※冒頭だけR15くらい
なんで、こう、自分勝手な男ばっか。
わたしがこの人となら一夜を共にしてもいいかな、と思う男はだいたい自分本位で勝手なやつらばっかりだ、とため息をついた。こっちはまだまだぜんぜん気持ちよくなれてないのに、人の体を使って自分が好きなように腰振って気持ちよくなっちゃってさあ。その上、セックスが終わった途端に上機嫌に話し出す。ありえないんだけど。イライラしたわたしが煙草を吸い始めると、あれ?おまえって煙草吸うんだ?なんて言い出すんだからたまったもんじゃない。いつのまにおまえなんて呼ぶような仲になったんだよ。わたしが煙草吸うのとおまえになんの関係があるというんだ。たかがセックスくらいで調子乗らないでちょうだい。付き合う前まではあんなに恭しく扱ってくれたというのに、一回ヤったら自分のものみたいな顔して、本当、最悪。わたしはあんたのものになんか、死んでもならないから。muhfuh!と叫び出したいのを唇を噛んで我慢してホテルを飛び出す。身体はだるいし嫌なにおいが纏わり付いた気がして泣きたくなる。新しく買ったワンピースに最悪な記憶を植えつけてしまったな。もうこれはフリマアプリで売り捌くことにしよう。
なんで、こう、勝手な男ばっかり。わたしの価値まで下がったような気分になって、次の日はスーツを着たあといつもよりしっかりメイクをして髪を巻いて香水をつけてヒールを履いて、あとは出かけるばかりになったその時、ふと、あ、会社サボろう、と思い立って即電話した。普段真面目に働いているので、これくらいのずる休み許してほしい。
ブルーグレーのパンツスーツに、7cmの黒いパンプス。目の周りは少し濃い目のブラウンでぐるっと囲んでマスカラをたっぷり、前髪をかきあげて、少し大きめのピアスに赤とオレンジをまぜたような口紅を塗る。髪の毛が明るいことも相まって、強い女の武装は完成する。もうおまえは俺のものみたいな顔をされるのはごめんだ。わたしだって専門学校を出てすぐ働いて、半年間自分でちゃんと生活できているのに。
会社をサボってくる場所なんてパチスロくらいしか思いつかなかった。こんな気分のままデパートで新作の化粧品を見てカフェでお茶するなんて、無理だ。家の近所のパチスロに平日に行くなんてはじめてのことで緊張する。土日には何回か行ったことがあるからこの店の勝手はわかってるんだけど。昔好きだったアニメの台に座った。学生やってた時はちょいちょいサボって打ちに来てたけど、最近は土日にたまに来るくらいになってしまった。
土日とはぜんぜん客層が違う。おじいちゃんとおばあちゃんばっかり。わたしが働いた金で、若者たちの税金から支払われる年金で溶かすパチンコは楽しいか?わたしは一人毒づいた。普段は、なんとも思わないのに。学生の時もなんとも思わなかったのに。
別に儲けたりすることが目的じゃないから、いいのだ。じゃんじゃかお金を銀色の玉に変えていく。
…くそ、ぜんぜん回らない。今のところ時給で表すなら二百円くらい。あーもう。煙草の金を入れたら、マイナスじゃないの。会社行った方がマシだった?はあ。楽しめればお金なんて別に、と思っていたのに結局勝てなかったら不機嫌になる。馬鹿みたい。
プラスマイナスゼロになるかならないかのところで近くに座っていた男に声をかけられた。
「お姉さん、大丈夫?」
「…何も大丈夫じゃないんだけど」
「その台、釘が厳しいからあっちの台の方がいいよ」
「何?あんた、プロ?」
「いや違うから」
このままやっててもどうせマイナスだ。誰とも知らない男のいうことに従って台を移った。そしたら、驚くほどまわりだした。煙草代どころか今日の酒代、なんなら焼肉くらい余裕で食べられるくらい来た。大学生くらいかなあ、それにしてはなんか着てる服が制服っぽくない?今そういうのが流行ってるの?黒と赤、スニーカーまで。同年代か、それか年下の男の服装、流行りとかわかんねえな。最近は男のスーツ姿しか見ていない気がしてきた。仕事が忙しいことにかまけて、会わなくなった友達の顔を思い出す。まあ勝てたんだし、そんなことはこの際どうでといい。会社に休んだ価値があるってものだ。
「やっぱ君さ、プロ?」
「違うってば」
「よくわかんないけど勝てた」
「なら良かった」
「お礼するわ」
「じゃあさ、換金所の場所教えてくんない?」
「…そんなんでいいの、っていうか君、めっちゃ勝ってんじゃん」
「たまたまだよ」
