秘密を共有することだよ、特に悪いことね」
「じゃあ、俺たち仲良くなれるかもね」

 お昼ご飯を食べた後の残りの昼休み、訓練が終わった後の放課後、任務が終わった後の真夜中。わたしはいつもの場所でコルク調のフィルターについた口紅の色を眺めている。たまに虎杖くんがいたり、後から来たりして、話す機会が増えた。虎杖くん、映画好きなんだ。そうだ、わたしが煙草を吸い始めたきっかけは、ファイトクラブだった。

「ファイトクラブ?五条先生に見せられた気がする。面白かった」
「あのひと、いたいけな青少年に何見せてるわけ、名作だけどさあ」
「好きな映画がファイトクラブって、呪術師っぽくていいね」
「そんなことないでしょ」

 たまに会ったらそんな話をして、すっかりもうお友達だ。なんならにおい大丈夫かなあと言うので、香水だって貸してあげてる。煙草にはバニラの香水だ。わたしはトムフォードのタバコバニラが一番好き。煙草によく馴染む。高いけど気に入っているので50mlでもう二本目。タバコバニラといいつつ、スモーキーさがあまりないオリエンタルな香り。虎杖くんには、少し甘すぎたかもしれないな。でも香水のにおいと言っておけばなんとかなるだろう。あとはガムね。ミントのガムでも噛んでおけば、バレないでしょ。そもそもここ屋外だし、そんな神経質にならなくても大丈夫よ。

「最近、名前さんと同じにおいがするって釘崎に言われた」
「…同じ香水つけてるからね」
「まずい?」
「べつにいいよ、そんなの気にするの野薔薇くらいでしょ」

 校内で煙草吸ってるのバレたら、わたしたちふたりとも怒られちゃうね。硝子さんは笑って許してくれそうだけど、七海さんあたりに見つかったらまずいかな。まあべつに怒られるくらいなんでもないけど、煙草吸えなくなるのはちょっと嫌だなあ。

「五条先生案外そういうのうるさいんだよなあ、この前もパから始まる場所行ったの怒られたし」
「…虎杖くんさあ、案外ヤンキーだよね」
「そんなことないってば」
「わたし虎杖くんのこと誤解してたのかも」

 秘密を共有するというのは、なかなか楽しい。今まで絶対仲良くなれないと思ってた、明るくてスポーツも得意で、いかにもクラスの人気者って感じの虎杖くんは、思ったよりも不良少年だった。不良少年、というかアングラよりというか。わりとエグい映画も五条先生に見せられたようで、彼の今後の人生が心配になる。わたしでも見るのを躊躇う映画の名前が虎杖くんからぽんぽん出てきて驚いた。やっぱり、わたしが想像していなかった虎杖くんが目の前にいる。
 虎杖くんにとっての今のわたしも、君の想像より良いわたしがいたらいい。こうやって話す前はわたしのことをどんな人間だと思っていたか知らないけど。

「名前さんは訓練適当にサボってよく消えてたよな、ここにいたわけね」
「…わりとわたしのこと見てたんだね」
「言ったでしょ、話してみたかったって」
「話してみてどうだった?」
「思ってたよりも怖くない」
「わたし、怖いと思われてたんだ」
「んー、怖いってか、よくわかんなかった」
「表情変わらないってよく言われるんだよね」

 真希ちゃんにも、パンダにも、伏黒くんにも、何考えてるかわからないと言われる。実のところ、あまり何も考えていない。強いて言うなら、どうやったら訓練を楽にこなせるかなとか、任務早く終わるかな、とか、そんなところだ。野薔薇だけには、サボろうとか考えないでくださいよ、とよく怒られるけど。

「わたしのこと、ちょっとわかった?」
「まあ、そこそこ」
「そこそこかあ」
「サボりたいなって顔してるのはわかるようになった。それ以外はまだ全然わかんないけど、名前さんと話すのは楽しいよ」
「あー、わたしも、虎杖くんと話すのは楽しい、ってか楽だわ、かっこつけなくていいし」
「普段はかっこつけてるんだ」
「一応先輩だからね、弱いけど」

 話してない時も無言が苦にならない。煙草吸いながらスマートフォンをだらだら触っている時に虎杖くんが隣にいても、全然いい。わたしはそれが心地良い。女友達以外でそんな相手に出会えるのはなかなか貴重だと思う。なんでもない話を聞くふりをする。わたしもなんでもない話をして、話した気になる。それでいい。

「あ、煙草切らしたな、これ最後だ」

 虎杖くんは赤いパッケージから煙草を取り出して、くしゃ、と箱を握りつぶした。わたしも次の一本を取り出して百円ライターで火をつけようとするが、うまくつかない。しまった、昨日買っておけばよかった。そろそろなくなるってわかってたのに。

「わたしは火がないや」
「…はい」
「うわ」
「いや?」
「嫌じゃないけど、わたし、これ初めて」

 うまくできるかしら。虎杖くんが息を吐くのに合わせて息を吸い込んだ。煙草と煙草を近づける。これ、思ったよりも顔が近い。あ、虎杖くん、思ったよりもまつ毛が長いんだな。落ちていくまつ毛を見逃さなかった。爪、短いんだなあ。やすりで磨いたみたいに、角がない丸い爪を見逃さなかった。煙草に火がつく、それを綺麗だと認識する前に、虎杖くんのことを好きになっていた。
 わたしはアスファルトにさっき火をつけた煙草を投げ出す。火種が夜の地球とキスをする。それが消えていく前に、虎杖くんの煙草を奪って、フィルターに口紅の薔薇色をつけた。
 虎杖くん、思ったよりも重いやつ吸ってるんだね。わたしが吸ってるアークロイヤルよりもだいぶ苦い。虎杖くんは名前さんより重いやつ吸わないとかっこつかないと思って、と笑った。馬鹿だなあ、煙草はニコチンとタールが重いほど健康に悪いんだからね。でも軽いやつ吸ってても、止まらなくなるからね、難しいよね。って、知ってるか、そんなこと。

「あのさ、それ、最後の一本なんだけど」
「知ってる。かえしてほしい?」
「…返してくれるの」
「煙だけならいいよ」

 虎杖くん、煙草の煙を吹きかける意味知ってるかなあ。白い煙で翳っていく君の瞳をわたしは真っ直ぐに見つめる。
 わたしにもうちょっとだけ、汚れた君のことを教えて。



20200312
校内某所



こんな女子高生は嫌だ大賞2020に輝きました。
煙草の煙吹きかけるのはやめたほうがいいです。