まあ初めて来る土地の換金所ってわかりにくいよなあ。周りの年寄りには聞きにくいし。君、若いし。ラミネートされたカードと端数でお菓子とジュースを交換して換金所に向かう。2時間座っただけなのに、ちょっとした大金を手にした。あの台、覚えておこう。これだからたまに来てしまうんだな。さっき毒づいた老人たちに心の中でごめんなさいをする。わたしも、いつかそうなるかもしれない。
「ねえ、名前なんていうの」
「虎杖」
「いたどり?言いにくいから、下の名前教えて」
「悠仁だけど」
「オッケー、ゆうじ、悠仁ね」
「お姉さんは」
「名前」
「名前さん」
「悠仁、ご飯行こう、お礼するから。こんなに勝てて気分いいの、付き合ってよ」
勝てた時は肉だ。それで、勝てた時の金は次への験担ぎで誰かのために使う。そういうもんだ。昼間やってるそこそこいい店に入る。
「俺こんな格好なんだけど」
「大丈夫だって、あのさ、そういう服流行ってんの?」
「あー、流行ってるってか、これ制服なんだよね」
「やっぱ制服かあ、高校何年?」
「一年」
「十六歳なのに、プロやってんの?」
「だから違うってば、じいちゃんの代打ちしてるあいだに色々覚えただけだよ」
「サラブレッドじゃん」
「パチスロの?なんか嫌だなあ」
さっきの店の喧騒とは打って変わって、静かな空間で、地上を見下ろしながら、丁寧に切られたステーキを箸で食べる。美味しい。いつも食べるスーパーの肉とはちょっと違う。ちょっと?いやかなり。美味しいお肉を食べたのでお酒が飲みたくなってくる。できれば赤ワインがいい。悠仁、酒飲む?と聞くと俺がさっきまで話してたこともう忘れたの?と怒られた。昼間から飲む酒の美味さを知らないなんて、高校生ってかわいそうだな。その分好きなだけ肉食べな。
悠仁は実習の終わりに時間があったからさっきの店にいたという。まあ制服といいつつ制服には見えないし、幽遊白書の浦飯幽助だって制服でパチンコ行ってたし、大丈夫でしょ、と言ったらアイツはそれよりもやべえだろ、万引きもしてる、と言われたので笑ってしまった。
「名前さんは何してる人なの」
「スーツ着てるの見てわかるでしょ、普通の会社員、パソコン使う系の」
「普通の会社員が平日の昼間にあんな店いないでしょ」
「今日はね、サボりなの」
「スーツなのに?」
「出かける瞬間にサボるって決めたから」
わたしはワインを飲んで、悠仁はお肉をぱくぱくと食べている。まあ人生、いろいろあるんだよ、二十歳にもなると。ふとした瞬間に会社行きたくなくなったり、可愛いと思ったワンピースを一回着ただけで売ったり、好きだった男が付き合った瞬間に偉そうになって一瞬で別れたりね、いろいろあるんだよ。しかも何回もそんな感じ、人生、いろいろあるしなかなかうまくいかないよ。
「え?名前さん二十歳なの?」
「そうだけど」
「もっと大人かと思ってた」
「うわ、失礼」
「大人っぽいって、褒めてるつもりなんだけど」
四つ違いかあ、と悠仁はしみじみと呟いている。そうね、四つ違いね。
「名前さん煙草たくさん吸うのに肌綺麗だよね」
「遺伝子が強いから、あとファンデーションとか、色々あるの」
「髪の色も似合ってる」
「会社では怒られたけどね」
「背も高いし」
「…ねえ、なに?もしかして口説かれてる?」
「わかった?」
なんてことだ。平日に会社サボって賭博に耽るような女の、どこがいいんだ。高校生にしちゃ、趣味が悪すぎないか。もっと同級生の可愛い女の子とか、そういう甘酸っぱい青春が君にはあるはずじゃないのか。同級生には女の子がひとりしかいないらしい。あれかな?理系なのかな?よくわかんないけど。
「そんな下手な口説き方、ある?」
「俺は真面目だよ」
「口説くなら、せめて夜にして」
「それで今まで失敗してきたんでしょ?たまには昼間でもよくない?あのさ、連絡先教えて」
「…今度は、ちゃんと口説いてくれるの」
「名前さんが会ってくれたらね」
「楽しみにしとく」
ワインをもう一杯飲み干して、目の前の悠仁をもう一度見る。きっと慣れないことをしたんだろうな、お酒を一滴も飲んでないのに顔が赤い。可愛いなあ。君の優しさがずぶずぶわたしを蝕んでいくのがわかる。悠仁、今度は競馬一緒にいこう。わたし、走る馬が見たいの。わたしが馬券買ってあげるから、当てて。どうせ競馬も得意なんでしょ、と言うと、実は超得意なんだよね、と照れくさそうに笑うので、救われたような、そんな喜びが胸を締め付けた。
次会った時じゃなくても、いつかの未来でいいから、どうかわたしのことをきちんと口説いてね。できれば、静かな夜に。
20200310